苦労人少年と、弾丸少女
客室に入ったベアトリーチェ達は、少年が紅茶を淹れるのを待ってから……ソファに座って話し始めた。
「まず、紹介を。彼の名前はサミュ。歳は十一歳。執事長の息子になりますわ。そして、そちらの少女の名前が……」
「あたしはキリファだよ‼︎ よろしくねっ‼︎」
「…………ルフト侯爵家に仕える執事の孫娘ですわ。わたくしと同い年なので、一応わたくし専属侍女になる予定なのですが……弾丸すぎて、調きょーーごほんっ。教育中になりますの」
ベアトリーチェとサミュは疲れ切った顔で乾いた笑みを浮かべる。
キリファという少女は、本当に《弾丸》としか言い表せない。
気に入った者にはタックル(本人は抱きついてるつもり)。
気にくわない者には頭突きタックル。
猪突猛進なんて言葉じゃ甘っちょろい。
無駄に身体の使い方が上手い所為で、全体重を使ったタックルを繰り出すため……いつ死者が出るのかとヒヤヒヤするレベルの弾丸っぷりだった。
二人から漂う疲労感を察したのか、リヴィエは少し苦笑した。
「…………えっと、俺の名前はリヴィエ。ベアトの婚約者だ」
「お聞きしております、リヴィエ殿下。先程はお手を貸して頂き、ありがとうございます」
「いや、気にするな」
リヴィエとサミュの間に穏やかな空気が流れ出す。
しかし、弾丸少女は発言すらも弾丸だった。
「んー? サミュ、サミュ。この子もルフト侯爵家で働く子?」
「ぶふっ⁉︎」
思いっきりサミュが噴き出し、反射的にキリファの頭を掴む。
そして、先程と同じようにぐわんぐわんと頭を回し始めた。
「お前、馬鹿じゃないのっ⁉︎ ちゃんとお嬢様の婚約者だった説明しただろぉっ⁉︎ 使用人側じゃなくて、家主側の人だからぁぁぁ‼︎ 事前にも説明したよなぁぁぁぁ⁉︎」
「そだっけ?」
「なんなの、お前ぇぇぇぇ‼︎ 王子だからぁぁぁぁ‼︎ 不敬罪に値するからぁぁぁぁ‼︎」
「目が回るぅぅぅ〜」
二人の会話にベアトリーチェは頭痛を覚える。
客人が来ようが、この二人はいつでも変わらない。
その姿は微笑ましく(?)もあるが……時には普通な感じも見せて欲しい。
というか、外面の仮面も用意して欲しい。
…………子供にそんなことを求めること自体が間違っているのかもしれないが。
「…………なんというか……王宮の外は面白い奴ばかりだなぁ」
紅茶を飲みながら、ぽつりと呟くリヴィエ。
その言葉は単に、王宮の外には色んな人がいるのだなぁというだけの意味だったのだが……ベアトリーチェは慌てて彼の肩を掴み、鬼気迫る顔で告げた。
「これが普通だと思ってはなりませんわ‼︎ ルフト侯爵家の関係者は、とんでもなく濃いのですっ‼︎ ぜっったい、我が家は普通じゃありませんから、基準にしてはなりませんわ‼︎」
「…………ベアト……自分の家のことなのに、そんなに否定するのか……」
「当たり前ですわよ‼︎ これが普通だと思われたら、困りますもの‼︎」
「いや、俺も流石にこれが普通だと思ってないからな?」
それを聞いてベアトリーチェはホッとする。
流石にルフト侯爵家がこの国、世界の基準だと思われたら困る。
変な知識が増えたら困るのは、リヴィエ本人だ。
そんな事態にならなくてよかったと、ベアトリーチェは心の中で安心した。
「……今日一日、既に色々あったので使用人のことやら我が家のことやらは明日説明するつもりでしたが……この二人に会ってしまったのなら、説明しておきますわ」
「あぁ」
ベアトリーチェは自分の家の説明を始める。
「ルフト侯爵家は貴族でありますが、一般的な貴族と比べれば普通ではありません。使用人を家族のように扱う家は、そうそうありませんし……使用人の家族をまとめて屋敷に住まわせているのも珍しいかと思いますわ」
あくまで主人と仕える側であるのだから……線引きは重要だ。
しかし、ルフト侯爵家は家主側が使用人の手伝いをすることもあるし、一緒に食事を摂ることだってある。
そして……家庭を築いた使用人は、通いの使用人になることが多いのだが……ルフト侯爵家はその使用人の子供含めてこの屋敷に住まわせてもいる。
以上の点から見ても、明らかにルフト侯爵家は貴族の中でも特殊だろう。
だが……そんな風になってしまったのにも、理由があった。
「その理由は……何故か我が家に仕える者達が一癖も二癖もある者達ばかりで……。ぶっちゃけ、使用人として雇ったと言うよりも、なんかいつの間にか居着いて家事を手伝ってるような方もいて。使用人にも、ちゃんと使用人として雇った者と、いつの間にか増えてた者とがおりまして……。下手に街で暮らさせて、何か起きた場合、我が家の責任問題になるからですの」
「…………ふむ。成る程」
リヴィエは素直に頷く。
あまりにも納得が早すぎたため……ベアトリーチェは怪訝な顔をせずにいられなかった。
「…………今の説明での納得が早すぎませんこと?」
「いや。だって、扉の外で、気配消したまま中の様子を伺ってる奴がいるしなぁ……。明らかに使用人としての振る舞いを超えてるだろ。後、チラホラ屋敷内にいる奴らが普通じゃない気配だし」
「「えっ?」」
ベアトリーチェとサミュが驚いた声を漏らすと同時に、トントンっと扉がノックされる。
リヴィエが「入っていいぞ」と返事をすると……白髪混じりの褐色の髪を持つ初老の男性が入ってきた。
「キリル?」
初老の男性の名前は、キリル。
キリファの祖父であり、ルフト侯爵家に仕える執事の一人だった。
「失礼致します、殿下。お嬢様。馬鹿孫娘を回収しに参りました」
「おじぃっ‼︎」
「この、馬鹿娘がっ‼︎」
ゴツンッ‼︎
「ふぎゅっ⁉︎」
タックルしよう(抱きつこう)としたキリファの頭に落とされる拳骨。
キリファは頭を抱えて悶えながら、蹲った。
「お二人はお疲れのため、今日は会わぬよう言っただろう。お前と会うだけで余計に疲れるのだから」
「で、でもぉ〜」
「でもも何もないわ、馬鹿者め。主君の負担になるならば、潔く死ね」
「むぐぅぅぅ〜‼︎」
睨み合う祖父と孫。
ベアトリーチェは少し慌てながら、キリルに声をかけた。
「……あ、相変わらず重く考えすぎですわよ? キリル」
「いえ、お嬢様。阿呆すぎる孫娘にはこれぐらい言わねば、理解致しませぬ。それに、我が故郷であればキリファは主君に迷惑をかけた時点で、即刻始末されるでしょう。これでもかなり甘いのです」
「「「……………………」」」
キリファの首根っこ掴んだキリルは、呆れた溜息を零す。
そして、ベアトリーチェとリヴィエの方に視線を向け……ゆっくり頭を下げた。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ありませぬ。儂の名はキリル。キリファの祖父でございます。お疲れのところ、ご迷惑をおかけしました。我々は早々に辞させて頂きますゆえ……」
「いや、大丈夫だ。その……俺が言うのは間違いかもしれないが……まだ子供なのだから、あまり怒らないであげてくれ」
「………ほどほどにしておきますので、ご安心を。では、失礼致す。サミュ、行くぞ」
「は、はいっ……‼︎ 失礼しました‼︎」
三人が速やかに部屋を出て行き、客室にはベアトリーチェとリヴィエが残される。
二人は互いに顔を見合わせて……苦笑した。
「………本当、面白すぎるだろう。ルフト侯爵家」
「……だから、説明する側も疲れるので……今日じゃなくて明日にしたかったのですわ。まぁ、我が家で働いてる人達のこと、説明するよりも先に理解してたことに驚きですけどね」
「それを言ったら、逆に何故か居着いた者達を受け入れてるこの家も驚きだけどな?」
「じゃなきゃ、殿下も受け入れられませんわよ」
「それもそうか」
二人はクスクスと笑い合う。
そして……やっと訪れた落ち着いた時間に、ホッと息を吐いた。




