陰謀と、愚鈍なフリと、仕組まれた噂
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「まぁ、はっきり言って……俺の存在が騒ぎの元になるなら、姿を見えなくさせればいいだけなんだよな」
その声はベアトリーチェにだけ届き、彼女は隣を歩くリヴィエに視線を向ける。
彼女はくすりっと笑って、頷いた。
「初めから、こうしていればよかったですわね?」
「そうだよなぁ。でも、闇魔法の使い方が分からなかったんだから仕方ないさ」
二人の横をすれ違う王宮の侍女。
しかし、その侍女はベアトリーチェ達に気づかない。
リヴィエは自分達に視線すら向けない侍女を見て、ニヤリと笑った。
「認識阻害の魔法は問題なさそうだ」
「ですわね」
「うんうん。騒ぎにならなくてよかったな」
ただでさえ無意味に恐れられているリヴィエが人通りのある区画を歩けば、騒ぎになるのは想像に容易かった。
彼の姿を視認しただけで、人々は大混乱に陥るだろう。
それほどまでにリヴィエという存在は忌避されているし、化物扱いされている。
ならば、騒ぎを起こさせないようにするにはどうすればいいか?
結果から言えば、リヴィエを周りの人々に認識させなければいい。
闇魔法は万能の魔法だ。
全ての属性の魔法を使えるだけでなく、使い手の使いよう次第ではどんなことでもできる。
姿を誰にも、見えないようにさせるのも……声を聞こえなくさせるのも簡単なことだった。
「うーん……なんか、改めて考えると闇魔法って万能だよな。四大属性だけでなく相互属性、派生属性も使えるんだから」
「それだけでなく自分で魔法を作ることさえも可能ですものね」
「そうそう。でも……一つだけ気になることが」
「? なんですの?」
「闇魔法の扱い、だよ」
「え?」
ベアトリーチェは驚いたように、彼の方を向く。
リヴィエはとても険しい顔で、呟いた。
「人間は魔法を使う才能がないから、闇魔法を使える奴は少ない。だけど、前世では確かに使える奴はいたはずだし……人間にも闇魔法の万能性が伝わってたはずだ。なのに……どうして今はこんなにも闇魔法が知られていない?」
「……………あっ……」
そう言われてベアトリーチェはやっと気づく。
人亜戦争は、亜人という異なる姿の者達を排除しようとする人間達の行動から始まった。
しかし、魔法の属性は全然関係なかったし、人間側には闇魔法の使い手はいた。
「…………闇魔法を使える才能を持つ者が極端に減ったか、闇魔法の真実が後世に残らなかったか……人的な隠蔽工作か……考えられる可能性はこの三つか」
そうリヴィエが呟いた瞬間ーー二人の足が本能的に立ち止まる。
無駄に危機察知能力が高かった前世の経験が警鐘を鳴らしていた。
これは確実に、闇魔法を巡る陰謀が渦巻いていると。
互いに互いが同じことを思ったのを察したのか、ベアトリーチェとリヴィエは顔を見合わせる。
そして、黙り込むこと数十秒。
互いに視線を絡ませて、ゆっくりと頷いた。
「面倒ごとは避けたいよな?」
「勿論ですわよ。わたくしの目標は今世こそ貴方と寄り添って、天寿を全うすることなんですから。自ら危険に足を突っ込みませんわ」
「よし。なら、俺らは何も気づかなかった。何も考えなかった。陰謀の匂いがした気がするけど……近づかず、気づかず、スルーする。オッケー?」
「オッケーですわ」
互いに頷き合って、二人は再度歩き出す。
ただでさえ前世で色々あったのだ。
今世は面倒ごとに巻き込まれたくない。
それが二人の本音だ。
それに巻き込まれないためならば、愚鈍なフリをするのが一番だろう。
二人は早速、先ほどの会話を忘れることにした。
「あ、着きましたわ」
ベアトリーチェはさっきまでの嫌な雰囲気を変えるように、にこやかに笑いながら父が待つ来客用応接室の扉をノックしようとした。
だが、その前にリヴィエが「ちょっと待て」と声をかけた。
「なんですの?」
「ひとまず、ベアトリーチェの認識阻害だけ先に外す。このままじゃ君の父君にだって認識してもらえないからな」
「分かりましたわ」
「で……俺はここで待つから、部屋に侍女とかがいないのを確認したら、声をかけてくれ。流石に許可もなく入れないし、もし余計な者達がいて騒がれたら堪ったもんじゃない」
「それもそうですわね。分かりましたわ」
リヴィエがパチンッと指を鳴らし、自身を覆っていた膜のようなモノを消える。
ベアトリーチェは少しばかり身嗜みを整えてから……今度こそ扉をノックした。
「お父様、ベアトリーチェでーーーー」
「ベアトっっ‼︎」
「きゃっ⁉︎」
扉が急に開き、部屋の中からベインが慌てた様子で出てくる。
ベアトリーチェは父がどうしてそんなに慌てているのかが分からなくて、目を瞬かせた。
「お父様? そんなに慌ててどうなさーーーー」
「すまない、ベアトっっっ‼︎ 国王の指示など無視して、一緒にリヴィエ殿下の部屋に行けばよかった‼︎」
「えっ?」
唐突に謝られ、その言葉の意味が理解できなくて、ベアトリーチェは余計に困惑する。
こんなに焦燥した父親を見るのは初めてで。
何あってこんな風になっているのかが分からなかった。
「あの……どうなさったんですか……? それに、一緒に殿下の部屋に行けばよかったって……?」
「…………ベアトが……リヴィエの部屋に行って少しした後……凄まじい勢いで噂が流れ出したんだ」
「噂……ですの?」
「リヴィエ殿下とその婚約者が、殿下の部屋で二人っきりになったという噂だ」
「…………」
それは確かに嘘ではない。
リヴィエの部屋があるのは軟禁区画であり、誰も近づかなかったのだから。
「そうしたら……国王に謁見の間に来るようにと命じられ……まるで待ち構えていたように揃っていた貴族達の前で〝未婚の男女が密室で二人っきりとは……傷物にしたも同然。我が息子リヴィエに責任を取らせよう〟って宣言したんだ……‼︎」
「…………はぁ……」
ベアトリーチェは思わず気の抜けた声を漏らしてしまう。
ベインは娘がこの状況の悪さに気づいてないことに、頭を痛めた。
「分かっているのか、ベアト‼︎ つまり、ベアトは大勢の貴族達の前で、傷物の令嬢ってことにされてしまったんだよ⁉︎ きっと婚約解消をできなくするために、仕組まれたんだ‼︎ でなければ、あんなに貴族が揃っているはずがない‼︎ その所為でリヴィエ殿下をとの婚約解消はほぼ不可能に近くなったし……できたとしてもロクな嫁ぎ先がなくなったんだよ‼︎」
「…………別にリヴィエ殿下と結婚すれば良いのでは?」
「だが、リヴィエ殿下がベアトを幸せにしてくれるか分からないじゃないか‼︎ ベアトだって、この婚約に乗り気じゃなさそうなのにーーー」
「いや、俺としてはベアトリーチェを幸せにするつもりなんだが……取り敢えず、少し落ち着いてくれないか?」
「っっ⁉︎」
ビクリッ⁉︎
ベインは唐突に背後に現れた少年……リヴィエの姿に目を見開き、固まる。
ベアトリーチェは少し驚いた様子で、彼を見た。
「あら。認識阻害を解いたんですの?」
「中には君の父君だけだったからな。廊下にも丁度人がいなくなったし、問題ないかと思って」
ベアトリーチェはスタスタと部屋の中に入り、ガチャンっと扉を閉める。
そのタイミングに合わせるように、リヴィエは防音の結界を張り……ベインに向き直った。
「まぁ、俺が誰かは察してるかもしれないが……俺の名前はリヴィエ・フォン・ルーフレール。貴方の娘の婚約者になったものだ」
「…………えっ?」
まさか当の本人がここに来るとは思ってなかったベインは言葉を失い……顔色を若干悪くする。
それもそうだろう。
本人の前で色々と言ってしまったのだから。
リヴィエは絶句しているベインを見て……苦笑しながら、肩を竦めた。
「ひとまず、詳しい話を聞かせてもらうところから始めようか」