第12話 親父③
回想終わります
父の病は……膵臓がんだった。
医師が言うにはもう遅すぎたようだ。
もってあと数カ月。それほどまでに病魔は父の体を侵食していた。
皮肉なものだ。
人の健康を何より気遣う人が自分の体の異変に気づけないなんて。
前世に何かしたから罰が当たったのかもとか言われてもそれは神様が悪いと言ってやりたかった。
この世の人を善人と悪人に分けるとしたら、父は善人だったと思う。
人は死ぬーーそんな当たり前の事を人はどの段階で受け容れられるのだろうか。いや、もしかしたら死に抗い続けて死んでゆく人もいるのかもしれない。そんなことを考える暇もなく死ぬ人もいる。
俺は、どうだろうか……
「おい勇斗、しけた面してんな!」
とても余命宣告されたとは思えないな、この人は。
「お前はちょっと根暗だからな! もっと明るくいけ! そうすれば俺みたいにモテるようになるぞ!」
……この人は死ぬのが怖くないのだろうか。
「まあそりゃあ俺だって死ぬのは怖ぇさ。でも結局のところ万人に死は与えられる。俺はそれが早かっただけって話だ」
……そんな簡単に割り切れるものか。
「ん、まあそんな簡単に割り切ってたら俺は釈迦にでもなってるわな。でもな、悪いことばっかじゃねぇんだこれが」
……死ぬことに良いことなんてあるはずがない。
「俺たちは忙しいからさ、当たり前の幸せにいつしか気づけなくなってしまう。自分の不幸なことばかりが日常生活で目立っちまうかからさ。良いことなんて頭の隅にちょっとだけ残ってるくらいだ。毎日飯食って寝ること、家族と笑って喋ること、生きてること。そんな当たり前の幸せに改めて気づかせてくれる死ってのは案外良いやつなのかもしれんな!」
これはお前にも覚えておいて欲しいことだ。
最後に父はそう付け加えた。
「それとさ、お前もいい加減彼女の一人でも連れてこいよ。俺は孫の顔が見たいんだよ」
……そのうち見せるよ。
「あとはそうだな、他の心配事といやお前の将来だな。何かやりたいこととかねぇのか? 確か、私立の大学狙ってんだってな。金の心配ならすんなよ。俺の保険金でも使っとけ」
……いいよ、私立はもっと金がかかるんだよ。
「ん、そうか。で、大学入って何をしたいんだ?」
……俺は親父の意志を継ぐよ。親父がなし得なかったことを俺がやってみせるよ。
父は、そいつは嬉しいなと言って笑った。
数カ月後、父は本当に息を引き取った。
父の遺影はこれでもかってくらいに笑っていた。
杉崎君と親父さんとの回想は終わりです。
僕はこのお父さん好きなんですけどねー。
また出るんでしょうか。