幕間 北米最強のスナイパーが、俺の家に凸ってきた挙句、共闘を提案してきた件について。
合宿が終わり、U18全国大会まで残り三日をきった火曜日。
俺はいつものように惰眠をむさぼり昼前に起床。シャワーを浴びて歯を磨こうとしたんだけど……。
「まただ……また歯ブラシが無くなってる」
洗面台にコップと一緒に置いてある歯ブラシが無くなっていた。
一回二回なら、寝ぼけた俺が家のどこかへ置き忘れたんだと納得がいくんだけど、歯ブラシが無くなるのは今日で四回目。
流石にうっかりや勘違いで済ませるレベルじゃない。
「姉ちゃんが俺の歯ブラシ使うわけないしなぁ……」
この家に住むのは俺と姉ちゃんだけ、歯ブラシを間違えて使い、それをどこかへ持っていくなんて有り得ない。
「はぁ……また買わなきゃなぁ」
そう言いつつ、俺は来客用の使い捨て歯ブラシで今日も歯を磨く。
最近、こういうおかしなことが多いのだ。
歯ブラシだけじゃなく、夜食用に置いていたカップラーメンが無くなっていたり、いつも来ているパーカーが無くなっていたり、寝ている時に何かにのしかかられているような金縛りにあったり……。
幽霊的な何かに取り憑かれていると言われれば、素直に納得してしまうくらい、怪奇現象が多発していた。
「大会近いし、ナーバスになっててもしょうがないよな……」
そうひとりで呟きながら、俺は歯磨きを終え、自室に向かう。
今は無くなる歯ブラシよりも、大会に備えて少しでもRLRをプレイすることのほうが重要だ。
小さくあくびをしながら、俺はドアを開けた。
「しんたろ、おはよ」
「おう、おはよう」
ベッドに座る真っ白な女の子に挨拶して、俺は椅子にすわ…………って、えっ?
ゆっくり振り向く。
「きょうも、げーむ?」
「…………」
北米最強のスナイパー、ダイアモンドルーラーが、さも当然のように俺のベッドに座っていた。
人間、あまりに驚きすぎると逆に冷静になるんだな。初めて知ったわ。
「……ルーラー、いつからそこにいた? あと、その口に加えているものと、着ているものはなんだ?」
俺は、ゆっくりと伝わるように話す。するとルーラーは、一切悪びれることなく答える。
「きのうの、きのうの、きのうからいる。……これは、はぶらし。きてるのは、しんたろぱーかー……あさの、はみがきは、ひっす」
「なるほど、確かに朝の歯磨きは重要だな。それは理解できる。けれど今問題なのはそういうことじゃない。問題なのは、君が何故ここにいるのかと、その歯ブラシは誰のものなのか、だ」
「たいかいまで、ひま、このはぶらし、しんたろの」
三日前から俺を苦しめていた怪奇現象の正体は、アメリカからやってきた白髪赤目の美少女でした(戦慄)
いったいどうやって三日間も俺の家に芋っていたのか問いただしたいところだけど、今はその疑問をかみ殺して、事実の確認を優先する。
「あのぉ……ルーラーさん? あなた、VoVのチームメンバーに連行されたはずでは?」
「…………VoV、ぬーぶ、ぬけだしてきた」
「少々お待ち下さいね。いまVoVの代表に電話をかけますから」
大会関係者に連絡すれば、おそらく電話を繋いでくれるはずだ。
向こうも、チームのエースであるルーラーが三日も失踪して大慌てだろう。すぐさま連絡しなければ。
「まって、しんたろ」
ひしりと、俺に抱きつく彼女。
「VoV、ぬーぶ、ざこ、よわい……しんたろと、れんしゅーしたい」
数あるプロゲーミングチームの中でも確実に五本の指に入るであろうVoVを、雑魚だと一蹴するルーラー。……たしかに、十八歳以下という枠では彼女は頭ひとつ抜けている。
「いや……俺と君は敵同士だし、一緒に練習できるわけないだろ」
北米最強のスナイパーと練習。魅力的すぎる提案だけど、俺たちのムーブを録画されて研究されればいよいよ勝ち目がなくなる。
「あいに、ちーむはかんけいない。2Nと、れんしゅーするより、ぜったい、いい」
ゆさゆさと俺のTシャツを揺らし、駄々をこね続ける彼女。
「あーもうわかったからやめろ……! 服が伸びちゃうだろ!」
「しんたろ、おしによわい。すき」
作戦通りといわんばかりにドやるルーラー。三日間も俺の家に不法侵入していた奴とは思えないほどの厚かましさだ。
「でも、PC一台しかないし、RLRはできないだろ。ス○ブラでもする?」
そう、俺の家にはパソコンが一台しかない。つまり二人でRLRをプレイすることは物理的に不可能なのだ。ルーラーには悪いけど、やはり諦めてもらう他ない。
「いちだいでも、できる。しんたろ、すわって」
「えっ……?」
彼女はそれでも俺の袖をひっぱり、着席をうながす。……一台で二人プレイできるようなモードはRLRには無かったはずだ。
俺が椅子に座ると、彼女も同じように俺の膝の上に座る。
「しんたろ、きーぼーど、わたし、まうす」
「えっ……二人でプレイってそういうこと……!?」
ルーラーは、マウスを持って口角を少しだけあげる。要は、俺が左手でキーボードを担当して、ルーラーが右手でマウスを担当するということだ。
確かに、キーボード担当がキャラクターを動かし、マウス担当が視点を合わせれば二人でゲームすることは可能。……しかし、プレイすることはできても、敵に撃ち勝つのは不可能に近いだろう。
キャラクターの進行方向に視点を合わせるだけでも、お互いがお互いの考えを深く理解していないと難しい。
例えるなら、二人羽織でキャッチボールをするようなものだ。
お互いの考えが手に取るように分かる俺と奈月ならまだしも、会ったばかりのルーラーとやっても、敵にエイムを合わせることすら難しいはずだ。
「できる。しんたろと、わたしなら」
「…………」
……根拠があるかどうかはわからないけど、北米最強のスナイパーはそう言い切った。
奈月と同等か、それ以上のエイム力。そんな傍若無人なまでの攻撃力を俺が動かす。
「…………す、少しだけだぞ」
無謀だと分かっていたけれど、試さずにはいられなかった。
ルーラーは、デスクトップ上にあったRLRのアイコンをダブルクリックした。
* * *
「しんたろは、すきにうごいて、えいむ、わたしやる」
「お、おう」
照りつける日差し、カラカラに乾いた地面。
俺とルーラーは、砂漠マップであまり人がこない北方向外れの市街地にパラシュートで降下した。
そしてすぐさま廃墟内で物資を漁る。
「あ、あれ?」
始める前は、物資を拾うことすら苦労すると思っていたけれど、その予想は完全に裏切られた。
キーボードでキャラクターを動かすだけで視線が勝手についてくる。動きたい方向を向き、拾いたい物資を勝手に拾ってくれる。
物資の回収は驚くほどスムーズに進んでいた。
「わたし、しんたろのどうが、たくさんみた。だから、わかる。しんたろが、なにしたいのか」
「お前すげぇな……」
「ほめて、なでなでして」
「お、おう」
「……っ」
俺が空いた右手でルーラーの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細める。
思いがけないルーラーの器用さに目を丸くしていると、目の前のドアが勢いよく開く。
「や、やばっ! 敵だっ!」
いつもと違う状況に油断して足音を聞くのを忘れていた! まずい!
やられる! そう確信した瞬間。持っていたスナイパーライフルが轟音を立てて鉛玉を弾き飛ばす。
「えっ……?」
「てき、たおした」
先ほどまで俺たちを攻撃しようとしていた敵は、ぐったりと固い地面に横たわる。
「……敵が来るの分かってたのか?」
「みえたから、うっただけ」
「は、反応速度バケモンすぎるし、アイアンサイトでクイックショットとか人力チートかよ……」
スコープをつけていないにもかかわらず、たやすく行われた神業に、思わず息を飲む。
「しんたろ、なでなでとまってる。てきたおした、なでなでして」
「お、おう……」
言われるがまま、なでなでを再開した。
こ、こんな化け物と、奈月は撃ち合ってヘッドに当てたのか……?
その後も、俺とルーラーは滞りなくラウンドを進め、ついに生存人数残り五人まで生き残った。
「……ルーラーさん、今何キルですか?」
「……23。しんたろ、なでなでとまってる」
「……」
正直、危ない展開は何度もあった。
けれどそのことごとくを、ルーラーは圧倒的なエイム力で覆してきた。
敵に囲まれようが、不意をつかれようが関係ない。
雷鳴の如き速さで反応し、針に糸を通すような正確さでエイムを合わせ、そして敵の頭を吹き飛ばす。
俺の死なない立ち回りと、彼女の距離を無視した即死攻撃が合わさったら、ここまで強力になるのか……。
「……俺たちを抜いてラスト四人だ、油断するなよ」
「ゆだんしてても、かてる」
ルーラーの頼もしい返答を聞いてすぐ、俺は隠れていた廃屋から顔をだす。
銃声を聞いた雰囲気、おそらく百メートル先の鉄塔付近に敵はいるはずだ。
「たおした」
「……了解」
体を傾け、窓から外を覗いた瞬間。敵の頭が弾け飛ぶ。
敵の即死を確認した瞬間、俺はすぐさま引いて、廃屋から飛び出る。
「しんたろ、てきいた。なんで、にげる?」
「残り三人が一斉に俺たちに射線を合わせてた、一人落とせてもあの状況じゃやられる可能性がある。いくら撃ち合いが強くても、エイムがあっても、三発弾を同時にもらえば確実に負ける。だからムーブに変化をつけて、敵と一対一で戦える状況をつくる。それなら俺は……いや俺たちは、絶対に負けない」
「……っ!」
長ったらしい俺の説明を聞いた途端に、ルーラーが何やら股の間でもじもじしはじめた。
「ど、どうした? 俺のムーブがそんなに嫌か……?」
「……ち、ちがう。しんたろ、つよい。わたしそれ、できない」
「俺だって、ルーラーみたいなクイックショットは逆立ちしたってできないよ」
「ねぇ、しんたろ」
「ん?」
「こどもつくろ」
「ぶぅぅ!?」
勝敗を左右する最終局面にもかかわらず、俺は思わず吹き出す。
「な、何言ってんだよ!?」
「しんたろのむーぶ、わたしのえいむ、あわされば、さいきょー」
頬を赤らめて、腰をくねくねといやらしく動かすルーラー。ちょっ! へ、変なところにあたってるんですけど……っ!
「お、おい! 正面敵っ!」
「むぅ、じゃま」
チラ見してマウスを軽く動かして、敵の頭を吹き飛ばす北米最強のスナイパー。
ここまでくると敵に同情したくなる。
「しんたろ、きもちい、わたしもきもちい。わるくないはなし、ねぇ、こども、こども!」
彼女はもう画面の方をほとんど見ずに、俺に子供をせがむ。
「お、落ち着けルーラー! まだ敵が!!」
「もう倒した」
「ぬぇっ!?」
画面には、勝利を告げるリザルト画面が表示されていた。
「は、速いッ! 流石は金剛の裁定者ッ! ダイアモンドルーラー……ッ!」
「せかいさいきょうのいも、いでんし、もらう」
「ちょっ! 変なとこさわんなっ! らめぇぇっ!」
ガタリと椅子が倒れ、ルーラーに押し倒される。
こ、ここで俺は初体験を……っ!
腹をくくり目を閉じた。
次の瞬間。
自室の扉がゆっくり開かれる。
「……チームの練習に来ないから心配して見にきたら……アンタら、何してんの?」
鬼のような形相をした奈月が、俺とルーラーを見下ろしていた。
……その後の記憶は無い。
仲が悪すぎる幼馴染が、俺が5年以上ハマっているFPSゲームのフレンドだった件について。
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