第9話 心の殻
大学の講義が終わってから俺はいつものように時計台でくつろいでいた。
天気は今日も雨。
相変わらずここから見える景色は人通りも少なく味気ない。なんというか無味無臭と形容するのが似合っている。
時刻は午後4時を過ぎていた。
おそらく今日も彼女は来るだろう。
彼女自身には抵抗が無いんだが、昨日相田さんに言われたことが妙に気にかかっている。
"お前に惚れてるか、めちゃくちゃ悩んでるかのどっちかだろ"
若菜が俺に惚れている……もし本当なら俺はどう立ち回ればいいだろうか。
なんだかんだで顔はいいからなぁ、あいつは。
今までは妹のように見てきたわけだが。
いや俺に惚れてるってのは絶対に無いな。うん、あり得ない。
……いかんな。俺の方がどうも意識させられそうだ。
それもこれもあの人が余計な事を言うからだ。
俺は少し相田さんに怒りを覚えた。
だがもしも、後者の方が当たっていたとしたら、俺は彼女に何かしてあげられるのだろうか。
もしそうだとして回りくどい方法を選ぶのは自分から言うのが怖いから。
そりゃそうだ。誰だって自分の隠している悩みを人に打ち明けるのは怖い。
だから自らの内で殻を作って閉じこもる。
誰にも知られないままその不安は膨張していく。
そこに俺が踏み込むのはお節介が過ぎるだろうか。
確かめるだけでもしておくべきか。
ああでもそれを確かめて俺に何ができる。
彼女の悩みを一緒に背負って考えることか。
それが何になる?
この前も彼女を満足させられる答えなんて出せなかったじゃないか。
彼女より3つ年上なだけで何一つ導いてあげられるものがない。
ちっぽけで、無力で、情けないな俺は……
「すーぎさーきさん!」
若菜が柱の影から顔を覗かせた。
「なーに真剣な顔しちゃってんですかー? 何ですか? クールなキャラとか作ろうとしてます?」
俺が真剣に悩んでるのになんだこの態度は。
お前の事を考えてやってんだよ!
まあそんなことは勿論本人の前で言える訳もなく。
「ああ、ちょっと考え事をね」
クールキャラを演じておいた。
若菜はウケるーと手を叩いて笑っていた。
……こいつは人の気も知らないで。
「で、何を考えてたんです?」
若菜が俺の隣に座って尋ねる。
どうしたものか。
俺だって人の悩みにずけずけと入り込む厚かましい男にはなりたくはない。
他人の心を開かせるにはまずは自らの殻を破るしかないのだろう。
もっと他にいい方法があったのかもしれないが、今の俺にはこれしか方法が思い付かなかった。
「……実は悩み事があってだな」
「悩み事ですか」
「ああ、自分の進路について」
「私でよければ聞きますよ?」
「ちょっと長くなるよ?」
「大丈夫です。塾までにはまだ時間があるので」
それから俺は昔の自分の話をした。
幼い頃から父親とよく出かけたこと。
誕生日には天体望遠鏡を買ってもらったこと。
宇宙飛行士になると初めて父と約束を交わしたこと。
話を聞く若菜の表情は真剣で相槌を打ってくれていたのだが、それは時折寂しそうに俯いているようにも見えた。
俺が宇宙飛行士の夢を諦めたあたりで話は一旦区切ることにした。
「……すごくいいお父さんなんですね。ちょっと羨ましく思っちゃいましたよ」
「うん、今思えばとてもいい親父だったんだなあって。本当に感謝しないとな」
「今思えば?」
「……うん。親父は俺が高2の時に死んだ」
お父さーん!!!
次回は水曜日の0時に投稿します。