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ベゴニア   作者: ニャンボ
第1章 杉崎編
16/17

第16話 本音

いつもお読みいただきありがとうございます!

今回の話は夢を諦めることになった相田さんが杉崎を飲みに誘う話です。

ちょい長めです。

 何をどうしたらいいのかわからないまま、気づけばシフトの時間は終わっていた。

 もしここがちゃんとした会社で俺が正社員なら減給は免れない働きっぷりだったろう。

 レジに並んでくる客と一度も目を合わすことはなかった。

 他の従業員の人達に挨拶だけして裏口から出ていくと、扉の前で相田さんがタバコを吸って待っていた。

「よう、今日はもう上がりだろ? ちょっと1杯付き合えよ」

 言われるがままに俺は相田さんに付いて行った。


 そうして俺たちは、夜になると一層派手になる駅前には似つかわしい小さな居酒屋に付いた。看板はペンキが剥がれ落ちていてちゃんとした名前は読み取れなかった。

「奢りだから気にせず飲めよ」

「いいですよ、そんな」

「晩飯まだなんだろ? 今日ぐらいは奢らせろよ」

 本当は酒は苦手なのだが、多分何か思うことがあるのだろう。ここは彼の顔を立てることにした。

「……じゃあお言葉に甘えて」

「おう、じゃんじゃん飲め!」


 そうして俺たちは酒を呑んだ。今日あったことを忘れてしまうくらいに。

 今日までの辛いことも今抱えている悩みも忘れられたら、すべてが夢だったらと思う。

 きっと相田さんも同じ気持ちだ。

 一緒に呑んだことはなかったが、彼は酒に強いはずだ。店長が前にそう言ってた。

 その人が今、目の前でタコみたいに赤くなっている。

 テーブル越しで話す内容はどれも他愛ないことで核心のないものばかり。

 それでもこうして酒が進むのは今の状況に納得がいかないから。

 不満を述べるには今しかないのにこの人はそれをしようとはしない。

 やっぱりこの人はいい人だ。

 奢られる身としては俺はこれ以上酔うことはできない。

「おいおい、もうギブか〜? おめぇ酒弱えらろ〜?」 

 相田さんはろれつの回らなくなるくらいに酔っている。

「はい。実は酒、あまり得意じゃないんですよ」

「そうかぁ。そいつは悪かったなぁ、付き合ってもらっちゃってなぁ」

 そのまま相田さんは眠りについた。

 起きるのを待ってると日が昇りそうだ。

 このまま店でじっとしとくわけにもいかない。

 俺は会計を済ませて彼を肩にしょって店を出た。


 むんとした熱気が肌をくすぐる。

 こんなに暑いと酔いもなかなか覚めてはくれない。

 路地裏と酒臭さと熱気とで少し吐き気がした。

 外が真冬くらいに寒かったなら今俺を悩ましてる頭痛も少しはマシになるだろうに。

 俺は千鳥足のまま相田さんをしょって駅前へと歩いてゆく。

 でも相田さんにとってはこの気温でよかったのかもしれない。

 酔いが覚めてしまったら夢を諦めることになったという現実が覆いかぶさるから。

 今はまだ夢の中で幻想を見ている方がよっぽど幸せだ、と涎を垂らして嬉しそうに寝言を言ってるこの人を見てそう思った。

 ただそれは、少し酔いの覚めてきた自分に対しても思うことだった。 

 

「ん……なんだ寝てたのか。ありゃ店じゃないな」

 相田さんが目を覚まして言った。

「はい。あの店小さいとこだったんでこれ以上長居するのも迷惑かなと思いまして」

「んじゃ払わせちまったかぁ。悪いな、後でちゃんと支払うわ」

「いいですよ別に。それよりもう歩けます? 腕疲れちゃったんで」

「おう、もう大丈夫だ。迷惑かけたな」

 そう言って彼は背中から降りた。

 フラフラしながら俺の後をついてくる。

「ねえ相田さん。どうして今日は誘ってくれたんですか?」

「そりゃあお前、俺がもうすぐいなくなるから最後のお別れみたいなもんだよ」

「だったらなんで皆を誘わなかったんですか?」

「今日はかわいい後輩と飲みたい気分だったからでねえの」

 のらりくらりと核心を躱したような答えにヤキモキした。

「今の状況に満足してます?」

「はっ、急にどうしたよ」

「話があるなら聞きますよ、俺は」

「そうかい」

 観念したかのように相田さんは1つため息をついた。


「そうだなぁ……」

 相田さんは座ってじっと地面を見ている。

 おいあんた、下向いてたら吐くぞ。

「俺はぜんっぜん満足なんかしてねぇよ!!

今までずっと頑張ってきたもんを簡単に辞められるかよ!!」

 どこへ向けるでもなく誰に対してでもなく思いの丈をぶつける相田さんをかっこ悪いとは思わない。

 通行人が奇異な目で彼を見ている。

 たしかに傍から見れば急に奇声をあげたおかしな男かもしれない。

 でも今この人を心から尊敬している自分がいる。

「少し前まで同じステージで仲良くやってた奴らがさぁ、一発当たって今じゃテレビで引っ張りだこだよ!!」

 多分そこの背の高いビルの広告にあるバンドのことだと思う。

「でもあいつらの歌を大衆受けのいいチープな歌だなんて思ってんだ!! 一緒に頑張ってきたライバルの成功を心から喜んであげられねぇ自分が情けなくてさあ!! 笑っちまうよなぁ、そんな奴がメジャーデビューやんてくだらねぇ!!」

 笑いませんよ。自分の夢のために必死でやってきた人を笑うことはできないから。

「でもよ……あの場所には俺たちが立ちたかった……実家帰るとか、音楽捨てるとか、そんな簡単に割り切れるもんじゃねぇんだよ」

 そのまま相田さんはしばらく泣き崩れた。

 言葉では聞き取れない悔しさが彼から溢れていた。


「あぁースッキリした!」

 そう言って相田さんは立ち上がった。

 殴られたのかと思うくらいに目は腫れ上がっていた。

「杉崎ぃ、ありがとな。今日一緒に飲んでくれた奴がお前でよかった」

「それならよかったです」

 俺のお節介もたまには役に立つのかもしれない。そう思えた。

 それから唐突に相田さんは歌を口ずさんだ。

 優しくなれるようなバラードで、多分これは別れの歌。

 不思議と安心できるようなメロディがとても心地いい。

「いい歌ですね。それ誰の曲ですか?」

「ああ、これは俺たちのバンドのだよ。昔付き合ってた彼女がさ、尖った曲ばっか作らないでバラード作れってさ」

 まあその後すぐに別れたんだけどなと彼は笑った。

「まだ続けてくれるならファンになりますよ」

「よせよ。もう全部終わったことなんだからさ」

 静かに笑う彼の横を熱風が容赦なく通りすぎてゆく。

 夏はまだ終わらない。

 そして人生も容易には終わらないのなら自分たちを目指せばいいのか。

 小汚い路地裏の向こうに見える光に瞬きしながら、俺はそんなわけのわからないことを考えてた






 

 

 

相田さん 生5、チューハイ5、ハイボール2

杉崎 チューハイ5


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