第14話 羨望
杉崎の悩みを聞いた若菜の本音とは?
杉崎さんの話を聞いた時、心の底から彼を羨ましいと思った。
彼のお父さんのエピソードに感動したのは本当だ。
でもそれ以上に、私にもそんなお父さんがいて欲しかった。
彼に目指すべき夢があるのも羨ましかった。死んだ父親との約束なんて漫画のようなロマンのある話ではないか。
能力が伴わないから諦めるかもしれないなんて甘えじゃないか……そんなの。
私は将来に何も希望が持てないのに。お母さんに言われるがままに勉強を強いられているのに。
でもお母さんが悪いわけではない。
お母さんは私のためを思って勉強させている。
その一方通行な愛が私を押しつぶす。
行き場のない苛立ちは杉崎さんへと向かっていった。
自分の悩みを打ち明けたから今度は君も打ち明けてみないかだなんて。
この人は何様のつもりで私に踏み込んでくるんだ。
苛立ちは私の中でどんどん膨れ上がった。
本当に全部言ってやろうかと思った。
この人を不満のはけ口にしてやろうかと思った。
でもできない。
私はこの人に嫌われたくない。
「どうした? 大丈夫か?」
私が黙しているのを本気で心配してくるこの人を失望させたくはない。
「大丈夫です! とにかく私には悩みなんて何もないのでお構いなく! 私、他の人が思ってるより強いんです!」
「……そう」
私は必死で強がるしかない。
私にもお父さんがいたなら、こんなにも悩むことはなかったかもしれない。
お母さんも私のやりたいようにやりなさいと言ってくれたかもしれない。
私の家族はお父さんのことを元からいなかったように振る舞った。
私もお父さんというものは元からいないものだと思うことに努めた。
でも杉崎さんは私にはないものをたくさん持っている。
学歴も将来の夢も父親からの愛情も。
私と杉崎さんはこんなにも違うんだ。
……羨ましい。私はこの人が羨ましい。
「どうした? 本当に顔色が悪いよ。何か飲み物でも買ってこようか」
この人は自分の悩みがあるのに他人の気遣いまでできるんだ。
本当に優しい人なんだ。
……なら少しくらいは寄り添ってみても。
「待ってーー」
「ん? どうした?」
立ち上がる杉崎さんの裾を掴んだ途端、カバンの中から着信音が響いた。
「電話、出ないの?」
「はい……もしもし」
「あ、もしもし若菜? 今日も同じ教室だから待ち合わせしとこうって言ったじゃん! 今どこにいるの? 向かうからさ 」
「あっごめん、忘れてた! 私が向かうからいいよ! 駅前のカフェの前でいい?」
「オッケー!」
「なんだ、友達?」
「はい、今日も予備校があるんで。この前同じクラスの子を見つけてそれから一緒に授業に受けようってなったんですよ」
「ふーん。じゃあ今は楽しくやれてる?」
「はい! 楽しいですよ!」
そっかと杉崎さんは少し安心したように言った。
それじゃあと私は時計台を出て駅前のカフェへと向かう。
私の思考は再び現実世界へと引き戻されていった。