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鳥獣擬人伝  作者: XY
1/2

トキソプラズマ

俺、烏丸九郎、17歳。

今日から始まる高校生活に期待と緊張で一睡も出来ず結局寝坊してしまった。

「やっべ、遅刻遅刻っ!」

昨晩からあらかじめ用意していたトーストを口にくわえながら走っていると目の前から車が、曲がり角から女子高生が飛び出してくる。ヨッシャキタ!

「危ない!」

予行演習に女子高生を庇い、代わりに俺が跳ねられた。

なんか尋常じゃないくらい吹っ飛ばされた。

そこに女子高生が駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?!」

「大丈夫…です…」

実は全然大丈夫じゃない。

血まみれになった俺を見て心配そうにのぞきこむ女子高生を置いて再び俺は学校に向かう。きっと彼女の記憶に俺の雄姿が焼き付いただろう。

キーンコーンカーンコーン。

始業チャイムと同時にギリギリ教室に到着すると、カラスのお面を付けた担任が入ってくる。

「席に着けー。転校生を紹介するぞー」

そのことについては飽きたのでもう誰も突っ込まない。

遅れて教室に入ってきたのは、今朝がた俺が助けた女子高生。

「白鳥美弦です。宜しくお願いしま…あっ」

目線が合う。そうです私があなたの命の恩人です。

「どうしたの?白鳥君」

「いや礼には及ばな…ん?」

制服は私服だから、女の子もズボン履くし、でも今先生「君」って…

「わざわざ僕なんか助けてくれて有り難う」

「って男だったんかーい」

ありがちな展開過ぎて椅子からずり落ちたわ。

更にまた漫画のような展開が俺を襲う。

「こっちの転校生は男の娘カフェの店員で現役アイドルでバンドマンだよ」

「こんにちよろー!仲良くしてね!」

「情報量が多すぎる」

「こっちはフィンランドからきた留学生」

「モイ!将来ノ夢ハ魔法少女デス!」

「突っ込みが追い付かない」

あれよあれよという間に何故かバンドを作ることになり、学園の抗争に巻き込まれることになったり…一体俺の平穏スクールライフはどうなってしまうんだ??




「ハッ!」

チュンチュン、という小鳥の囀りと体にまとわりつく不快感で目を覚ました。

気づくと俺の体は滝行した後みたいにびしょ濡れになっていた。

「夢か」

布団に潜ってもう一眠りしようとしたところで追加で水をぶっかけられる。

「目を覚ませ。これが現実だ」

カラスの面を付けた男が大きな盥をひっくり返していた。

烏丸九郎17歳。

憧れの学園生活は盛大な夢オチで終わった。




西の都、烏丸神社は今日も今日とて参拝客でごった返している。此処は一部の霊力を持った人間と同胞にしか見えないように結界を張ってある為地図には表示されない。

故に人に化けて人と同じようにニート生活を満喫しているカラスがいるなんて、想像もしないだろう。

「九郎くん、君は毎日毎日毎日働きもせずだらだらごろごろしてるけど、どうしてヤタガラスに入ったんだい?」

当時の面接官をぶっ飛ばしてやりたいよ。

布団ごと盥で水を浴びせられた俺は冷たい畳の上で正座して説教を受けていた。

俺の所属する秘密組織「ヤタガラス」は、西の都を中心とした治安維持部隊である。時代が変わる毎に名を変え姿を変え、さる御方の命のもと常に歴史の裏で暗躍し続けてきた。謂わば鳥界のエリート公務員なのである。

「はぁ……何もわかってないっすね。パイセンは」

「何でそんな濡れた雑巾みたいな格好のくせに偉そうなの?」

「俺がヤタガラスに入ったのは、働きたくないからです」

「???」

「このご時世、寝ても覚めても動かなくても衣食住保障されて毎月お金が入ってくる公務員ほど美味しい仕事はありませんよ?」

「いや働けよ」

カラス界にも働き者がいれば当然怠け者もいる。

人間の世界と何ら変わらないのである。



「実は、今日君に頼みたい仕事があってね」

「はい」

先輩から激しいツッコミ(物理)をもらい、今度こそ真面目に話を聞くことにした。

「近頃、東で治安が乱れているらしい。トキソプラズマって知ってる?」

トキソプラズマとは、主に猫を宿主にしている寄生虫のことだ。

最近の研究でその寄生虫に感染すると「ネコに対する恐怖心」を感じなくさせてしまうという特性があることがわかった。

つまり知らず知らずのうちに人間が宿主(猫)の言いなりになってしまうらしい。空前の猫ブームでトキソプラズマの感染者もどんどん増えている。

「それが何か問題でも?」

「そのトキソプラズマを利用して意図的に人間にばら蒔いてこの世界を乗っ取ろうとしている猫又があるらしくてねー。ちょっと調査してきてくれる?」

猫又、とは不思議な能力をもった猫のこと。人語を喋り我々と同じように人に化けることができる。実に厄介な生き物だ。

「ちょっと失礼します」

「?」

席を外した九郎がものの数十秒で帰ってくる。

そして白い封筒を上司に手渡した。

「なにこれ?」

「辞表っす」

「書くの早!何いってんの認めないよこんなの!」

「ここ数百年の間、西は目立った争いもなく平和だったじゃないですか。だから俺この組織に入ったんです。働くのやだから。今更面倒なところに左遷されるぐらいなら、野生のカラスに戻ります」

「ちょ、待って待って待って待って」

背中に羽を生やして脱走を謀ろうとする九郎の着物をつかんで引き留める。

「いいかい?これはさ、左遷じゃない。栄転だから。君の実力を評価しての配置なんだ。それとさ、退職金……定年まで働けばたんまり貰えるよ?年金もほら……あと数年働けば満額貰えるし……ね?もうちょっとがんばってみよ?」

まるで悪魔の囁きだ。

肩を掴む手に絶対に獲物、もとい生け贄を逃がさないぞという強い意志を感じる。

「え~どうしようかな~」

チラッチラッと相手を伺い報酬を促す九郎に先輩がチッと舌打ちした。

「この任務が終わったら、僕から判子押すだけの管理職に推薦してあげるよ」

「ん~それならやってもいいですけど?」

「チョロいなこいつ」(話が早くて助かるよ)

カラスは光り物に目がない。故にお金が大好きな人間が多かった。




分厚い調査資料を読み終わったところで先輩がおもむろに切り出した。

「ところで君特技って何かできる?」

「特技?え?寝ることですけど?」

「いや、その猫又がね、主に活動してるのが芸能界とか音楽業界とかマスコミ関係らしくてさ。既に一定数のファンもいるしメディア牛耳ってるうちらの仲間も邪魔できないの。だから彼らに対抗できるようなグループを作りたくてさー。君って趣味とか特技とかないの?何もできない子なの?」

「ごめんなさい俺、顔しか取り柄なくて」

「貴様を焼き鳥にしてやろうか」

「俺手羽先の方が好きっす」

カラスは基本雑食である。故に共食いも普通にする。



「そういうわけで何かすごそうなメンバー集めてきて」

「そんなドラゴン●ール集めてきてみたいなノリで言われても」

「ここに行けば沢山仲間がいるから」

スマホでお店の住所と地図が送られてきた。

「え~めんどくさい……」

「君の部屋にあるアイドルグッズ、今メ●カリで高く売れるらしいね」

「行ってきます」

趣味で集めているアイドルグッズ。

中にはもう手に入らない限定品もあるのだ。

あれはやばい。

そういうわけで半ば強制的に先輩から貰った地図を便りにライブハウス「トリップ」に行く。

ここも表向きは楽器店で地下にライブハウスを作り一般人が入れないようにカモフラージュされている。

楽器店の店主に合言葉を言わなければ入れない。

「うわ……」

中は異様なほどの熱気に包まれていた。

タトゥー、ピアス、派手な髪とメイク。

そしてどこを見渡しても「お仲間」ばかりだった。

ここにいる客もバンドもスタッフも全員人間ではない。匂いでわかる。

適当にドリンクチケットを買って邪魔にならないよう一番後ろの列で見学することにした。

カラスは知能も高く、視覚と聴覚に長けているのでわざわざ人間に化けて音楽やファッションに傾倒する者も少なくない。

中でも一番目を引いたのが白髪の彼だった。

音楽に然程詳しくなくてもわかる。

ギターめっちゃうまい。何だあの指さばき。しかもすげえ別嬪さん。イケメンというより美人という言葉の方がしっくりくる。

だけど、人間の匂いの方が濃い。

そのせいか会場の空気は少しピリついている。

捕食者の目だ。

どうやら此処は人間にとってはアウェーのようだ。

そして一番気になったのは……。

全部の演奏が終わったので彼をスカウトしに楽屋へ行く。

しかしどこを探しても見当たらない。

彼のいたバンドのメンバーと思しき人物に居所を尋ねる。

「あー美弦?もういねえよ。あいつサポメンだから」

「サポメン?」

「サポートメンバー。雇われってこと。何度ウチに誘っても金くれないならやらないってさ。相当ワケアリだなありゃ」

「へー……」

美弦、か。めんどくさそう。

俺は基本的にめんどくさいことには顔を突っ込みたくない性分だ。

とりあえず彼は保留にして他の人を探してみようかな……と帰り道の烏丸駅周辺を歩いていたら、偶然彼を見つけてしまった。というか白髪で長髪だから一目で彼だとわかる。だけどさっきからベンチに座ったまま動かない。

誰かと待ち合わせしてるんだろうか。

幾らかして駅から出てきた知らないオヤジと共に夜の歓楽街へ消えていく。

「えー……」

これ多分ウリ、だよな。

だけど俺関係ないし。危険な目に遭っても自業自得だろあんなん。まぁ他にも上手いギターなんて沢山いるし。せいぜい病気には気を付けろよ、とその場を立ち去ろうとした。

「っなんだね、君は」

「すんません。それ、俺のツレなんで」

それなのに何故だか彼を放っておけなかったのは。

演奏中、死ぬほどギターが上手いのに何故かずっと悲しそうな目をしていた。その顔が頭から離れなくて、ホテルに入ろうとしてる今もそんな目をしていた。

気づけば美弦に巻き付いたオヤジの腕を捻ってた。

一応公務員だし、犯罪を見てみぬふりは出来ない。

というわけで、その場でヤタガラスでーす署まで来てくださーいと彼を近くのファミレスに連行した。



「腹へったー。何食べよっかなー。ドリアでいい?」

「……」

返事がないのでとりあえず同じものを二つ注文する。これで逃げられまい。

「何であんなことしてんの?あ、俺別に捕まえようとかそんなんじゃないから。理由知りたいだけ」

「……」

返事がない。ただのしかばねのようだ。よーし、とっとと食って帰ろう。と運ばれてきたドリアを早速口にした。

「……家出してきたんだ」

「は?」

ドリアを半分ほど食べてようやく彼が口を開いた。

「どうしても金がいるんだ。でないとまたあいつらに捕まってひどい目に遭う」

「あいつらって?」

「……」



それから彼はポツリポツリと身の上を話した。

昔、ご先祖が人間と恋に落ち子を身ごもった。

しかし正体がばれ、人里離れた場所で子供を出産し育てた。時と共に人の血の方が濃くなったけれど、何故か彼だけ先祖の特徴が色濃く現れてしまったらしい。

実の親からも気味悪がられ親戚の家を転々とし、彼を治下牢に閉じ込めたり、逆に見世物にする家もあったとか。そして遂には売り飛ばされそうになって彼は隙を見て命からがら逃げ出してきたのだ。

うわーやっぱめんどくさかったー。

と思ったけれど、自然と答えはもう口に出ていた。

「そんなに困ってんだったら、うちくれば?」

「え?」

「カラスは基本雑食、つーか見た目は人間だから中身が犬でも猿でもキジだろうと皆気にしない。

俺たちは昔からそうやって生きてきた。今更ニートの一人や二人増えたって変わらん。住むとこないんだろ?」

「……いいの?」

「その代わり」

ビク、と彼の肩がひきつる。今までお金や住むところと引き替えに大人たちにどんなことを要求されてきたんだろう、想像すると辛くなる。

「俺とバンドを組んでくれ」

彼はまさに拍子抜け、みたいな顔をした。

「俺今日中にメンバー探さないとクビになるの。だからお前がうちにいてくれないと困る」

出ていけ。

この化け物。お前なんかいなければ。生むんじゃなかった。気味が悪い。一族の恥。

思い出すのはそんな親戚の顔と心ない言葉ばかりだった。

ポタポタとドリアに落ちていく水滴。

口にするとクリームソースと塩味が混じってちょうどよかった。

「泣くほど美味いだろ。これ」

「うん」

美弦はずっと下を向いてドリアを食べていた。それまで抱えていた苦しみと解放された喜びを隠すように。

後で聞くと誰かとテーブルを囲んで食事すること自体初めてだったらしい。

とにもかくにも、一人目ゲットだぜ!



「ただいま~」

「おかえり~遅かったね……ってあれ?」

先輩が誰その子……と美弦を指差す。

「ままままさかおまままま」

「ああ、こいつは……」

「ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願いします」

玄関で三つ指ついた美弦に先輩の頭からパーンと何かが弾ける音がした。




何だか誤解しているらしい先輩にかくかくしかじか事の成り行きを説明する。

「なんだも~そういうことか~びっくりした~。てっきり俺を差し置いて先に卒業したのかと思ったよ~」

何を?とは聞かずとにかく今日は色々あって疲れたのでスルーする。

「とりあえず今日はもう遅いし、先に寝ていいっすか。あとそうだ、布団」

「あーじゃあ空いてる客間にお通しして……」

「九郎と同じでいいよ」(布団がもったいないし)

「やっぱお前……!」

「誤解です」

またしても先輩の童貞脳のキャパシティがオーバーしたらしいので、再度説明するのも断るのもめんどくさくなりそのまま客間で布団を二組敷いて眠ることにした。



「おはようございます」

「おはよう~……って、寝てていいのに」

「いえ、居候ですから。そういうわけには……」

と言いつつどんどん居間のテーブルに京の老舗旅館のような朝食が並べられていく。

そして頼まれてもいないのに美弦は掃除やら洗濯やら雑用やらをてきぱきとこなしていった。相変わらずその横で九郎はダラダラしているだけだった。

「いや~美弦がいてくれてよかったわ~」

と美弦の作ったご飯を食べながら九郎が言うと、美弦がポッと赤らめた顔を持っていたお盆で隠した。何処からかギリギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえてきた。

「先輩?」

「何だこの不条理……」

美弦ちゃんがホームレスでお前が公務員とか……何でこんな奴がモテるんだ……世の中間違ってる……とそこには血ヘドを吐きながら呪詛を並べる先輩(童貞歴=年齢)がいた。



「あのさあ、何か忘れてない?」

「んあ?」

膝枕で耳掻きしたり、一緒にジ●リ見たり、オセロしたり、目の前で終始イチャイチャする二人に水を指すように先輩が切り出した。

「バンド作れって言ったよね?何普通に寛いでんの??もしかして忘れてた???」

はた、と二人が目を合わせる。

「それじゃあ、そろそろ」

働きますか!とやっと重い腰をあげた二人に先輩は「先が思いやられる……」と独りごちた。

そしてどんどん九郎のペースに感化され始めている美弦の将来が本気で心配になった。



甘味処で抹茶ティラミスとあんみつを食べながらメンバー探しの作戦会議をすることにした。

「あとはベースとドラムかー」

美弦は琴と三味線とギターとピアノとヴァイオリンなら弾けるらしい。引き取られた親戚が芸妓置屋をやってて舞も一通り仕込まれたようだ。

「一人、ベースの上手い人を知ってる」

「おお!」

「何度かバンドのサポートで入ってるのを見掛けたけど……」

「けど?」

言い淀む美弦に何か素行に問題のあるヤバイ奴なのか……と危惧する。

「その人が入るといつも血を血で洗うような抗争がバンド内で起こり最後解散するという噂が」

「サークルクラッシャーか何か???」




「昼間はここで働いてるらしい」

ところ変わって京の花街、祇園へ。

色んな店が軒を連ねる中、裏路地にひっそり佇むメイド喫茶「sparrow」の前に二人は立っている。

「こんなん京都にもあったんだ……」

異空間すぎてもはや都市伝説だと思っていたメイド喫茶。

まさかこんな近くに存在していたとは。ごくりと唾を飲み込んで中に入る。

「いらっしゃいませ、ご主人様」

中はクラシックな純喫茶風の造りになっていて、店主は和装の優しそうなおじいさんだった。予想していたメイドがいなくて少しガッカリしたが、これはこれで趣があるのでサボる時にこっそり通おうと九郎は思った。

「鈴芽さんいますか?」

「すみません、今日はあいにく握手会に参加しておりまして……」

「へーアイドル好きなんだ?」

自分と趣味が合いそう、と思って聞くと店主は首を横に振った。

「いや、される側です」

「される側」

バンドマンでアイドルでメイド喫茶の店員。

一体何者なんだ。




「すずちゃーん、会いたかったよぉ!僕の天使!」

「えへへ、ボクもだよぉ」

「こ、今度のアイドル選挙、すずちゃんに投票しといたからねっ!今回も一位とれるといいね!」

「ありがと~!これからも応援よろしくね~!」

「はーい終了でーす」

制限時間を超えても離れないので黒服に手汗でベタベタになった手を無理矢理剥がされる。

それでもファンの列は絶える様子はない。

「ああっ!すずちゃんっ!またくるからねっ!」

「バイバーイ」



「お先に失礼しまーす」

楽屋のドアを閉めると同時に売れない地下アイドルたちの陰口大会が始まる。

「何なんアイツ?新入りのくせに」

「ちょっと可愛いくて人気あるからって調子乗りすぎ。ただのぶりっ子じゃん」

「アイツの家すげー借金あるんだって。だから必死なんじゃなーい?」

アハハハ、と笑い声が聞こえる。

気にせず足早に駅のトイレまで行き、誰もいないのを確認して勢いよくドアを閉めた。

「ざっっっけんなあの豚野郎!汚え手でベタベタベタベタ触りやがって!!キモッ!!汚物は消毒消毒!!ババアもうぜえんだよっ!!売れねえんだからとっとと引退しろよブス!!」

はぁはぁ、と言いたいことを言って息を吐いてからニコッと鏡で笑顔を作る。

「あーあ、最近またおばあちゃんに似てきちゃったから気を付けないと。スマイルスマイル」

そしてトイレから出るとすぐそばに見知らぬ男が立っていた。

やばい……今の聞かれてた?自分のことを知っていたらどうしよう。

「鈴芽さん……ですよね?」

「……そうですけど、何か?」

ドクンと心臓が鳴る。この仕事ももう潮時か、と諦めかけていた。

「私こういう者でして」

そう言って男が名刺を差し出した。

「ヤタガラス……ってあの?」

何故エリート公務員がこんな地下アイドルに?と警戒する。

「はい。今日あなたのライブを見て、是非うちにスカウトさせていただきたく伺いました」

「えっ?」



詳しい話を聞くためバイト先のsparrowへ場所を移した。

「平日の昼間はメイド、夜はバンドのサポートメンバー、休日はアイドル活動……凄いですね」

「本業はここのバイトです。でも……あんまり経営がうまくいってなくて……」

ちら、と奥でグラスを拭く店主を見る。高立地と休日にも関わらず客は入らない。それもこれも先に他界したおばあさんが排他的で余所者や一見さんを入れなかったからだ。

だから鈴芽がバイトを掛け持ちして何とか経営を支えているのだ。

「いっぱいお金を稼いでおじいさんにお店を続けさせてあげたいんです。その為なら女装だってアイドルだって何でも構わない」

「何故そこまでしておじいさんを……?」

見たところ、血は繋がっていない。彼は我々と同じような匂いがするが、おじいさんはれっきとした人間だ。

「ボク、この庭先で瀕死の重症を負っていて。そんなとき、手当てしてごはんを食べさせてくれたのがおじいさんだったんです。その時の恩返しがしたいだけ」

「失礼」

「烏丸さん?」

何てええ子なんや……推せる……とつい熱くなる目頭を抑える。

九郎は決意を固め、鈴芽の手を握った。

「君には才能がある。俺が君を日本一のアイドルにしてみせる!」

「宜しくお願いします、プロデューサー!」



カチカチカチッ。

深夜パソコンの前で何やら怪しげな動きをしている男が一人。

「こんな可愛い子が男の子のわけがない!異色の男の娘アイドルユニット!二人はスズミツ!」

プリンタで刷られたチラシを見て、九郎は満足げに笑った。

「よし!」

「よしじゃねえよ」



後日、烏丸神社にて。

「ごめんね、これはアイドル育成漫画じゃないんだ」

「メタい」

すんでのところで先輩に見つかり九郎のアイドルプロデュース計画は頓挫した。

「まぁ、何となくそうじゃないかと気づいてましたけど……ちゃんとお給料出してくれるならやりますよ。期間限定のバイトみたいなものでしょ?」

「有り難う!恩に着る!」

「一体何人の人に恩を着せれば気が済むのお前は」

そうして三人目のメンバーが加入した。



鈴芽がメンバーに加わってから、毎日のように三人でゲームしたり温泉行ったりユニバーシティジャパンに遊びに行ったりしているのを見ていた先輩はあることに気付いた。

「すげー楽しんでるとこ悪いけどさ……肝心なこと忘れてない?経験値積んでレベル上げしても結局ボス倒さないと意味ないよね??こうしてる間にもどんどん感染者は増えてるんだよ???遊ぶ為に君たちにお金あげてるわけじゃないからね????」

釘を差すとはっと何かに気付いたように顔を上げる三人。

ようやく当初の目的を思い出してくれたのか、バンドメンバーを探しに三人は荷物をまとめて旅行った。やれやれだぜ。

それから一週間後ー。

先輩は今度はsparrowに入り浸り、狩りに勤しむ三人を見つけた。




先輩から自慢の顔を原型をとどめないほどボコボコにされた九郎は、おつかいを頼まれた。

どうやら大阪にある人を迎えに行ってほしいとのこと。

手懸かりは金髪のイケメン外国人がうつっている写真と「ポッラ」という名前だけ。

言われるがまま関西空港に出向きキョロキョロと辺りを見回すと、同じように地図を片手にキョロキョロしている男性と目があった。

「スミマセン」

ワーオ、ソーリー、ワタシ、エイゴ、シャベレマセーン。と言いたいところだが、実はめっちゃ喋れる。英語はヤタガラスの入社試験の必須科目なのだ。諜報活動もするから。

どうしました?何かお困りですか?と英語で返すとニコッと笑って彼はこう言った。

「ワタシニホンゴシャベレマス!」

おお、ガタイはでかいけど、片言の日本語で喋ると可愛いな。ギャップ萌えというやつか。

どうやら話を聞くと、知り合いと京都で待ち合わせをしているがその前に大阪を観光したいらしい。

大阪かぁ、何処がいいかなぁ、と候補を考えていると彼の着ているTシャツがとあるアニメの主人公と酷似していることに気づく。

「アニメ……好き?」

「スキデス!特に魔法少女ダイスキ!!!」

急にテンションが高くなって魔法少女の良さを語り出す彼にこれは……あそこしかないだろうな……と一緒に関西のオタクの聖地日本橋へと向かうことにした。

「タノシカッタ!センリヒンイッパイ!」

両手に紙袋を抱えホクホク顔の福郎さん(顔に似合わず古風!)を待ち合わせ場所である京都駅まで連れていく。すると反対側の入口から見覚えのある男がこちら目掛けて歩いてくる。先輩だ。

「やっべ……!おつかい忘れてた……!」

殺される……!と死を覚悟すると、何故だか目の前で熱いハグを交わす福郎さんと先輩。

「モイ!アイタカッタヨー!」

ん?あれ?どういうこと?と先輩を見る。

「あれ?言ってなかったっけ?こちら、ヤタガラスフィンランド支部のポッラさん」

「え?ポッラ??フィンランド支部???」

写真と顔が……名前も違う……と福郎さんを見た。

「オー!ゴメンナサイ、ポッラ、日本人ハ発音シヅライカラ、福郎イッテマス!」

ポッラ(フィンランド語)=フクロウ(意味)=福郎(当て字)。あーなるほどそういうことかー。

「ってわかるか畜生!!!」

と叫ぶと先輩がマスクの下でニヤリと笑った気がした。

地面に蹲る九郎に福郎が手を差し伸べる。

「コレカラヨロシクデース」

「ヨ、ヨロシクデス……」

その時の笑顔がおそらく10年前と思しき写真の彼と重なり思わずカタコトになった。

そしてこの時まで、彼が四人目のメンバーになるとは思いもしなかった。



「へー日本人の血も入ってるんだ」

「ソウデス。日本語ハ、日本人ノヒイヒイオバアサンカラ覚エマシタ」

ポッラ、もとい福郎さんは元ヤタガラスの玄孫でありフィンランド人のハーフだ。

フィンランド支部でもトキソプラズマが問題になっている。感染源である日本に調査に来たのだ。

どんどん世界の勢力図が猫又たちにとって代わり始めているということだ。

「ソレ、カッコイイデスネ!」

「あーこれ?」

チラリズム、機能性、多種多様に渡るデザイン、着てもよし、脱がせてもよし、これぞ和の心、着物イズ最の高。というか趣味にお金をかけすぎて洋服が買えないとは言えなかった。

「福ちゃんも着てみる?似合いそー!」

と鈴芽がせっせと着替えさせる。が、九郎や先輩のサイズでは胸がはだけ足も丸見えでチラリズムどころか溢れんばかりの筋肉とムワッとした男の色気が留まるところを知らないのである。

「ワー!ピッタリー!!」

というわけで隣の寺からガタイのいいお坊さんの僧衣を借りてきた。我々は謎の達成感で満ちていた。

「ここ神社だけどいいの?ていうかバンドは??」

何処からかそんな冷静な先輩の声が聞こえてきた。

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