婚約者は小悪魔サマ
ちょっとずつ糖度を上げていくぞー。
頑張れー‼︎
優しい指先が、頬を撫でる。
ベアトリーチェはその指先に頬を緩めながら、彼の肩に頭を預けた。
「やっと落ち着いた時間がきましたわね」
王命で第二王子の婚約者に任命され。
王宮で顔合わせをし、彼が夜空の王の継承者となって。
リヴィエを引き取ることになり、三日間の馬車旅でルフト侯爵領に戻った。
だが、屋敷に入る前にベアトリーチェの馬鹿な幼馴染がリヴィエに喧嘩を売り……決闘騒ぎ。
それが終わったと思えば、今度は弾丸少女。
まだ今日は終わってないが、凄まじく濃い一日だった。
疲れた様子のベアトリーチェを見て、リヴィエも苦笑を零す。
そして、彼女の手の甲を優しく撫でながら呟いた。
「ははっ、確かに。王宮から出た途端、色々と起こるなんて……」
「騒ぎの神様に愛されていらっしゃるのね」
「かもしれないなぁ。ずっと引きこもっていたから、気づかなかっただけで。でも、ベアトとの時間を潰されるのは堪ったもんじゃないが」
クスクスと笑いながら、リヴィエは肩を竦める。
それを聞いたベアトリーチェは少し考え込み……何かを思いついたように、少し小悪魔めいた笑み浮かべながら告げた。
「なら、わたくしと濃密な時間を過ごしましょう?」
トンッ……と軽く身体を押され、リヴィエは簡単にソファに倒れ込み……ベアトリーチェはゆっくりと彼の上に身を乗り出し、甘えるようにその胸元に頬を擦り寄せる。
リヴィエはそんな彼女の行動に……ごきゅっと喉を鳴らした。
「ベ、ベアト?」
今の彼の心境を言い表すならば、困惑の一言だろう。
こちらから触れると照れるのに、こうして自分から大胆に触れるのは堂々としていて。
いや、それどころか……押し倒して、身を乗り出して、抱きつくなど……普通の少女ならできるはずがない。
なんで頬にキスする程度で照れるのに、こういうことができるのだ。
理性を試しているのかっっっ‼︎ と、叫びたくなってしまう。
だが、リヴィエはなんとか理性を保ちながら……彼女に声をかけた。
「ベアトさん? い、一体何をして……?」
「何って……ただのスキンシップ、ですわよ?」
「押し倒しがただのスキンシップっ……⁉︎」
「??? 婚約者ですもの。スキンシップぐらい普通でしょう?」
リヴィエはその言葉に絶句しかける。
ソファに押し倒しておいて、ただのスキンシップなはずがない。
しかし、ベアトリーチェは本当にただのスキンシップだと思っているらしく……なんてことがないように言う。
「なんとなくですけれど……きっと、これからもリヴィエは色々と巻き込まれる予感がしますわ」
「…………えっと……少し話の意味が分からないんだが? それと濃密な時間云々がどういう繋がりが……?」
リヴィエは状況処理が追いつかないのか、首を傾げる。
彼女はそんな彼の疑問に答えるように、告げた。
「平和に暮らしたいと思っても、色々と忙しくて。時にはわたくしとの時間がなくなることもあるかもしれません」
「まさかぁ……」
「現時点でお兄様との魔法歓談が待ってますわよね? お兄様、魔法のことになるとしつこいですわよ? それに、お勉強もありますし……男性ですから、剣の稽古もあるかと思いますわ」
「…………あぁ……そう言えば……」
ベアトリーチェの言葉に、彼は納得する。
生まれて十年ーー必要最低限の教育しかされておらず、王侯貴族としての教養がないリヴィエは、今まで無駄にした時間を取り戻すためにも、沢山勉強しなくてはいけなくなるだろう。
「ルフト侯爵家に婿入りして、爵位を継ぐのですし……領主の勉強もあります。そうなると、リヴィエは必然的に忙しくなりますわよね?」
「…………あぁ……」
「ね? やはり、わたくしとの時間が少なくってしまいそうでしょう? だけど、その代わりに……会えた時の時間を。二人の時間を濃くすれば、釣り合いが取れると思いますの。だからね?」
彼の身体に乗せたまま、ベアトリーチェは顔を上げて至近距離でその赤金色の瞳を見つめる。
彼の瞳に映る自分の顔は……とても楽しそうで、とても嬉しそうだった。
「甘えてくださいませ。甘やかしてくださいませ。わたくしを可愛がってくださいな」
「〜〜〜〜〜〜っっっ⁉︎」
満面の笑みを浮かべてそう懇願する婚約者の姿に、リヴィエは顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。
初心な反応を見せたと思えば、大胆な行動をして。
…………容赦なく、リヴィエの理性を削って、煽ってくる。
これが無意識にしている行動なのだから、尚更タチが悪い。
こんなに可愛いことを言われたら、愛情表現をしたくなる。
なのに、ベアトリーチェはその愛情表現で叩いてくるぐらい照れる訳で(ここまでの触れ合いで、彼女が照れるのがキスだと察し始めた)。
その上で、二人っきりの時間にキスなんてしたら……リヴィエは理性が蕩ける自信があった。
何が言いたいかと言うと……リヴィエのキスに照れたベアトリーチェが逃げ出し、二人の時間が必然的に失くなる。
我慢できずにキスをしてしまえば……ベアトリーチェが恥ずかしさのあまり、自分に近づこうとすらしなくなりそうで、我慢するしかない。
彼女との時間が少なくなることは、リヴィエにとっても悪いことなのだ。
つまり……こんなに可愛い婚約者が逃げないように、愛でるしかないのだ。
(…………こういうのを小悪魔と言うんだっけ……? ははははっ……生殺しだ……)
少ない時間でも満足できるよう触れ合いたいと思うのならば、ベアトリーチェが逃げないように触れ合うしかない。
リヴィエは若干、泣きそうになりながら……ゆっくりとベアトリーチェに視線を向ける。
そして……乾いた声で、告げた。
「…………ベアトさん」
「なんですの?」
「俺は一生、お前に勝てない気がするよ」
「…………?」
「分からないならいいよ……うん。頑張れ、俺の理性」
キョトンとするベアトリーチェの頭を撫でながら、リヴィエは誤魔化すように笑顔を浮かべる。
彼女は暫くは怪訝な顔をしていたが……次第に、撫でられる気持ち良さにうっとりとし始め……。
唇を噛み締めて我慢するリヴィエに、とことん甘えるのだった……。




