辿り着いたルフト侯爵領、ついでに宣戦布告
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途中、ベインの記憶を魔法で奪うなんてことはあったが……他愛ない話をしながら、馬車に揺られること三日ほど。
ベアトリーチェ達はルフト侯爵領へと辿り着いた。
「…………へぇ……賑わってるんだな」
リヴィエはポツリと呟く。
馬車の窓から覗く外の光景は、それはもう賑やかだった。
王都ほどではないけれど……沢山の人々が行き交い、どこからでも出店から響く客引きの声が聞こえてくる。
整備された道路、街灯、街並み。
溌剌とした笑顔の住民達。
平和ーーただその一言が相応しい。
ベアトリーチェはいつも通りのルフト侯爵領の姿を見て、ふんわりと微笑んだ。
「素敵でしょう? わたくしの故郷は」
リヴィエはそう言われて、素直に頷く。
人々の笑顔からは、不安や不満などの負の感情が見て取れない。
それが意味することはただ一つ。
ベインの手腕がそれほど素晴らしいモノだということだ。
「彼らの笑顔を見るだけで、ルフト侯爵が素晴らしい領主なのだと分かるな」
「………素直に褒められるのは、恥ずかしいね」
リヴィエの褒め言葉に少し照れたような顔をするベイン。
馬車は領都の奥ーー高台にある少し大きめの屋敷に向かって進む。
更に走ること数分……領主館の前に、馬車は横付けされた。
ベインが一番に降り、二番目に降りたリヴィエはベアトリーチェに手を差し出す。
そして、にっこりと王子らしい笑顔を浮かべた。
「お手をどうぞ?」
「ありがとうございますわ、殿下」
ベアトリーチェはその笑顔に似たような笑顔を返しながら、リヴィエの手を取り馬車から降りる。
歴史を感じさせる領主館を見上げ、やっと帰ってきたという安堵感を感じた。
「……確か、兄君がいるんだったよな?」
「……えぇ。そうですわ」
ベアトリーチェはその言葉に、ほんの少しだけ翳った笑みを浮かべる。
この屋敷にいるのは、ベアトリーチェの兄と使用人のみ。
ルフト侯爵夫人は五年前、流行り病で亡くなってしまったのだ。
当時はとても悲しかったし、暫く立ち直れなかったが……いつまでも悲しんでいたら、天国の母を悲しませるだけだと思い、今は皆、前を向いて暮らしている。
それに……母を亡くしたのはリヴィエも同じだ。
彼に至っては母との優しい思い出すらない。
しかし、それは彼女と比べるモノではないだろう。
悲しみは人それぞれの尺度なのだから。
だから、ベアトリーチェは話を変えるように告げた。
「でも、今日からはリヴィエ殿下も家族ですわね」
「…………俺も?」
「同じ家に住んで、同じ日々を過ごすなら……血の繋がりがなくても家族でしょう?」
「……………」
リヴィエは驚いたように目を見開く。
家族。そう言ってもらえるのがとても嬉しくて……なのに、とても泣きそうな気持ちになる。
血が繋がる父でさえ、兄弟達でさえ……リヴィエは家族になれなかった。
だから、ベアトリーチェに自分も家族だと言われて気づいてしまう。
「…………あぁ……家族って、良い言葉だな……」
彼はずっと寂しかったのだ。
誰も信頼できる人がいなかった。
疎まれて、嫌われて、恐れられて。
誰かの温もりさえすら知らなかった。
だから、利益関係ではない……優しい関係が欲しかった。
自分の味方になってくれる人が欲しくて……実際に、彼女が自分の味方になってくれると言ってくれたのが、とても嬉しかった。
ベアトリーチェは泣きそうな顔で嬉しそうに笑うリヴィエを見て、彼の頬を優しく撫でる。
そして、彼の笑みに反して穏やかな笑みを浮かべた。
「…………泣きそうな顔、ですわね」
「……ははっ。泣きそうな顔にもなるだろ……そんな優しいこと言われたら」
「まぁ、大変。それじゃあ、これからは殿下は涙目の日々ですわね?」
「そうだな……きっとそうなっちゃうだろうなぁ……」
リヴィエは彼女の身体に抱きつき、その肩に顔を埋める。
ベアトリーチェは何も言わずに、彼の背中を優しく叩いた。
柔らかな時間が流れる二人。
最初は声をかけようと思ったベインも、流石に空気を読んだのか……二台目の馬車から荷物を降ろしていた使用人達の方へと歩き、二人だけの時間を作る。
だが……。
そんな時間は、長くは続かなかった。
「オレ様のベアトリーチェに何抱きついてんだぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「「っ⁉︎」」
屋敷の扉が勢いよく開き、仁王立ちした十一〜二歳ぐらいの、腰に子供用の剣を帯刀した青い髪の少年が、彼女を抱き締めたリヴィエを睨む。
さっきまでの雰囲気がどこかへ吹っ飛んで……呆然とするリヴィエは、目を見開いて固まるベアトリーチェに視線を向ける。
そして、ちょっと胡乱な目をしながら呟いた。
「だ、そうだが。婚約早々、浮気か?」
少し低い声で聞かれ、ベアトリーチェは勢いよく首を振る。
リヴィエの妙な圧に押され、ちょっと冷や汗ものだった。
だが、唐突に現れた乱入者の発言にリヴィエがそう思うのも仕方ない。
ベアトリーチェは慌てて弁明した。
「いやいや‼︎ わたくし、トライバルのモノではないですわよ‼︎ 彼が勝手に言ってるだけですし、リヴィエ殿下と婚約しているでしょうっっ⁉︎」
「…………トライバル?」
「…………トライバル・パータ。隣のパータ伯爵領の伯爵子息です。幼馴染というヤツですわ」
「ふぅん?」
リヴィエのジト目は変わらないが、彼の圧はほんの少し柔らかくなる。
しかし、彼女の言葉にトライバルは地団駄を踏んだ。
「おいっ‼︎ ベアトリーチェ‼︎ どういうことだよ‼︎ お前はオレ様のモノだろ‼︎」
「わたくし、モノではありませんわよ。そもそも、リヴィエ殿下と婚約するとも言いましたわよね?」
「知るかっ‼︎」
ベアトリーチェは思わず呆れた顔になる。
トライバルは現在、十二歳。
しかし、その性格は荒々しく、自己中心的。
この世界は、自分の思い通りにはなると思っているフシがあるのだ。
リヴィエもそんな彼の性質を理解したのか……呆れた溜息を零した。
「で? 何か用?」
「何じゃない‼︎ ベアトリーチェから離れろ‼︎」
「お前に指図される筋合いはないんだが?」
「そいつはオレ様のだ‼︎」
「ベアトリーチェはモノじゃない。それに、俺は彼女の婚約者だ。触れても問題ないんだよ」
「〜〜〜〜っっっ‼︎」
トライバルは勢いよく駆け出し、リヴィエの胸倉を掴む。
そしてーーーー。
「ベアトリーチェをかけて、決闘しろぉぉおっ‼︎」
宣戦布告した。




