二人が目指すのは、幸せな人生
応接室のソファに座り、ベアトリーチェとリヴィエは詳しい話を聞いた。
国王の指示でベインがこの部屋で待機することになり、ベアトリーチェが侍女と共にリヴィエの部屋に向かった後ーーーー。
少ししてから、ベアトリーチェとリヴィエ……未婚の男女が密室で二人っきりになっているいう噂が王宮中に流れたらしい。
ベインはこの部屋にいたため直ぐには気づかなかったが……唐突に国王に謁見の間に呼ばれ、沢山の貴族の前でその噂が流れたということをベインに教えた。
そして、傷物にした責任を息子に取らせると、嘲笑うかのような顔でそう告げたのだ。
まるで全てを準備をしていたかのような速さ。
ベインが国王に仕組まれたと思うのも当然だろう。
全てを聞き終えたリヴィエは、納得した様子で頷いた。
「うーん……これはアレだな。疎まれ、邪魔な存在である俺の押し付け……或いは、父上の嫌がらせだろうな‼︎」
リヴィエはあっけらかんと言い切る。
ベインはそんな彼の様子に、なんとも言えない複雑そうな顔になった。
「…………そんな明け透けに言うものかい……?」
確かにこれは王家がリヴィエという存在をルフト侯爵家に押し付けたようなモノだろう。
ベインが共に彼の部屋を訪れないように指示したのも、醜聞とも言える噂が流れたのも、簡単にベアトリーチェとリヴィエが婚約を解消できなくなるように仕組んだに違いない。
だが、だとしてもそれを明け透けに言うリヴィエに、ベインは驚いていた。
普通は自分が疎まれているなんて、言いづらいだろう。
しかし、リヴィエは逆に驚いたような顔で答えた。
「いや、どう見てもそう言う以外に言いようがないだろう? はっきり言わせてもらえば……俺との婚約はメリットがない。貴族連中には恐れられているし、俺自身に王家という付加価値すらない。それどころか、下手に婚約してしまえば婚約した相手の家も周りと距離を置かれるようになってしまうはずだ。加えて、俺という王家の腫瘍を排除する最も簡単な方法は、成人後の国外追放だ」
リヴィエは笑う。
その顔は見た目の幼さにそぐわない大人びた……威圧を帯びた笑み。
ベインは、その赤金色の瞳に貫かれ息を飲む。
「ゆえに、俺を誰かと婚約させるってことは嫌がらせ以外に考えられない。では、何故そんなことをされるのか……。お聞かせ願えるか?」
言葉を詰まらせる、その反応こそが全ての答え。
今の今まで黙って話を聞いていたベアトリーチェは、納得したように頷いた。
「つまり、わたくし達が婚約したのは……お父様と国王陛下の因縁が理由ですのね?」
「…………」
はっきりと告げられた言葉に、ベインは視線を彷徨わせる。
黙り込むこと数秒。
そして……ポツリポツリと語り出した。
「…………わたしは、国王に嫌われている」
「そうですの」
「そうですのって……」
興味なさそうな娘の反応に、ベインは更になんとも言えない顔をする。
だが、ベアトリーチェのの目が早く続きをと促すため……そのまま続けた。
「…………その理由は……学生時代、わたしが国王陛下よりも優秀だったから。そして……同じ女性を好きになり、彼女がわたしを選んだからだ」
「つまり未来の王としての、王族としての自尊心も……男としての自尊心もボコボコにしたから、父上から恨まれていると」
「成る程……だから、お父様は滅多に王都に来ないのですわね。王都は国王のお膝元……それに、王家で暮らす貴族達は国王陛下の取り巻きも同然でしょうから」
「歯に絹着せぬ物言いだな……」
淡々と告げる二人の姿に、ベインは溜息を零した。
風の噂だと……リヴィエ殿下という人は、部屋に引きこもっているし、性格も決して明るいとは言えないと聞いていた。
だが、今目の前にいる少年は本当に噂の人物なのか?
あまりにも冷静に現状把握を把握する姿は、人の上に立つ才の片鱗を見せつけられているようで。
実物は噂よりもかなりかけ離れているらしいと、ベインは思わずにいられなかった。
そして……どこか大人びた雰囲気を纏っていた自分の娘も。
やっと、その本性を見せ始めたかのようだった。
「うーん。我が父ながら愚かだな。嫌がらせなら死神王子と婚約させる以外にも方法があっただろうに。それに、自分の取り巻きを使ってまで回りくどいことをするなんて……」
リヴィエは呆れたように呟く。
普通の貴族に取ったら、死神王子との婚約は最高な嫌がらせになっただろう。
だが、ルフト侯爵家にはベアトリーチェがいる。
闇魔法の真実を知り、前世で妻だった少女がいる。
今世の実父であるベインには少しばかり負担になるだろうが……嫌がらせというには程遠い。
「…………まさに〝小物〟という表現がぴったりだな。子供を巻き込むのも頂けない」
いつも自分を汚物を見るような目でしか見る父の姿しか知らなかったが……どうやら実際にはかなりの小物らしい。
彼はどうしてあんなにも国王を恐れていたのかが不思議で不思議で堪らない。
逆を返せば、それだけ前世の記憶が……リヴィエの力になっているということだった。
「まぁ、とにかく。要約すると……わたくしと殿下の婚約解消が難しくなったってだけですのよね?」
「それと、君の家が俺の所為で余計に孤立する感じかな」
「別にいいのでは? 元々、あまり社交界には出ておりませんし。構いませんわよね? お父様」
「えっ……まぁ……それはそうだが……」
まさか娘にそう断言されてしまったことに、ベインは何度目か分からない複雑そうな顔になる。
しかし、ベアトリーチェはそんな父を気にする様子もなく……隣に座った彼の腕を取り、小悪魔めいた笑みを浮かべて囁いた。
「うふふっ。よかったですわね、殿下。作戦会議なんてしなくても離れられなくなりましたわよ?」
目を見開き固まるリヴィエ。
どうやら彼女は先ほどの〝側にいてもらうための作戦会議〟の件で揶揄っているらしい。
リヴィエは頬を若干赤くして、ワザとらしく咳払いをした。
「ごほんっ‼︎ まぁ……とにかく。なんだかんだと話を聞いたが……結論だけ言わせてもらう。俺との婚約はルフト侯爵家に取ってはデメリットしかないかもしれない。だけど、俺はベアトリーチェを幸せにする。そこだけは安心して欲しい」
「…………」
「ルフト侯爵?」
リヴィエは目を見開いたまま固まったベインを怪訝に思い、顔を顰める。
するとベインはふるふると指先を震わせながら……ベアトリーチェ達を指差した。
「…………なんで……腕……組んで……」
「…………? 婚約者だから、普通では?」
「腕を組んでるだけでなんでそんなに驚いてますの?」
「お、驚かずにいられないだろうっ⁉︎ あんなに婚約に乗り気じゃなさそうだったのにっ……無駄に仲良くなってるしっ‼︎」
そう言われてベアトリーチェはそっと目を逸らす。
確かに、リヴィエに会う前の彼女は王命ゆえに婚約しただけで……乗り気も何もなかった。
だが、婚約相手であったリヴィエは前世の夫で。
前世と今世は別人だと分かっていても……。
ベアトリーチェとリヴィエとして関係を始めることを、決めたのだ。
「……まぁ、ほら。会ってみないと分からないと言ったでしょう? わたくし達の相性が良かったのですわ」
「………つまり……わたしが心配しなくても、問題ないってことかい……?」
「そうですわ。お父様は魔法の属性で差別するような方ではないでしょう? 殿下を傷つけますか?」
「………属性なんかで差別する気はないし、傷つけようとも思わないが……」
「なら、問題ありませんわ。周りの有象無象が煩いでしょうけど……それも関係ありません。わたくしはリヴィエ殿下と幸せになりたいのです。わたくし達は幸せな人生を目指すのです」
自分が理由で娘に望まない婚約をさせることになり、それどころか婚約解消すらできなくさせてしまったのだと悩んだのだが……どうやらそんな心配と、後悔も意味がなかったらしい。
何故なら、ベアトリーチェは今まで見たことがないほどに楽しげな笑顔を浮かべているし。
リヴィエとまた、今までの塞ぎ切った人生で初めてと言えるほどの幸せが訪れていた。
ベインは互いに微笑み合う二人を見て……「…………わたしが悩んだ意味とは……」と脱力するのだった。