第11話 親父②
まだ回想続きます
父が倒れたとの連絡を受けたのは俺が予備校で授業を受けている時だった。
金銭のことなど何も考えずタクシーを捕まえて病院へと急いだ。お金は既に病院に来ていた母が払ってくれた。
「それで、医者の人はなんて?」
「わからない。今精密検査をしてもらってるから。わかり次第報告するとは言われたけど」
「……そう」
清潔に整えられた病院の廊下はひどく白く、どうも俺の不安を煽って居心地が悪かった。
寒いから中に入っておくよう母には言われたけど、とても病院内で待っていられるような心持ちではなかった。
病院の外は明かりが少なくそれこそ何か出そうな雰囲気さえあった。
手は悴むほど寒いし、吐いた息は白く昇ってゆく。
熱い缶コーヒーでも飲みたい気分だったが、あいにくと外には自動販売機が見当たらなかった。
冬だからかその日の空はとても綺麗だった。
こんな日に限って空なんか見るのは皮肉めいていた。
このまま見ていたら父を思い出してしまう。
俺は慌てて病院へと入っていった。
父の病状の知らせが来たのは一週間が過ぎたくらいで、俺は母と病院へ駆けつけた。
ここ何日かはこの事ばかりが気になって、受験勉強もろくにせず、友人達との会話も全てうわの空だった。
自分が何をしていたかすらあまり記憶にない。
ただ覚えているのは先日見た夜空がやたらと綺麗だったこと。
今まで特に見向きもしなかった空をこのごにおよんで見上げるなんて馬鹿らしく思ってしまった。
日が暮れかけた夕方、俺たち二人は受付から診療室へ呼び出された。扉を開けると父の担当医が丸椅子に腰掛けていた。
「何か重い病気なんでしょうか!?」
母は慌てふためいていた。
担当医は落ち着いた声で言った。
「先日の精密検査の結果、杉崎さんの詳しい病状についてはまだ何とも言えません。定期的に人間ドックをなさっているとのことなので、癌の可能性は低いかと思われますが、念の為検査しておく必要があるかと」
「……そうですか」
「とにかく慎重に検査していくほかありません。結果がわかり次第ご報告させていただきます」
それから父の病室へと向かった。
父は元気そうだった。
「調子はどう?」
こんな質問を病人にしてよいものかとも思ったが聞かずにはいられなかった。
「うん? 俺は普通だが? それよりお前、今日は予備校サボったんだってな。ほらこれやるから母ちゃんと何か食ってけ」
そう言って父は俺に5000円を渡した。
それからはいつものように家族で世間話のようなことをして、病院をあとにした。
辺りはすっかり暗くなっていて、見上げるとやっぱり星は綺麗に光っていた。
数日後、前と同じ時間帯の夕方、検査結果が出た。
西陽が白い廊下を反射して病院内はどこか現実世界とは異なる自分の知らない場所のようだった。
診療室では前と同じ担当医が同じように丸椅子に腰掛けていた。
そうして検査結果が出ましたと一拍おいてから担当医は静かに言った。
「杉崎道吾さんは膵臓がんです」
不安というのは自分が思っている以上に当たるものでこうなることも予想はしていた。
だから前準備ができていたのだろうか。
この時俺は、思っていた以上に落ち着いていた。