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ベッドの上でぼーんやりソシャゲをやっていたら、下の階から怒声が響き渡った。
「ちょ、あんたこれ、バカじゃないの!?」
相変わらずキンキン響く、妹の椎菜の声だ。ヒステリックにキレるのは最早日常。
そういう時は毎回、俺が椎菜の話を聞いて彼女を落ち着かせている。俺の家庭内業務の一つだ。
早速階段を下りて、椎菜から話を聞く。
「おい椎菜うるさい。何かあった?」
「あ、兄ちゃん」
椎菜は、今にも殴りかかりそうな態勢で、目の前の「アレ」を脅していた。
「アレ」とは「お手伝いアンドロイド」のこと。掃除や洗濯など身の回りの家事などを代わりにやってくれる便利なモノ、というか生物だ。しかしこのアンドロイド、未だ一般発売されてから余り時間が経っていなく、ところどころ粗が目立つような作りだった。難しい命令は聞いてくれない。AIが下した勝手な判断で勝手に動く。その結果、今回みたいな惨劇が起こる。
「このバカ、ジャンプとコロコロを間違えやがった」
こういうことが起こる。
「百歩譲ってジャンプとヤングジャンプを間違えるなら分かるよ。両方誌名に「ジャンプ」って付いてるし。それならまだ許せたよ。でもさ、コロコロと間違えるって何? 一文字もあってないじゃん。認知症のババアじゃないんだからさ、そんな下んない間違いすんなよ」
そう言って椎菜はアンドロイドの左足を蹴る。
「痛い。痛いです」
さっきからその言葉を連呼し続けるアンドロイド。
少し可哀想だとは思うが、何でこいつは反論したりやり返したりしないのだろうか。
まあプログラムで反逆しないように作られているのだろうが、そもそも俺はこいつらがプログラムによって作られたロボットだという感じがしない。
殴ったら痛いと言うし、燃やしたら熱いと言うし、たまに命令通りにやったとき褒めてやると、喜ぶようなそぶりを見せる。
見た目も機械って感じではなく、感情を捨てた人間って感じだ。触り心地も人間そのもの。
俺の目から見るとアンドロイドって感じは到底しないのだが、まあ深く考える必要は無いか。
それより今は、椎菜の機嫌を取るのが最優先事項。
「おいおい、そんな蹴ったり殴ったりしたら、壊れちまうぞ。お前今まで何台壊してきた? 次は母さん許してくれないぞ」
「こいつが頭弱いのが悪い。簡単なお使いもまともにできないって、はじめてのおつかいに出てるガキ以下なんですけど。マジでこいつ日本テレビに寄付しようかな」
「辞めとけ。珍獣ハンターの珍獣役として使い捨てられるだけだから」
俺はそう言いながら、アンドロイド殴りかかった椎菜の手を止めて、ずるずるとリビングへ引きずった。
こうやって強制連行しないとこいつは何かと理由つけて虐待するからだ。
「そういやお前、またツイート炎上してたぞ」
「は、ふざけんなよ。またアンチか。全くウチのフォロワーはキッズばっかり」
「類は友を呼ぶんだな」
こうやって話を逸らしながら相手してやれば、こいつはすぐアンドロイドのことなんか忘れる。
要は単純な奴なんだ。単純で、ガキで、そしてクズだ。
でもそんなところも何か可愛いと思ってしまうのは、俺が椎菜の兄だからなのか。
妹がリビングのドアを開ける。ガチャ、という音と共に、俺はアンドロイドの様子を見るために振り返った。しかしそこには誰もいない。緑色の血だけ、床にこびりついていた。
あれ、さっきまで玄関にいたよな。
そんなことを思った、その矢先だった。
「きゃあああああああああああッ!!!」
椎菜の叫び声が、ドアの向こうから聞こえた。
何だ、おい。何が起こっている。
妹に何かあったらヤバい。俺は急いでドアを開けた。
そこにいたのは、アンドロイド。
さっき椎菜が虐めていたアンドロイド。しかしその姿は殴られ蹴られていたときの弱弱しいものから、淀んだオーラをまき散らしている禍々しいものに変わっていた。
腹部が思いっきり裂けていて、その中から渦がぐるぐると回っている。
何だこれ。何が起こっている。
しかし俺は、そんなことを確認する暇もなかった。
突然の突風によって、俺の身体は一瞬にして宙に浮いた。そのまま吸い込まれていく。アンドロイドが発しているその謎の渦の中に。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
汚く、人工物のような叫び声。人間のものとは思えない声。俺は今までアンドロイドをどこか人間の仲間であるかのように思っていたが、このとき俺らとは違う生き物なんだと理解した。
じゃあこいつらは一体、なんなんだ。
そんなことを思う暇もなく、何か言葉に出す暇もなく、そして叫ぶ暇もなく、俺は吸い込まれた。アンドロイドの中へ。
禍々しい渦の、その中へ。