夢現の盆
8月の盆には、すでに社会人となりそれぞれの生活を営む兄弟たちが集まる。
秋元家の次女である加奈子は、この時期になると久々の家族との再会やいつもよりも豪勢な母の手料理を楽しみにしている。
ただ、一つだけ彼女には、気がかりなことがあった。親戚の誰かが亡くなると盆の最終日に不可解な現象が起きるのである。ある年は、庭にあるブランコが風もないにもかかわらず一人でに動きだした。また、ある年は家族全員で墓参りからの帰宅後に玄関へ足を踏み入れたと同時に、仏壇にあるお鈴が3回なり線香の煙が漂っていた。もちろん家族全員が外にいたはずで、仏間のほうに向かえば線香などは一本もたっていなかった。
そのように、5人の家族全員が何らかの事象を体験し、もはや夏の恒例行事のようになっていた。
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「久しぶり、今年は誰も死んでなかったよね」
長年使いふるしたソファーに寝そべりながら、姉の華絵に挨拶をする。
加奈子は、無類の心霊マニアであった。怪談話やホラー番組、映画様々なジャンルの心霊を見てきたが、我が家の恒例行事をひそかに楽しんでいる節もあった。そこへ顔を険しくしながら華絵は返事をした。
「毎年、毎年その挨拶はどうかと思うわ...知らないわよ、」
姉妹は、見た目は似ているのにも関わらず趣味嗜好は正反対であった。華絵は怖いもの嫌いであった。いわく科学的に証明できないことが起こることが許せないと加奈子に話していた。3年ほど前、叔父が亡くなっった際に枕元に立っていたらしい。不可思議な現象が起きることがあって以来、幽霊を初めて遭遇したのは姉のほうであった。
「ええー、しょうがない誠でも聞いてみようかな」
「誠なら挨拶回りよ」
その場所からどきなさい、とは言わずに手でしっしと払いのけられた。やれやれと思いながら加奈子は姉が座れるように、端による。ここで、逆らうのは得策ではない。なぜなら姉妹の喧嘩はすさまじいものであるからだ。
「そっか、長男は大変だね」
お盆になると、秋元家の長男は近くに住む親せきの家へ手土産を持ち挨拶回りに行く習わしがある。というのも年々親戚の平均年齢が高くなっているのが原因だと思われる。昔は、加奈子の家にも十数人の親戚が訪れ宴会をしたものだ。
ひやり
窓から冷たい風が入ってきた。もう辺りはは真っ赤に染まっていた。ひぐらしの鳴き声もかすかに聞こえ、夏の終わりを感じさせているようだった。
「ただいまー、姉ちゃん達帰ってんな‼」
弟のはつらつとした声が聞こえた。それに続き母と父のしわがれた声も聞こえてきた。
ようやく、迎え盆に家族一同がそろったのであった。
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夕飯の手伝いも終わり、食卓を囲みながら近況報告した。たわいもない仕事や人間関係の話であった。皆が食事を食べ終わる頃に加奈子は、ある一言を告げた。
「来て早々だけど、明日には帰らなきゃならないのよ。お盆の最終日は仕事があってね」
両親は残念そうな顔を見せていた。加奈子自身も正月を含め年に2回ほどしか会えないため、胸が痛んだ。
「まあ、しょうがないよね。今年は親戚は誰も死んじゃいないから加奈子姉ちゃんも安心して仕事頑張ってよ」
箸を置き、誠は何ともないように笑ってはいたが、せっかくのお盆が仕事で潰れる加奈子を慰めているようだった。
「うぅ...せっかくのお盆なのに、みんなと過ごしたかったのに...」
「いいえ、嘘よ、加奈子は私と会って直ぐに誰か死んだ?なんて不謹慎なことを聞いてきたんだから」
穏やかな食事は一変、激しい言い合いへと変わっていた。姉は取り合えず、最初にあった時よりは随分と安どした表情になっていた。
そろそろ午後11時過ぎ頃、かつて姉妹で使っていた部屋は、物置部屋と化していたため、客間に二組の布団を並べ横になっていた。
「よかったね、姉さん」
唐突にそういった私に対し姉は、特に反応もせず体をこちらに向けながら目を閉じていた。
寝ていると思われたが少し間をおいて返事が返ってきた。
「安心したわ、まあ別に帰らないという選択肢もあるんだけどね」
何についてと肝心な言葉は抜けていたが、意味はやはり伝わっていたようだ。
「といいつつ毎年帰ってきてるくせに」
「後どれだけ、お父さんやお母さんと過ごせるか分からないもの」
華絵は眠ろうとしていたように思っていたが、目はいつの間にかはっきりと加奈子を見据えていた。
「今度来るときは、ゆっくり過ごせるようにね」
そういって姉は、反対の方向へ寝返りを打って眠ってしまった。
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8月15日お盆の最終日である。仕事から疲れて帰ってきた加奈子はいつの間にか、寝入ってしまっていた。カチカチと鳴る時計の音もだんだんと遠のいていく。
何時間寝たのかは定かではないが、加奈子は目を覚ました。そこは、いつものアパートではなく一昨日に過ごた我が家のソファーの上であった。
「あれ、夢かこれ」
加奈子は夢を夢と認識できる、明晰夢というものをよく見ていた。居間には、私のほかに姉と弟が居り、それぞれがスマートフォンを弄っていた。夢と認識できるため行動にも自由が利く。そのためソファーから降り、適当に目が覚めるまで歩き回ろうとその場から立ち去ろうとした。
「♬~」
ふいに、誰かの着信音が鳴った。思わず加奈子は自身のポケットを確認したが、最近人気のロックバンドの曲であったような気がしたから、弟のスマホだろうと推測した。予想通り、「あ、俺のだ」と言いながら誠は着信に出た。
もしもしという言葉を発して以降、弟の顔はみるみるうちに青ざめていた。
「何どうしたの?」
とりあえず加奈子は怯える彼に話しかけた。すると誠は、華絵と加奈子の顔を交互に見ながら口をパクパクとさせている。
「はっはっはっ」
「は?」
「華絵姉ちゃんから..........電話が」
「私ここにいるんだけど。新手の詐欺?」
「オレオレならぬ、アネアネ詐欺とか?」
人をからかうときにこの姉妹は息がぴったり出会った。だが、首を横に何度も降る弟にこれはただ事ではないと察した華絵はその電話を取り上げた。
「もしもし、私が華絵よ」
姉は、強い口調で電話先の主に話しかけた。だが、姉は不思議そうな顔をして私を見つめている。
「何、本当に姉さんだったの?」
私は笑いながら訪ねてみた。姉は首をゆっくりと横へ降った。そして、左手を震わせながら私のほうを指さした。
「あんたの、加奈子の声が聞こえる」
なぜか背筋がぞくりとした。これは夢であるのにもかかわらず、ひたりと冷たい汗が流れた。姉は、静かにその声を聴いていたが、様子を見る限り加奈子を名乗る何者かはずっと独り言をつぶやいている様子だった。
「電話、貸して」
その時の発した声は震えていた。普段ならこのような不気味な体験は喜んで歓迎するはずだが、この時だけはとても気が重かった。しかし、なぜかこの電話を聞かなければならないという衝動にも駆られたのであった。
「もしもし」
相手からは特に返答もなかった。心配そうに見つめる兄弟たちに、大丈夫、そう伝えようとしたときに、電話先から何か聞こえた。
「ねえ、
いるんでしょう?
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
問いかけとともに、けたたましい笑い声が聞こえた。
震えながら、加奈子は確信を得た。
これは、私だ。
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はっと目を覚ますと夜はすでに明けていたようだ。やはりあれは夢だったようだ。
普段過ごすアパートにほっと息を吐く。いままで特に怖いものなどなかったはずなのに、あの後味の悪い夢のことを思い出すと二度と同じ思いをしたくないと感じていた。一人きりの部屋ではどことなく心細かったためテレビをつけた。お盆は過ぎたし、あと一年は怖い思いもすることなどないと自分に言い聞かせる。
だが加奈子は何か引っかかることがあった。
「あれが、今年の現象だとしたら」
「♬~~」
着信が鳴る。
加奈子は、電話を取ることをためらった。しかし、着信は非通知ではなく弟からであった。実家で何か起きていた場合にはすぐに駆け付けなければそんな思いで電話を取った。
電話先の弟は特に、何も話すでもなく無言だった。
「ねえ、誠?」
戸惑い気味で話しかけるが、返事はなかった。もしかしたらテレビの音で声が聞こえずらいのかとリモコンに手をかける。
加奈子は、硬直した。受け入れがたい現実に目をそむけたくなった。
「●●県××市で一家全焼の火災で、焼け跡から4人の遺体が発見されました。」
昨日まで、あったはずの実家がそこはや跡になっていた。じゃあ、この質の悪い電話はいったい誰から来たんだと加奈子は悲しみと憤りを感じた。
「あなたは」
そう言いかけたときに、電話主からの声で妨げられた。
「ねえ、いるんでしょう。」
憎らしいほど、楽しそうに、笑いすら含みんだ、それは紛れもない加奈子自身の声だった。