兄はほんの少しだけ、悔しがる
それから数時間に及びお説教されたトライバルは、馬車に詰められて帰って行った。
応接室に残った四人は、休憩するため他愛ない話をしながらお茶をする。
クルフェは魔法歓談をしたくて少しソワソワしていたが……敢えてそれを無視して、和やかなムードを維持していた。
そして、少し経った頃ーーベインがやっと口を開いた。
「…………すまなかったね。お説教に熱が入ってしまって」
「お疲れ様です、父上」
「お疲れ様ですわ、お父様」
「面白かったぞ、ルフト侯爵」
子供達のそれぞれの反応に、ベインは羞恥心を覚えてそれを誤魔化すように咳払いをする。
だが、次の瞬間には少しだけ真面目な顔をして……話を続けた。
「クルフェやホルンには説明したんだね?」
「あぁ。お説教中に」
「そ、そうかい……では、今後の話をしようか」
ベアトリーチェはそういえばと思い出す。
なんだかんだと言って、彼にはルフト侯爵家の事情を話していなかったと。
「まぁ、簡単に言えば……クルフェは他所の家に婿に行く予定だ」
「………………は?」
「はっきり言って、リヴィエ殿下を教育するというのは嘘じゃない」
「はぁぁあ⁉︎」
ベインの言葉に、リヴィエは目を見開きながら叫ぶ。
普通、貴族というのは長男が家を継ぐモノだ。
だから、リヴィエはまさか長男であるクルフェが婿に行く予定だったということに、驚愕した。
「僕の婚約者の家には彼女以外の子がいません。なので、僕が婿に行き、彼女の家を継ぐ予定なんですよ」
「えぇぇぇ……それはアリなのか?」
「勿論。我が家は恋愛結婚推奨派ですから」
クルフェは蕩けそうな笑顔を浮かべて告げる。
長男であるクルフェは婚約者の家には婿入りする。
そうなると必然的に長女であるベアトリーチェの夫……リヴィエがルフト侯爵家を継ぐことになる。
結論、教育のため、ルフト侯爵家に引き取ると国王に言い訳してもらったが……。
ある意味、それは嘘ではなく真実だった……と。
「…………だから、ルフト侯爵はそんなに渋らずに俺を引き取ることを受け入れたのか……?」
「そうだよ。結局、リヴィエ殿下が我が家に婿入りするのは変わらなかったし……リヴィエ殿下も王宮から出れたし」
「一石二鳥ってヤツですわね」
ほんの少し釈然としない気分になったが、結果オーライだと思うことにしたリヴィエは紅茶を口に含んだ。
「という訳で、リヴィエ殿下には領主の仕事を学んでもらおうと思っているんだが……大丈夫かい?」
「まぁ……生活のためにも働かなくちゃいけないと分かってたからな。大丈夫だ。でも、まともな教育を受けてないぞ?」
「流石に十歳の子供にいきなり働けなんて言わないよ。最初は家庭教師から教育を受けてもらう。これは先行投資だから、金銭のことは気にしなくていいよ」
「分かった。なら、俺は俺の力を持ってこの領地に貢献するとしよう」
今後の話がまとまったところで、ベアトリーチェはティーカップをソーサーに戻す。
そして、彼の手を取りにっこりと笑った。
「なら、難しい話はここまでですわね。行きましょう、殿下」
「えっ⁉︎」
だが、それを聞いてクルフェはガタッと立ち上がる。
そして、大きな声で抗議した。
「ベアト、狡いよ‼︎ 殿下を連れて行かれたら魔法歓談がっ……‼︎」
「ねぇ、お兄様? それよりも先に、休むことが必要だとは思いませんこと?」
ピシッ‼︎
有無を言わさぬベアトリーチェの笑みに、クルフェは身体を固まらせる。
初めて見る妹の威圧ある姿に……兄は頬を引きつらせた。
「わたくし達は王都から帰ってきたばかりなのですよ? どこかのお馬鹿さんのおかげで、余計に疲れているのです。そんな状況下でまだリヴィエ殿下を付き合わせるおつもりですの? お兄様は気遣いという言葉をご存知ないのですか?」
「…………ご、ごめんなさい……」
「では。後日、魔法歓談を行うということでよろしいですわね?」
「は、はい……」
クルフェが大人しく頷くと、ベアトリーチェはふっと威圧を解く。
そして、再度、リヴィエの手を取って立ち上がった。
「ホルン。部屋の用意は?」
「客室の用意ができております。後日、リヴィエ殿下のお部屋を準備させて頂きます」
「分かりました、お願いしますわね。では……ひとまずは客室へご案内させて頂きますわ、殿下」
「あぁ」
リヴィエはクスクスと笑いながら、頷く。
歩き出す直前、彼はチラリとクルフェの方を向き……楽しげに笑った。
「すまないな、クルフェ殿。ベアトリーチェを悪く思わないでくれ。俺を思ってのことだから」
「い、いいえ……配慮が足りないのはこちらですので……」
「では、失礼する」
リヴィエはベインとクルフェに軽く目礼をしてから、ベアトリーチェに引かれて部屋を後にする。
部屋に残された者達……特にクルフェはぐったりとしながら、ソファに凭れかかった。
「こ、怖かった……ベアトがあんな威圧を放つの……初めて見た……」
「ふふっ……だが、今のベアトの方がいいと思わないかい?」
「…………えぇ」
父の言葉にクルフェは頷く。
いつもどこか壁があるように感じていた。
家族に甘えてくれているけれど……ほんの少しだけ、ベアトリーチェが距離を置いていたことにも気づいていた。
仮面を被っていたとも言えるだろう。
だが、今のベアトリーチェは……彼女の本性を、やっと見せてくれたようで。
それがリヴィエが隣にいるからだというのは、簡単に理解できた。
「…………リヴィエ殿下には感謝しますけど、ベアトの仮面を外したのが彼だと思うと……兄としては少し嫉妬しちゃいますね。どうせなら家族として、ベアトの仮面を外したかったです」
クルフェは少し拗ねたように呟く。
ベインは苦笑しながら、答えた。
「仕方ないさ。どうやら、ベアトリーチェとリヴィエ殿下は〝運命の相手〟のようだからね」
「〝運命の相手〟、ですか。あぁ……でも。確かにその言葉がぴったりですね。たった数日であそこまで親密な雰囲気を醸し出してるんですから…………僕も彼女に会いたくなってきました」
「当てられた?」
「かもしれません」
応接室には親子の楽しげな声が響いていた。




