幕間 世界最強の芋が、ダイアモンドルーラー、そして2Nと出会う話。
この物語は、雨川真太郎が、2N、ベル子、ジルクニフと出会う前の物語。
* * *
乾いた空気。
暗い部屋。
充血した瞳。
ヘッドセットから聞こえてくる銃声を頼りに、意識を覚醒させ、青白い光を放つディスプレイを見つめる。
「……っ」
ゲーム内、鬱蒼と茂る密林。慌ただしく動く敵の足音。
それらすべてを聞き、場所を把握。
一人一人背中をとり、半ば機械的にエイムを合わせ殺していく。
もう何十時間、そうしていただろう……。
寝る間も惜しんで、向かい来る敵を殺し続けてきたけれど、それでも、心は満たされない。
「もっと……もっと、強くならなきゃ」
FPSが上手くなっても、どれだけ強くなっても、父さんと母さんは戻ってこないし、自分の弱さが変わるわけじゃない。
そんなことはわかりきっている。
けれどもう、どうしようもないのだ。
この気持ちを、罪悪感を、何かに昇華しなければ、どうにかなりそうだった。
「…………」
勝利を告げるリザルト画面を、無言で見つめる。
「……弱い。弱すぎる」
アジアサーバーじゃもう負ける気がしない。
……どいつもこいつも、銃口を置いていれば自分から殺されにくる下手くそばかり……。
「ナメてんのか……」
苛立ち。滞り。その悪感情は眠気を吹き飛ばし、俺の意識をさらに覚醒させる。
「もっと……もっとだ」
強さを実感させてくれる相手を、自分より強い格上を殺さなきゃいけない。
じゃなきゃ嫌になる。なにも守れなかった自分を、殺したくなる。
「…………」
ゲームを一旦閉じて、SNSで1on1の募集がないか検索する。
しばらくすると、戦績が若干自分より良いプレイヤーを見つけた。
「…………俺より、強い」
心臓が、ドクンドクンと脈打つ。
相手の名前なんか見えない、見えるのは、戦績上では俺より強いという明確な事実だけ。
「もっと、強くなれる」
瞳をうつろにして、ゆっくりそう呟きながら、1on1の申請を送った。
* * *
「ルナ、今日も部屋でおとなしくしているのよ」
優しい音、母親の声。
「……はい、ママ」
私は、小さな子供部屋で、ベッドテーブルに置かれたパソコンのディスプレイを見つめながら答える。
「…………」
部屋の入り口にある姿見を見つめると、病弱そうで、特異な容姿の少女がいた。
……私だ。
真っ白な髪、真っ白な肌、そして真紅の瞳。
三万人に一人の確率で発症する、先天的な病。いわゆるアルビノというやつだ。
人と違うこの容姿、周りから天使みたいだとかエルフみたいだとか言われるけれど、私にとってはこの容姿も病弱な体も、呪いのようにしか感じなかった。
この病のせいで外にも出られないし、友達をつくることもできない。
「……はぁ」
大きくため息を吐きながら、マウスを動かし、最近ハマっているFPSゲーム『RLR』を起動する。
体の弱い私が唯一、体格差や運動能力に関係なく、いろんな人たちと勝負できるモノ。
それがFPS。eスポーツだった。
「……」
けれどそれも、だんだんと飽きてきた。毎日毎日、ベッドの上でゲームをする日々。それだけやっていれば馬鹿でも上手くなる。
北米の野良サーバーの敵じゃ弱すぎて相手にならないので、プロのeスポーツチームに最近入ってみたりもしたが、心躍らされるプレイヤーはいなかった。
現実と同様に感じる孤独感。
私は強すぎたのだ。
……どのプレイヤーも、ただの的当てゲームなのに、照準を合わせるスピードが遅すぎる。
「退屈……」
もうそろそろこのゲームも引退かな。
そう、諦めかけていた時。
「……ん?」
1on1の申請に、気になる名前が表示される。
「ASサーバー……Sintaro……」
私は、この名前を何度か聞いたことがあった。
まだどこのチームにも属していない、ソロ専門のRLRプレイヤー。銃を使って撃ち合うRLRでは珍しい、投げ物ムーブが得意らしい。
チームメイトとのボイスチャットはいつも適当に話を聞いていたので、あまり覚えていないけれど、この……しんたろ? と、撃ち合うと、それまで積み上げてきたプレイング、ムーブを、根底から覆されてしまう……らしい。
「こんなのただの的当てゲームでしょ」
いかに速く、相手の頭に照準を合わせ、そして引き金を引くかの勝負。
速く、そして繊細な方が勝つ。
FPSとは、RLRとは、そういうモノなのだ。
「……お手並拝見」
並いるプロゲーマーに、プレイングやムーブを覆されると言わしめた腕前がどんなものなのか。
私は少しだけ、胸を高鳴らせながら、申請を受諾した。
* * *
「……はぁ……はぁ……っ」
きれる息。
たれる汗。
赤くなる頬。
ディスプレイ内に広がる戦場、廃墟群にこれでもかというほど意識を集中させる。
「お、おかしい! おかしすぎる!」
視界は敵の発煙弾により、真っ白でなにも見えない。
今警戒すべきは背後からの奇襲、私はすぐさま振り向き、警戒する。
けれど……。
「ッ!?」
目の前に、手榴弾がカチンと音を立てて転がる。
雷管を抜き、着弾と同時に起爆するよう調整されていたであろう手榴弾は、砂塵を巻き上げて爆ぜた。
「……これで、九連敗……っ!」
ギリッ、と音が鳴るくらい奥歯を噛み締める。
「今度こそっ!」
勝負は十本先取、先に十回敵を倒したら勝ち。それなのに、私は未だ、しんたろを一度も倒せていない。
……FPSは、RLRは、ただの的当てゲーム。
いかに速く敵の頭にエイムを合わせるかの勝負。
そんな私のプレイング、ムーブは、しんたろによって根底から覆される。
「……一度も……ただの一度も、撃ち合えない……っ!」
銃を使って勝負するRLRで、エリアの狭いはずの1on1専用のマップで、まともに撃ち合えない。
未来予知とも呼べるべき索敵、戦略と、正確無比の投擲能力で、私が最も得意とするところのエイム勝負、早撃ち勝負をさせてもらえない。
ことごとく、手榴弾や火炎瓶で焼かれ、殺される。
「……強すぎる……っ」
完全敗北。
その二文字が脳裏をよぎる。
……いや、まだ諦めるには早い。
エイムで勝負できれば、私にだってチャンスはあるはずだ。
投げ物で勝負しようとするということは、彼は撃ち合いがあまり得意じゃないと考えるのが自然。
「私の位置がバレているのは、勝負を焦り、彼を探し回って大きく足音を立ててしまっているのが原因……なら……」
私はゆっくり歩きながら、背中をとられない強いポジションに身を隠す。
こんなプレイングはじめてだけど、彼に勝つためには仕方がない。
「勝つ……なんとしてでも……っ!」
心臓が、強く、脈打つ。
病弱で、冷たい私の体を、熱くする。
いた……私より、何十倍も強いバケモノが……っ!
自然の吊り上がる口角を抑えて、意識を集中させる。
「足音はたててない……絶対にエイム勝負になる、撃ち合いになる……!」
息を止め、耳を済ませる。
彼の足音が聞こえた。
このまま彼が進めば、中央にある大きな道路で私とかち合う。
「さぁ、どちらが速いか勝負よ……」
そう呟いた刹那。
閃光弾が、目の前で爆ぜる。
「な、なんで!? 位置はバレていないはずっ!」
慌てて身をひるがえし、物陰に隠れようとする。が、視界は閃光弾によって眩み、なにも見えない。
なぜ!? どうして!? 絶対に位置バレはしていなかったはず!
情報は全く与えていなかったのに、閃光弾を喰らわされてしまった。
「……っ!」
面食らってたたらを踏んでいると、彼の意図、閃光弾の意味にようやく気づく。
彼は読んだのだ。
足音がしないという情報を逆手にとり、ポジションを限定。
このマップで最も強いと呼ばれる道路に横たわるトラック裏に、閃光弾を投げ込み、様子を伺ったのだ。
それに私は引っかかり、まんまと足音をさせてしまった。
「くそ……くそくそくそ!!」
視界が開けると同時に、ヤケになってスコープを覗く。
しかし、そこに彼はいない。いるはずがない。
「っ!!」
視界を、鮮血が覆う。
体を見ると、真っ白な軍服が真っ赤に染まっていた。
「……背後から、ナイフで……?」
銃を使って戦うはずのFPSで、近接武器で、殺された。
「…………」
完全敗北。
言い逃れようも無い敗北。
「……しんたろ、わすれない」
いつか必ずこの借りは返す。高鳴る左胸を押さえて、静かにそう呟いた。
* * *
「はぁ……期待外れだな」
期待していた1on1に裏切られ、俺は相手プレイヤーの名前を覚えることもせず、ロビー画面に戻る。
戦績上はとんでもない強さだったけど、立ち回りが甘すぎて話にならない。
大方、いままで単純なエイム力で勝負してきたんだろう。
沈む気持ちを噛み殺して、俺はまたアジアサーバーに戻り、マッチングを開始する。
「……チッ」
なかなか接続しないマッチに少しイラついていると、画面右端、フレンドリクエストのアイコンが赤く光っていた。
「……フレンド申請……2N?」
戦績は普通、名前を聞いたこともない。もちろん一緒にプレイしたこともない。
けれど……何故か、初対面じゃないような……言葉にはできないけれど、とにかく無視しちゃいけないような、そんな不思議な感覚がした。
「まぁ……いいか」
フレンド申請を受諾し、一緒にチームに入りマッチングを開始する。
寝ぼけ眼をこすりながら、俺は今日何度目かわからない戦場に、飛行機から降下した。
仲が悪すぎる幼馴染が、俺が5年以上ハマっているFPSゲームのフレンドだった件について。
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