休む時間はまだ遠い
珍しく、連日投稿ですな……(笑)
まぁ、よろしくねっ☆
ベアトリーチェは、屋敷の廊下を進みながらムスッとしていた。
「いつまで笑ってるんですの」
隣を歩くリヴィエにジトッとした目を向けながら、そう呟く。
だが、彼はクスクスと笑い声を零し続けた。
「仕方ないだろ。俺のことを慮ってくれる人なんていなかったんだ。嬉しくて笑っちゃうのは、仕方ないと思わないか?」
リヴィエはずっと独りだった。
だからこそ、ベアトリーチェが自分のことを思ってくれることが。
自分のために行動してくれることが。
言葉を向けてくれることが……嬉しくて嬉しくて、堪らない。
本当に泣いてしまいそうなほどに、幸福だった。
「……別に、わたくしは何もしてませんわよ。三日とはいえ、馬車旅の後にあの決闘騒ぎですもの。身体のことを考えて休むのを優先させるのは、当然ですわ」
そう……ベアトリーチェはただ、当たり前のことをしただけ。
だが、その当たり前がリヴィエにとっては嬉しかった。
「いいや。ベアトリーチェ自身は何もしてないと思っても……俺にとったら、嬉しいことなんだよ。王宮の奴らは、俺が怪我をしようが、具合が悪かろうが放置だったから……こうやって隣にいてくれるだけでも、夢を見てるんじゃないかって思うくらい、信じられないんだ」
「…………王宮での扱いは……そんなに酷かったんですの……?」
リヴィエが酷い扱いをされていたのは聞いていたが、まさか怪我をした時や具合が悪い時さえも救いがないとは思わなかったため……ベアトリーチェは目を見開く。
だが、彼はなんてことがないように微笑んだ。
「あぁ。でも、あんな生活をしていた割には身体は頑丈だったから……怪我も具合が悪くても直ぐに治ったけどな」
「でも、大変だったことに変わりはないでしょう?」
「…………あの時は感覚が麻痺してたから、大変だと思うこともなかったんだよ」
ピタリッ。
彼の足が止まり、つられるようにベアトリーチェも足を止める。
そして……ゆっくりと見つめ合いながら、リヴィエは微笑んだ。
「でも、今なら分かる。あそこでの暮らしは大変だったし、辛かったし……寂しかった」
「………殿下……」
「リヴィエ、でいいよ」
「…………え?」
「いつまでも〝殿下〟なんて呼ばれるのは寂しいからさ、ベアト」
こつんっと額と額が触れ合って、赤金色の瞳に優しい光が宿る。
ベアトリーチェはその美しい光に見惚れながら……言葉の続きを待った。
「きっと、これからも時々……後ろ向き発言をすると思う。でも、ベアトと共にいれば……少しずつ変わっていくだろうからさ。気長に隣で見守ってくれ」
「…………仕方ない方ですわね」
そうは言いながらも、彼女の声音はとても柔らかい。
そして、その翡翠色の瞳には穏やかな優しさが宿っていた。
「本当、ベアトが婚約者になってから幸せなことばかりで、死んでしまいそうだ」
「死んだら、許しませんわ」
「言葉の綾だって、分かってるだろう?」
「冗談でも許しませんわ」
「ははっ……君がそう言うなら、もう言わない」
柔らかく微笑む彼の顔には、ほんの少しだけ翳がある。
長年傷つかられてきたのだ。
その傷が癒えるには時間がかかるだろう。
それでも……二人は、なんの憂いもなく笑い合える日が来る気がしていた。
「…………これ、声をかけてもいいと思うか?」
「分かんない‼︎ でも、お嬢様にお帰りなさい言いたい‼︎ 離して‼︎」
「いやいやいや、あの甘い空間に突っ込んで行こうとするとか強メンタルすぎるから‼︎ 止めろよ‼︎」
「やぁ‼︎」
「「………………」」
コソコソ……ゴゾゴゾ。
廊下を曲がった辺りで隠れているつもりらしい声が二つ。
ベアトリーチェとリヴィエはゆっくりと、そちらに視線を向けた。
「…………ベアト?」
ベアトリーチェは思わず眉間のシワを揉む。
そして、ぽつりと呟いた。
「……多分、我が家で働く執事の孫娘と、侍女長の息子だと思いますわ……」
「…………まぁ……廊下でくっついてたこっちも悪いか……おーい、出ておいで〜」
リヴィエは動物を呼ぶように言う。
すると、「ぐふっ‼︎」と悲鳴と共に弾丸のようにワンピースを着た女の子が飛び出し……ベアトリーチェの胴体にタックルをかました。
「ぐふっ⁉︎」
「お帰りぃっ、ベアトリーチェお嬢様‼︎」
「た、だいまぁ……キリファ……」
溝にタックルされたらしく、ベアトリーチェは顔色が悪い。
しかし、それでもなんとか微笑んで……褐色の髪の少女の頭を撫でた。
「…………大丈夫か?」
「す、すみません……弾丸を押さえきれなかった……(ガクッ)」
「死ぬな〜。生きろ〜」
リヴィエの方は廊下の先で倒れていたシンプルな格好の金髪の少年を回収していた。
顔色が悪いベアトリーチェと、少年。
子犬の如き興奮具合でベアトリーチェに擦り寄る少女。
中々に混沌としているな……と思いながら、リヴィエはベアトリーチェ達に回復魔法を発動させる。
「あれ……痛みが消え……?」
「もう立てるな?」
「あ、はい。ありがとうございます」
少年はリヴィエに頭を下げる。
だが、次の瞬間には「じゃなくてっ‼︎」とキリファの頭を掴み、ぐわんぐわんと揺らし始めた。
「お前はっ‼︎ タックルを止めろと‼︎ 何度言われたら理解するんだ‼︎ 全体重を使ったタックルはっ‼︎ 一種の凶器だからっっ‼︎ ベアトリーチェお嬢様を殺す気かっっっ‼︎」
「サミュっ、痛い‼︎」
「こっちの方が痛かったわ、ボケェ‼︎」
ギャーギャーと言い合う少女と少年。
リヴィエはどこか遠い目をしながら……ゆっくりとベアトリーチェの方を見た。
彼女もこの状況に頭痛を覚えたのか、大きな溜息を零していたが。
「………………取り敢えず、客室に向かいましょうか……一体、いつになったらリヴィエを休ませてあげれるんですの……?」
「その心だけで充分だよ」
リヴィエはそう言ったが、ベアトリーチェは延々と続く騒ぎに悔しそうな顔をするのだった……。




