90話 新たな戦いと、想いの行方
嫁度対決を終えた次の日の昼下がり。
俺は寝ぼけ眼をこすりながら、とぼとぼと下校していた。
九月に入ったというのに、お天道様はまったく衰えを見せず、徹夜で夏休みの課題を終わらせた俺の頭皮を容赦なく照りつける。
「さっさと歩きなさいよ」
「ちょ……まって……」
仲が悪すぎる幼馴染はあいも変わらずスパルタで、満身創痍の俺の背中をグイグイ押す。
幼馴染に課題を手伝ってもらいさらには登下校までお世話になっているダメ人間(俺)は、疲れ切った脳味噌で、今後の事をぼんやり考えていた。
俺たち『UnbreakaBull』は、日本開催なのになぜか各国のトップチームが集まる全国大会を勝ち抜き、優勝を収めた。
それにより、かねて真田さんと約束していた『RLR JAPAN SERIES』通称、『RJS』に参加することが決まったのだ。
先日の高校生限定大会とは比べ物にならないくらいにレベルが高い、正真正銘のプロゲーマーが集まる日本リーグ。
毎週日曜、およそ一か月にわたり、総勢三十二チームがしのぎを削り、正真正銘日本最強を決める戦い。
たった1チームしか、世界大会に出場することは許されない。
高校生全国大会を軽くしのぐほどの激戦が、俺たちを待ち受けているのだ。
RJSの開催はおよそ一ヶ月半後。
その間に、俺たちはさらに連携強化を図り、強くならなければいけない。
「帰ったら練習試合申請しとかないとな……」
スクリムとは、公式大会とまったく同じルールで行うオンラインカスタムマッチのことである。
さらに噛み砕いて説明すると、競技シーン、プロゲーマー を目指すRLRプレイヤーが公式大会の為に集い、みんなで大会の予行演習を行いましょう。という団体、集まりだ。
スクリムにもグループがあり、一番上から『Tier1』『Tier2』そのさらに下に『A』『B』『C』『D』とランク分けされている。
ちなみに俺たちは『Tier2』
『Tier1』『Tier2』は完全招待制で、スクリムAからDグループでしっかり結果を残さなければ出場できない。
俺たちは6月あたりからコツコツとスクリムに出場し、さらには高校生公式大会優勝という実績も残した。
そしてついに、運営さんから招待を頂き、正真正銘のプロゲーマーが集うTier2スクリムに参加できるようになったのだ。
プロゲーマーに、今の俺たちの実力がどれだけ通用するか試せる良い機会。この好機を無駄にするわけにはいかない。
「シンタローは……今の私たちの力で、本物のプロゲーマーに通用すると思う……?」
奈月は不安そうにそう言った。
俺たちはスクリムグループAでそこそこの戦績を残せる実力はある。
けれど、実力が認められなければ参加できないTier2に上がれば、参加チーム全体のレベルは大きく跳ね上がる。
「分からない……けど、やるしかない……」
正直勝てる可能性は限りなく低いけど、胸を借りるつもりで挑むしかない。
プロゲーマーが集うスクリムでさらに腕を磨き、本番である『RJS』に挑戦。
その為にはムーブを指導してくれるコーチや、敵チームの情報をまとめて分析してくれるアナリスト、チームのスケジュール管理をしてくれる代表を見つけなきゃいけないし、やることは山積みだ。
「今、私すごく、不思議な気持ち」
「……?」
「勝てる保証なんてどこにもないのに……なんだかすごく……楽しみ」
「……あぁ、俺もだ」
プロゲーマーと世界大会を懸けて戦う。
これを聞いて、熱くならないやつはゲーマーじゃない。
彼女は青い空を見上げながら、拳を強く握りしめていた。
「……」
奈月の整った横顔を見ていると、昨日の出来事が脳内にぼんやり映し出される。
『その……今の……は、ハグとか、そういうのは……! 私がいつもしたいって思ってる……あ、アレなんです……』
素直になっちゃうおくすり(水道水)を飲んだ奈月の、素直な気持ち。忖度せず、卑屈にならず、冷静に、普通に考えれば。
奈月は……その、俺のことが……。
「……何よ。人の顔じろじろ見て」
「ご、ごめん、なんでもない!」
スクリムも日本リーグも控えてるのに……何を考えてんだ俺は……!
自分を律しようと努めるけれど、逸る気持ちを抑えきれない。
あの奈月が、俺のことを……いや、ありえない。でも、あの時のセリフは……っ。
睡眠時間が足りないせいで、上手く頭が働かない。
意識すればするほど、普段通りでいられない。
奈月は幼馴染であり、俺を救ってくれた親友でもある。
そんな奈月が……俺のことを……す、す……!
「ちょっと、本当に大丈夫? 顔を赤いわよ?」
水色の瞳。長い睫毛。
驚くほど整った顔立ち。
彼女は俺の顔をじっと覗き込む。
「え……あ、あの……っ!」
自分の心臓の鼓動が聞こえる。
なんだこの感覚……! 相手は奈月だぞ! 2Nさんだぞ……っ!
火が出るほど熱くなる顔を袖で覆い隠して、俺は奈月から距離をとる。
「えっ……」
そんな俺をみて、奈月は少し悲しそうな声をあげた。
「いや、これはちがくて……その、あの、き、昨日の……こと、普通意識するだろ……っ!」
「昨日のこと……?」
「……その、お前が素直になった時の……」
「……っ!」
お互い顔を赤くして、地面を見つめる。
照りつける日差しとは関係なく、体温がどんどん上がっていく。
奈月は、おそらく俺のことを……その、意識している。
じゃあ……俺は……?
俺は奈月のことを、どう思っているんだろう……。
心の中で初めて巻き起こる感情に、名前をつけられずにいると、仲が悪すぎる幼馴染は顔を真っ赤にして大きな声をあげる。
「い、今は日本リーグに集中する……!」
セーラー服の胸元をキュッと握って、頬を朱に染める彼女。
その姿はひどく妖艶で、女の子らしくて、たまらなく魅力的だった。
い、いや魅力的っていうのは別に意識してるとかじゃなくてその一般論というか客観的に見てそうっていうだけであって別に俺が奈月のことを異性として意識しているというわけではなきにしもあらずというか……!
脳内で言い訳パレードを敢行していると、奈月はおそるおそるといった具合で、ゆっくり口を開く。
「……私は、シンタローを超える」
「……っ!」
「ベル子も、クロスフレアも、ルーラーも、超える」
彼女の瞳は、蒼く透き通る。
強い意志。
絶対に折れない覚悟のようなものを感じた。
奈月がそこまでして、強さを追い求めるその意味を、最初はよくわからなかったけど、今なら……。
今なら少し、理解できそうな気がする。
「私はもう、守れないのは嫌なの。弱くて何もできないのは嫌なの……だから強くなる。世界最強も超えて、そして守れるくらい強くなる」
……奈月は五年前のトラウマに、囚われているわけじゃない。
五年前から戦っているのだ。
自分の意思を、想いを、貫き通すため、戦い続けているのだ。
名前を変えてまで、俺の背中を守ってくれていた奈月。
その想いに、俺だって答えたい。
「あぁ、俺ももっと強くなるよ。誰にも負けないくらい、強く」
手は抜かない。
一切妥協もしない。
相手がどんなに強かろうと、奈月と戦うその日まで、俺は最強で居続ける。
それが、FPSしか能のない、情けない男ができる唯一の誓いだった。
「……じゃ、じゃあ、もし……私がシンタローを超えたら……」
少し日が傾いた、午後三時。
淡いオレンジ色の光が、仲が悪すぎるであろう幼馴染を美しく照らす。
「ずっと一緒にいてくれる……?」
プロポーズともとれてしまうような、少し曖昧で、甘いセリフ。
「……おう」
俺はそのセリフに、頬を染めながら、ぶっきらぼうに短く返すことしかできなかった。
というわけで、スクリム編開幕です!
プロゲーマーとの熱い戦い。
奈月の気持ちとシンタローの気持ちの行方。
そして新たなキャラクターの登場!
熱く描けるよう頑張りますので、ブクマ感想評価お待ちしております…(土下座)