第8話 覚悟と決別
午後6時、日は未だ暮れない。
駅前は多くの人で賑わっていた。
遊び盛りの5、6人の女子高生のグループが私の横を通り過ぎていった。
1年前の私を見ているようで羨ましく思ってしまった。
ああ、でも駄目だ。今日はサボれない。
杉崎さんに塾に行くって言いきっちゃったんだから。
期末テストがあったとはいえ1ヶ月間くらいだろうか。さすがにサボりすぎた。
授業の範囲なんてものすごく変わってるんだろうな。
向かうかどうか、30分くらい悩んで私は初めの目的を遂行することにした。
私が塾に来たことに塾長は少し驚いたようだった。
「お、久しぶりだな吉野」
「こんにちは」
「最近なかなか来なかったからな。正直もう諦めたのかと思ってたよ。まあ今日は来たんだ。ちゃんと勉強してけよ」
冗談なのか本気なのかわからない調子のまま塾長は野太い声で引きつった笑いをする。
ピチピチに張り詰めたシャツがお腹の揺れに呼応して波みたいに動いている。
「諦めたわけないじゃないですか! これからはちゃんと勉強しますよ! 今までのは準備期間なんです」
「おお、そうかそうか。頑張れよー」
よかった。上手く喋れてる。塾長もいつもの調子だ。
他の職員達にもお辞儀をしてから階段を上がって左に曲がり、201号室に入った。
今日は数学が2コマ連続である。
1コマ90分だから絶対に集中力はもたないし、講師がよく生徒に答えさせる人だったからあまり気乗りはしなかった。
教室には顔見知りも何人かいて、私がいることに好奇の目で見られるのは少し堪えた。
意外なことに同じクラスの子がいた。
その子は私に気づくと手を振って駆け寄ってきた。
「若菜もこの塾通ってたんだ! 私、最近ここに入ったばかりでさ! 友だちいなくて寂しいと思ってたところだったんだよ!」
クラスメイトの進藤由佳はよかったと胸を撫でおろしている。
裏表のない純粋な子でその明るさからクラスでも中心的な役回りをしている。
髪は明るめの茶髪で、活発な様子は犬とか小動物みたいで可愛らしい。
「うん、私は高2の頃から通っててさ。今日は久しぶりに来たんだよ」
「そっかー。でもこれからは一緒に授業受けられるね!」
「そうだね!」
「そうだ由佳。私今日の範囲わからないから教えてくれる?」
「もちろん!」
由佳がいたのは私にとっては喜ばしいことだった。
久しぶりのこの場所の雰囲気に馴染めるか不安だったがこの子の明るさのお陰で吹き飛んだ気がした。
やっぱり私にはわからないことだらけだったが、解説を聞けば大抵わかったし、多少のブランクはすぐに巻き返せると思う。
大丈夫。
私はまだやっていける。
もう少し頑張っていける。
授業が終わって塾を出たのは9時半頃。
由佳と分かれてから駅前へと向かう。
さすがに3時間も集中するのは疲れた。
少し目が眩む。
ボヤケた視界にネオンの光が射してくる。
ぼんやりと流れてゆくテールランプはなんだかイルミネーションみたいで綺麗だった。
駅前はさっきより人が多くなっていた。
仕事終わりのサラリーマン達が騒ぎながら次に行く店を探している。
少し小洒落た若者達がラップで盛り上がっている。
途中、さっきすれ違った高校生達を見つけた。
私はギュッと目をつむった。
こんな時間まで遊んでいる彼女達をもう羨ましいとは思わなかった。
今回一番頑張ったところ。
゛私はギュッと目をつむった゛
なんか気にいってます。