94話 迷い
白煙の中、必死に次の作戦を考える。
山上には四人の敵、俺たちのいるコンテナ群にも二人の敵。
状況は最悪に近い。
東側山上と西側で、敵に挟まれている。
しかも、索敵担当のベル子が落とされた今、コンテナにいるBSTとやり合うのは難しい。
彼らは俺たちに二人を削られ数的に不利。
なら足音を立てず、入り組んだコンテナ群、見えない場所でガンガンに芋るのが定石。
不用意に動けば、巣穴に潜む黒蛇に簡単に噛み殺される……。
かといってこの場でじっとしていれば、山上からの狙撃でジリ貧……。
「くそ……どうすりゃいいんだ……っ!」
完全に意表をつかれた。
相手を格上だと意識するあまり、チーム同士の一対一に集中しすぎた。
バトルロワイヤルFPS『RLR』において、漁夫の利(他チームが交戦し、疲弊しているところを狙う)を狙うことは基本中の基本。
俺は勝手にプレッシャーを感じて、そんな簡単なことも忘れてしまっていたのだ。
「……っ!」
奥歯を噛み締めて必死に頭をまわす。
やはり、BSTと削り合う覚悟で、コンテナ群に逃げ込むしかないのか……。
いや、それじゃあ五分五分の勝負。もし仮に俺とジルが撃ち負ければ、もう勝ち目はない。
刻々と白煙が薄くなる。
「シンタロー、ここは腹をくくって撃ち合うしか」
「っ……ジル、落ち着け、まだこの場で待機だ。足音を立てれば奴らの思うツボ……いまオーダーをだす」
オーダーをだすと言ったけれど、名案が閃く兆しも、情報もない。
だけど、あやふやな作戦で俺は仲間を危険に晒したくはなかった。
このスクリムは、俺たちをRLRのプロリーグ『RJS』に招待した真田さんも見ている。
恥ずかしいムーブはできない。
「シンタロー! スモークがっ!」
焦るジルの叫び声で、ようやく発煙弾の煙が消えかかっていることに気付く。
「じ、ジル! 早くコンテナに隠れるんだッ!」
俺が待機と命令したばかりに、山上からの射線に晒される。
で、でもすぐに隠れれば頭を抜かれる心配はないはずだ!
「ッ!」
しかし、隠れようと立ち上がった瞬間。
肩、胴体、そして太ももを一瞬で撃ち抜かれる。
山上から、射線を合わせての一斉射撃。HPは一瞬で削られ気絶する。
「シンタロー! 早く隠れて! 私がカバーする!」
銃声が轟く。
奈月と山上の敵が交戦をはじめたのだろう。
「くそぉ……ッ!」
気絶させられたが、なんとか命からがらコンテナの影に隠れた。
やはり認識が甘かった……っ!
アマチュアではなく、ゲームで金を稼ぐプロゲーマーがうようよいるスクリム。この状況も予測できたはずだ。
そんなヌーブだけじゃ飽き足らず、スクリム中に考え込んでオーダーも出せない始末。
情けねぇ……!
ランドマークを被された時のムーブを、もっとちゃんと考えておけば……。
「何迷ってんのよ、シンタロー……!」
時間にして六秒ほど。
オーダーにもかかわらず無言になってしまった俺に、奈月はそう言った。
「必死に考えても、今不利な状況は変わらない。撃ち合うしかないわ。そうでしょジル」
「……あぁ、奈月の言う通りだ。敵をすべて屠れば、すべて解決だ」
「け、けど! 相手はプロゲーマーだ! 撃ち勝てる保証なんてどこにもないだろ!」
いつも通り強気な脳筋コンビに、俺は叫ぶ。
勝てる保証はどこにもない。
確実に勝つには、意識外からの攻撃がベスト。
警戒され、射線を通され、不利な状況になってしまった以上、勝負は五分五分。
力では、プロゲーマーに押し負けるに決まっている。
考えなきゃ、勝つために必死に考えなきゃ、確実に負ける。
「シンタロー、もっと私たちを、自分を信じて」
「……えっ」
予想外の一言に、熱くなっていた頭が一気に冷める。
「負けないように戦う。それがあなたの一番の武器だし、その考え方、オーダーのおかげで、私たちはU18全国大会を勝ち抜くことができた。勝つべくして勝つことができた。……だけど今は違う。敵はみんな格上で、まともに撃ち合って勝てるかどうかなんてわからない。前みたいに、シンタローが百点のオーダーを出し続けられるかどうかもわからない。実際に今、不利な状況に追い込まれてる」
山上の敵と撃ち合いながら、奈月は続けた。
「百点じゃなくてもいい。六十点でも、三十点でもいい。結局のところ勝てば良いのよ。どんなに泥臭くても、最後に生き残ってればいいの。だから……」
kar98kの轟音が、荒野に響き渡る。
キルログに、おそらく山上にいたであろう敵の即死ログが流れた。
「私たちを信じて。私とジルとベル子が、シンタローのオーダーを正解にする」
奈月は……いや、2Nさんは、そう言い切った。
「……すまん、空回った」
敵を格上だと意識しすぎるあまり、戦況を悲観しすぎた。
ベル子は削られてしまったけど、まだ奈月もジルもいる。
この苦しい状況を乗り越えれば、撃ち勝てば、まだチャンスはあるのだ。
「コンテナ群のBSTは俺とジルでどうにかする。2Nさんは山上の敵をどうにかしてくれ」
どうにかする。そんな曖昧なオーダー。
それでも、ジルと奈月は。
「「了解」」
一切迷う事なく、そう答えた。
敵に挟まれた絶体絶命のこの状況。
俺は黒蛇が潜むコンテナ群に足を踏み入れた。