第5話 夢
回想はいります
幼い頃、両親はよくプラネタリウムに連れていってくれた。というのも父が熱狂的な宇宙好きだったからだ。
父は商社で働くサラリーマンで、忙しいながらも自分の趣味によく時間を費やしていた。
昔は研究者になりたくて頭のいい大学に行って勉強してたんだとか。
誕生日には大きな天体望遠鏡を買ってくれた。
他にも宇宙の神秘について書かれた本を買ってくれたり、星のよく見える場所まで旅行に行ったり。
ともかくそんな環境で育った俺にとって宇宙を好きになることはごく自然なことだった。
「宇宙はロマンだ」
これが父の口癖だった。
「知ってるか? 今人類は宇宙のことについて必死になって調べてるが、実はわかってるのは4%ほどなんだ。それほどに宇宙ってのは奥が深いんだ」
父の話は難しくてほとんどのことは子どもの俺にはよくわからなかった。
けど嬉々としてそんな難しい話をする父を俺は好きだった。
父はきっと俺に自分の夢を継がせたかったんだと思う。
でも子どもの頃の俺はそんな難しいことを勉強するよりも実際に行ってみたいという思いの方が強かった。
「俺、将来は宇宙飛行士になりたい! 父ちゃん、俺なれるかな?」
「おお、宇宙飛行士か。いい夢だ。お前ならきっとなれるぞ! なんたって父ちゃんの子だからな!」
父の目はキラキラしていた。
俺の夢を子どもの戯言とせずに真摯に向き合ってくれていた。
この時から俺の目指す道は決まっていた。
小学生の時、自分の夢を作文にして皆の前で発表するという低学年の頃なら誰もがやったことがあろう授業が行われた。
10年以上も前のことだからこの時はさすがにユーチューバーになりたいなんて子はいなかったけど今だとどうなんだろうか。
ともあれ周りの子たちはみんなサッカー選手、メジャーリーガー、アイドルとかそんな輝いた職種を将来の夢として発表していた。
樋口先生は自慢の天パをくるくると指に巻き付けながらニコニコと笑って聴いていた。
人の笑顔に違和感を持つようになったのはこの頃からだ。
先生の眼鏡の奥は笑ってない。
太い黒縁で隠された細い目はただ空を見つめている。
俺の発表の番がきた。
「俺の将来の夢は宇宙飛行士になることです!」
みんな口々に「すげー!」とか「知ってる! 宇宙に行くやつだろ!」とか騒いでいた。
樋口先生だけが表情を変えないまま俺の発表を褒めていた。
何を思ったのか放課後ホームルームを終えて職員室に戻ろうとする樋口先生を引き留めて俺は尋ねた。
「先生! 俺、宇宙飛行士になれると思う?」
この時は子どもの無邪気な疑問だと思ったのだろう。先生も笑いながら
「うん! 勇斗は賢い子だからな! なれると俺は思うよ」
「じゃあ他の子たちの夢も叶うと思う?」
「そりゃそうさ! みんないい子なんだから。ところでどうしてそんな質問をするんだい?」
「えっとね。先生の夢も気になったから。樋口先生が今先生をしてるのって昔の夢が先生になることだったからなのかなぁって」
子どもの質問は時として大人を驚かせる。
先生は表情が崩れていた。
「そうだよ。俺は昔から先生になりたいと思ってた。ただね、すべての人の夢が叶うわけじゃあない」
「そうなの?」
「ああ。夢を叶えるためには努力しないといけないんだ。だからね勇斗、宇宙飛行士になりたければうんと努力しなさい」
「わかった! ありがとう!」
努力するんだ!
努力すればきっと俺は宇宙に行ける!
本当はこの後みんなと公園で遊びたかったけど、俺は駆け足で家に帰った。