花乙女巡る戦い(1)
(1)ということは……次話に続きます。
よろしくね‼︎
(……ここまで馬鹿だったかぁ……)
傍目で子供達の様子を見ていたベインは、トライバルの反応を見て眉間を揉む。
他所の家のことだったので、あまり口出ししてこなかったが……パータ家は子供の教育に失敗しているとしか言えない。
ベアトリーチェがリヴィエと婚約すると伝えたということは、王命だということも伝わっているはずだ。
しかし、子供らしい〝自分の玩具を取られたくない〟といった感情で、トライバルはそれを受け入れない。
貴族の子であるなら、王命は絶対だということを把握しておけと言いたい気分だった。
「…………父上……お帰りなさい」
そんな時、気配を消しながら屋敷から現れたのはベインによく似た少年。
十四歳なので青年と言ってもいいかもしれないが……ベインは、長男クルフェの顔色が悪いことに目を見開いた。
「……ただいま、クルフェ。どうしたんだ? 顔色が悪いが……」
「その……少しやらかしまして。アレのことで」
クルフェはトライバルを指差して、大きな溜息を吐く。
…………ベインは嫌な予感に、顔を顰めた。
「…………まさか……」
「その……ベアトが乗り気じゃない婚約をすると話してしまいまして……そしたら……トライバルが、自分と婚約したかったんだ‼︎ みたいな勘違いを……」
「………………成る程……だから、あんなに引かないのか……」
「……ごめんなさい……」
「……いや。クルフェの所為じゃないよ」
クルフェとしては幼馴染に妹の婚約の心配話をしたつもりだったんだろう。
誤算だったのは、トライバルが予想以上に阿呆だったこと。
戦闘力だけは無駄にあるため、まだ幼いながらに冒険者ランクがEランク(下から二番目)になったのも……彼の脳筋っぷりに拍車をかけているようだ。
ベインは溜息を零して、疲れた顔になった。
「あの……父上? ベアトリーチェと共にいる彼は……」
「あぁ……ベアトリーチェの婚約者であるリヴィエ殿下だよ」
「…………え?」
クルフェはそれを聞いて、目を見開く。
確かに、王命で第二王子に会いに行ったが……まさか連れ帰ってくるなんて思ってもみなかったし、聞いてすらいない。
それどころか……二人の姿はそれはもう仲睦まじそうで……。
「色々あったんだ。詳しい話は後でするが……」
ベインはそこで言葉を切り、このままでは問題が起きるだろうと判断し、先にトライバルを止めようと足を踏み出す。
だがーーーー。
「ベアトリーチェをかけて、決闘しろぉぉおっ‼︎」
踏み出すのが一歩遅く……頭を抱える羽目になった。
*****
「ぶふっ‼︎」
令嬢らしからぬ笑い声がベアトリーチェの口から溢れる。
リヴィエもまた、口元を覆い笑い声を堪えていた。
しかし、笑ってしまうのも仕方ないだろう。
夜空の王ほどの戦闘力はないにせよ、闇魔法の知識を得たリヴィエはその力を万全に使えるのだ。
はっきり言って、子供じゃ決闘にすら成り立たない。
「何がおかしい‼︎」
「いや……決闘を申し込むとか……随分と勝気なんだなぁと思ってな」
「オレ様が負ける訳ないだろうっ‼︎ 神童と呼ばれているんだぞっ⁉︎」
「ぷぷっ……だから? 断るとかは考えないんだ?」
リヴィエは涙が滲んだ目尻を拭いながら問う。
だが、トライバルはそれを聞いてニヤリと笑う。
「決闘を断った時点で不戦敗扱いだ‼︎ お前が負けなら、ベアトリーチェはオレ様のモンだ‼︎」
「ふぅん……? なら、受けるしかないか。で? どこで決闘するんだ?」
「勿論、今ここでだ‼︎」
「えぇ……無理だな。下手したら、この高台が壊れるし」
「…………はぁ?」
リヴィエは胸倉を掴んでいたトライバルの手を払い、ぐちゃぐちゃになった胸元を直す。
そして、隣で笑いすぎて立っているのがキツくなったらしいベアトリーチェに笑いかけた。
「ほら、肩」
「ふふふっ……ありがとうございますわ……」
ベアトリーチェは彼の肩に頭を乗せて、なんとかしゃがみ込みそうになるのを我慢する。
リヴィエもそんな彼女の腰に手を回しながら、クスクスと笑った。
「という訳で……どこかいい場所はないか? ルフト侯爵」
「……まず、決闘しないって手はないのかな……?」
たった数分で疲れ切った様子を見せるベインは、歩き寄りながら聞く。
しかし、リヴィエはワザとらしく肩を竦めた。
「それは無理だろう。決闘を断ったら、負けらしいし? ベアトリーチェをかけてらしいし?」
「…………はぁ……なら、冒険者ギルドの裏にある訓練場かな……」
冒険者ギルドとは国家に属さない独立組織であり、人々の依頼を達成し、報酬を得ている冒険者が所属している。
仕事内容は魔物討伐、魔物被害へと対応が主だ。
「なら、そこに行こうか。ククッ‼︎ 屋敷に入るまでが大変だなぁ」
「…………わたしの方が大変だよ……」
「苦労をかけて、すまない」
「……まぁ、今回はリヴィエ殿下ではなくトライバルの所為だけどね……」
リヴィエはにっこりと笑いながらも、その目には楽しげで……ほんの少し危険な光を宿す。
子供でありながら、剣呑な雰囲気を帯びた彼に……ベインはヒクリッと頬を引きつらせた。
「……取り敢えず、訓練場に行くのは俺とベアトリーチェ、パータ伯爵子息、ルフト侯爵……でいいか?」
「……あの、よろしければ僕もよろしいですか?」
「ん? 貴方は?」
「ルフト侯爵家の長男クルフェ・ルフトです。リヴィエ殿下。……その……トライバルが勘違いしたのは、僕にも一因がありまして……」
顔色が悪いクルフェの言葉に、リヴィエは少し考え込む。
ベインと同じ苦労人の気配を感じ……彼もまたこんな事態になるとは思っていなかったのだと察した。
「……まぁ、いいか。直ぐに向かっても?」
「勿論だ‼︎」
何故かトライバルが返事をし、彼は人が悪い笑みを浮かべる。
そして「失神するなよ?」と告げると、右足を上げ、トンッと地面を叩き、魔法陣を出現させた。
「《飛行魔法》」
ぶわりっ……‼︎
柔らかな風が五人を包み、その身体を宙へと浮かばせる。
ベアトリーチェを除いた三人は、その魔法に目を見開き絶句した。
「「「なっ……⁉︎」」」
「では、行くぞ〜」
リヴィエの声に合わせて五人は空を飛び、冒険者ギルドの前に行く。
さっきまでの馬車移動とは比べ物にならないほどの速さ。
そして、住民達のギョッとした顔に包まれながら……先ほど馬車で通り過ぎた冒険者ギルドの前に降り立った。
「到着っと」
「お疲れ様ですわ、殿下」
ベアトリーチェはリヴィエに感謝をし、彼の手を引きながら慣れた様子で冒険者ギルドに入って行く。
ギルド内にほんの少し漂う酒の匂いに顔を顰めながら、受付に訓練場を借りたいと声をかけたところでーーーー。
「神ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼︎」
「ぐふっ⁉︎」
「ちょ⁉︎ リヴィエ殿下っ⁉︎」
背後からタックルしてきたクルフェによって、リヴィエは悶絶した。




