91話 覚醒の為の条件
ごうごうと、熱風を吐き出すゲーミングPC。
頭上にかけられているデジタル時計を見ると、時刻は午後二十時三十分を表示していた。
「そろそろだな」
ヘッドセットに付いている小型のマイクに声をのせると、ゲーム内拠点でくつろいでいたチームメイトが、各々返事をする。
「き、緊張しますね……」
「緊張してもしょうがないでしょ。相手がどれだけ強くたって、私たちはいつも通りのムーブをするだけよ」
「奈月の言う通りだ。いつもやっていることをやるだけ……俺はいつも通りクイーンの尻を守るだけだ」
「お前に尻を守られた記憶なんてまったくないんだけど、むしろ風穴開けられそうな勢いで攻められてる気がするんだけど」
「お望みとあらばキングの尻を差し出すことも辞さない構えだ」
「……これから格上の相手と戦うってのに、お前のそのまったくブレないメンタルだけは尊敬するよ……」
「ん? デレか? ついに結婚か?」
「ごめんお前はやっぱり筋金入りのド変態だわ」
ベル子の心配そうな声に、落ち着いた奈月の声、そしてガチホモの求婚。
俺と奈月さんで作り上げた拠点、二人にはもったいない豪華で広すぎる空間は今や、いつもの四人が入り浸る賑やかな空間へと変わっていた。
「私たち、コーチもアナリストもいない状態で本当に大丈夫なんでしょうか……今回の練習試合でさえ敵チームのデータがかなり不足してますし、このまま本番を迎えても正直まともに戦える気がしません……」
心配そうに呟くベル子。
彼女の心配は的を射ている。
現状、俺たちのチームにはムーブを指導してくれるコーチも、敵チームの情報を集めてくれるアナリストもいない。
チームが発足してからおよそ三ヶ月で高校生全国大会を優勝し、半年で国内で最もレベルの高いリーグ『RJS』に挑戦。
本当に出来すぎている。
出来すぎているが故に、速すぎるが故に、まだチームが未完成なのだ。
「たしかにそうだな……相手チームの情報もそうだし、何より俺のオーダーのレベルじゃこの先たぶん通用しない」
「…………シンタローのオーダー、そんなに悪くないと思うけど」
俺の後ろ向きな発言に対して、奈月が珍しく擁護する。
「今まで勝てたのは多分、奈月やジルの撃ち合いが周りのレベルに比べて圧倒的に強いのと、ベル子のチート級の索敵があったからだ。俺のオーダーによるものじゃない」
これは卑屈になっているわけでも、謙遜しているわけでもない。
明確な根拠のある、事実だ。
今度戦う相手は間違いなく格上。
ゲームで飯を食っている正真正銘のプロゲーマー。
撃ち合いも、立ち回りも、間違いなく上をいかれる。
そんな相手と渡り合うためには俺たちはもっと強くならなければいけない。世界中の高校生の中で一番強くても、上には上がいる。
現状に満足していては、俺たちは確実に、為す術もなく敗北するだろう。
俺も奈月もベル子もジルも、もう十八歳。
部活感覚じゃいられない。
俺達はプロゲーマーになる為に集まった四人だ。
負ければ、結果が出なければ、メンバー入れ替えやチーム自体の存続だって、嫌だけど考えなきゃいけない。
奈月も、ジルも、ベル子も、才能という意味じゃ間違いなく逸材だ。高校生という枠を取っ払って並いるプロゲーマー達と比べても、遜色ないくらいレベルが高い。
そんな最強のメンバーがチームにいるにも関わらず、U18公式大会では本当にギリギリの辛勝。
明らかに、みんなのレベルに俺のオーダーが追いついていない。
「俺がもっと良いオーダーを出せれば、VoVにだってもっと楽に勝てたはずだ」
原因を探す為、俺は二週間前の公式戦の動画を穴が開くほど見た。
俺のオーダーには何かが足りない。
その違和感の正体を見破るのに、そこまで時間はかからなかった。
「私はタロイモくんのオーダーに欠点があると思えないんですけど……何か満足いかない理由があるんですか……?」
不思議そうに聞くベル子。
俺はゆっくり口を開く。
「公式大会での俺のオーダー、特にVoV戦の戦闘面において、有利不利がほとんどなく五分五分で敵と勝負していた」
「えっ……それってむしろ良いんじゃ……だって不利な状況にならないように立ち回れていたってことですよね……?」
「……不利な状況にならなかった……これを言い換えれば、有利な状況をつくり出せなかった、ともとれる」
「で、でも! 銃を入れ替えて敵を騙したり無線が届かない場所からの狙撃は全部タロイモくんのオーダーです! あんなの普通じゃ思いつきません!」
「普通……か……。言っておくけど、普通じゃないのは俺のオーダーじゃない。異常なのは奈月のエイム力、ジルの反動制御、ベル子の索敵だ」
三人の息を呑む声が聞こえた。
遠距離最強。中距離最強。異次元の索敵と超近距離最強。
俺は、個性が強すぎる三人をチームとして繋ぎ止めることだけに精一杯で、彼ら彼女らがもっと活きるオーダーを出せていなかった。
「高校生大会ではそれで勝てた。奈月とジル、それにベル子、高校生の中じゃ頭ひとつもふたつも抜けてる。ルーラーやグライム以外なら、五分五分で撃ち合えばまず間違いなく負けないだろう」
ブラフを駆使して、なんとか不利のない場面を作り、あとはチームメイトを信じる。
こんなオーダーじゃ、プロには通用しない。
なぜならプロゲーマーは……。
「奈月のエイム、ジルの反動制御、ベル子の索敵……そして俺の投げ物屋内戦。俺たちが特化して強かった部分と、互角……いやそれ以上のスキルを持った強者が『RJS』にはゴロゴロいる」
俺が言いたいことを察してか、彼らは口をつぐむ。
つまり、能力に差がない、もしくは上をいかれてしまう現状で、いままでの五分五分の勝負を作り出すオーダーじゃ、苦戦は必死。
今必要なのは、能力値の不利を覆せるほどの有利になれる場面を、高確率で作り出せる正確無比のオーダー。
三人が……いや、俺を含めた四人が、お互いの能力を高めあえるようなオーダーが必要なのだ。
「……改善案はあるの?」
心配そうに聞く奈月に、俺はありのままの事実を告げる。
「まだない。……だから、このスクリムで見極める。俺に足りない能力と、必要になる能力を」
俺を超えるという奈月の想い。
世界で一番強いユーチューバーになるというベル子の夢。
みんなを守れる、最強の王を目指すジルの覚悟。
その想い、夢、覚悟に、泥を塗るわけにはいかない。
俺はさらに強くなる。
変化なくして進化はない。
ずっと四人でいる為にも、誰もおいていかない為にも、オーダーの能力向上は急務。
「俺はお前らを世界最強にする。そういうオーダーが出せるようになる」
試合開始まで残り数分、俺たちはカスタムマッチのロビー画面にログインした。
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