第13話 私は弱い人間じゃありません
杉崎が悩みを自ら打ち明けた時、若菜は何を思うのか。
「とまあこんな感じで、俺は親父の夢だった宇宙を研究する仕事に就くために、猛勉強してそこの大学に受かったってわけだ」
「いい話でずねぇ。ずびばせん、私もう感動しちゃって。映画見てもしょっちゅう泣いちゃうんですよ」
見ると若菜は号泣していた。
感情表現の豊かな子だ。
それから俺に手を差し出してきた。
「ん、どうした?」
「鼻水が止まりません。ティッシュください」
「たくっ、ティッシュくらい持ち歩けよな」
そう言って俺は鞄の中からポケットティッシュを一つ取り出し、彼女に渡した。
「ところで、そこの大学って啓明大学ですよね。杉崎さん前に私のこと褒めてたけどやっぱり頭いいんじゃないですか」
「まあ確かに有名国公立なんだけどね。だから皆頭いいんだよ。俺なんかとてもついていけなかった」
「それで、悩みというのはその夢を叶えられるかわからないのが怖いってことですか?」
「ああ。これでも結構努力した方なんだけどな。周りの人達の学力にまるで歯が立たない。いくら頑張ったところであっさり抜かされるんじゃたまったもんじゃないよ」
「わかります、それ」
「大学院も進むかどうか迷ってる。結果を出せなきゃ意味の無い努力になってしまうから」
「……意味の無い努力ですか」
「親父には冥土への土産として意志を継ぐなんてカッコつけたけど、このまま続けるのは……辛いよ」
彼女は何を話すか思い込んでいたようだ。
そりゃそうだ。年上の男からいきなり悩みを打ち明けられたら戸惑うのが普通だ。
しばらくして彼女は口を開いた。
「それで、杉崎さんは私に励まして欲しいんですか? それとも辞めてしまえと言って欲しいんですか?」
「は?」
「いやなんというか、杉崎さんは多分キッカケが欲しいのかなって。それがどちらを選択するのであれ、迷ったままが嫌なんじゃないですか? それなら私はあなたが望む方で言ってあげられます」
「いやいや、決めきれないから辛いんじゃないか」
「ふーん。そういうもんですか」
若菜は半ば呆れたような素振りを見せる。
「私から言わせれば人に言える夢があるだけまだましだと思います。だってそれを目指せばいいんだから。私なんて将来何もしたいことがないんです。」
「そんなものはそのうちに見つかるんじゃないのか?」
「そのうちっていつですか? あなたのそれは目的のない努力よりかはずっとましです」
「でもな、子どもの頃に描いたようなキラキラした夢なんて叶わないことの方が多い。一部の才能ある人が努力してなれるものだから。この前の話じゃないけどそういう大事な事に賢明な判断をする人を大人って言うんじゃないか?」
「何ですかそれ。その言い方だと夢を諦めた子どもを大人だって言ってるようなものじゃないですか! そんな人ばかりが大人の世の中なんて腐ってる!」
激しく彼女は抗議をする。
なんだか怒られている気分だ。
いや、でもこの調子だ。
この勢いのまま彼女の悩みを聞き出せるかもしれない。
「……そうだな。まあ俺ももう少し考えてみるよ。ところで、若菜ちゃんも何か悩みがあるんじゃないのか? 勉強がしんどいとか? 俺でよければ聞くよ」
俺の質問に若菜は俯きながら応えた。
「……別に無いですよそんなの。それにあったとしても自分の悩みを他人に打ち明けるほど弱い人間じゃありませんし」
……弱い人間か。
それは違う。抱え込むと人は弱っていくんだよ。
「それに私にはあなたのような父親はいませんでした。だから私はあなたが羨ましい」
どうもさっきの話は彼女のタブーに触れたようだ。
もしこれが彼女の殻を開けるための鍵だとしたら、彼女の抱えるそれは、俺が思っていた以上に大きいものなのかもしれない。
「父は母の妊娠がわかった次の日に、私と母を残して他の女の元へ行きましたから」
静かに語る彼女の唇は震えていた。