幕間 腹黒すぎる美少女配信者が、ウェディングドレスを着て意味深な笑みを浮かべている件について。
大きな十字架、色とりどりのステンドグラス。
透き通る窓からは、まるで天使のはしごのように白い光が降っている。
ちまたの若い女性に今最も人気な結婚式場。その祭壇前。
隠キャゲーマーが引きこもる自室とは正反対の場所に、襟がキツくしまるタキシードを着て俺は立っていた。
クソ……ここ射線通りすぎだろ……っ! RLRならこんな弱いポジションで突っ立ってたら即死だぞ! あーもう芋りたい……っ!
緊張のあまり、俺はそんな意味のわからないことを考えていた。
「新婦の入場です」
端でマイクを持っている女性がそう言うと、木製の扉が低い音をたてて、開く。
「……っ」
刹那、息を飲む。
「お待たせしました。タロイモくん」
天使がいた。
眩くきらめく光の中に、柔らかな笑みをたたえる、天使がいた。
十人いれば二十人が美少女だと断言するレベル。それほどまでに整った容姿を、純白のウェディングドレスに包み、彼女はカツカツとヴァージンロードを歩く。
ふわりと、羽が生えているように、俺のふところまでくると、天使はニコリと笑って口を開いた。
「写真撮影と動画投稿するだけで諭吉三桁ももらえるなんて、ボロい仕事ですよね」
…………天使は……いやベル子は、満面の笑みを浮かべながら引くぐらいゲスいことを小声で呟く。
「なぁ、天使みたいな格好して悪魔みたいなこと言うのやめてくんない?」
「ふふっ、タロイモくんもタキシード似合ってますよ? まるで沼地のダンジョン後半に出てくる中ボスみたいです」
「その中ボス絶対ゾンビだろ。腐りかけてるだろ。俺の顔面を遠回しにディスってんじゃねぇ」
「ほらほら、撮影始まりますよ。ちゃーんと私の引き立て役になってくださいね」
「お前絶対ロクな死に方しないぞ……」
俺とベル子は、謎にテンションが高いカメラマンに向かってポーズをとる。
今日はベル子が大手ブライダル企業から受けたプロモーション動画の撮影日。
彼女ほどの登録者数の多い配信者になると、こうして企業から宣伝してくれと仕事を頼まれるのだ。
報酬は三桁を超える大仕事。そんな大事な案件に、俺は新郎役としてベル子に抜擢(強制)され、こうしてパシャパシャと引きつった笑みを写真に収められているというわけだ。
「すみませーん! もう少し近づいてもらえますかー? こう、ラブラブな新婚夫婦って感じで!」
「ぬぇっ!?」
「ほらほらカメラマンさんのオーダーですよ! 顔赤くしてないでちゃんとしてください!」
「でも……っ! こういうの俺わかんねぇし……」
「……もう! 仕方ないですね」
ベル子は俺の腕をとって、抱き寄せる。
オフショルダーのウェディングドレス。
胸元から覗く二つの巨峰は、俺の腕に合わせてまるで水風船のようにくにゅりと形を変えた。
やっ! 柔らかいッッッ!
「鼻の下伸ばしすぎです。一秒百円ですからね」
「安いな。とりあえず一生分買うわ」
「も、もう! 冗談です!」
そういや前にも似たようなやりとりをしたことがあったな。
俺と同じで、ベル子もその時と出来事を思い出したのか、くすりと笑みを溢す。
「お! 二人とも良い表情だねー!」
少し緊張がほどけて、自然に笑えたような気がする。
その後、数十枚写真を撮って、撮影は滞りなく終わった。
* * *
「ふぅ……流石に疲れましたね」
「…………おう」
動画配信サイトに載せる用の動画も撮り終わり、インタビューも終え、俺とベル子は教会にある長い木製の椅子に座っていた。
最後に衣装を着替えれば今日の仕事は終わりだ。
大きな窓から、淡いオレンジの光が差し込む。
「タロイモくん、二人きりですね」
「そ、そうだな」
ベル子はそっと、俺のふとももに手をおく。
落ち着け、こいつは見てくれは良いが性格は大魔王サタンも裸足で逃げ出すレベルで腹黒なんだ……っ! ここでウブな反応を見せれば引くぐらいイジられ馬鹿にされるに決まってる……っ!
「タロイモくん……」
「……なんだ?」
「せっかくの教会、結婚式場ですし、誓いのキスとかしてみます?」
「ふぁっ!?」
顔面に血液が集まるのを感じる。今鏡で自分の顔を見れば、熟れたリンゴのように真っ赤っかだろう。
「ふふっ! なんですかその小動物みたいな反応! 世界最強の芋も、私みたいな超絶美少女の前では手も足も出ないみたいですね!!」
ふふーん! と、予想通り死ぬほどウザいドヤ顔をかますベル子。
クッソぉ……わかってても回避できねぇ……っ!
俺はさながら、階段上でショットガン構えてたガン待ちプレイヤーに死体撃ちされたくらいの屈辱感を味わっていた。
「まぁ……その、タロイモくんが土下座して頼むなら、ほっぺにキスくらいならしてあげても良いですよ?」
「お前なぁ……俺が根性無しの芋野郎だったから良かったものの、世の中舐めきってるガンガンいこうぜ系リア充にそんなこといったら秒で詰められるぞ?」
「こんなこと、タロイモくんにしか言いません……」
「はいはいありがとねー」
「本気にしてませんね……? これでも私、結構タロイモくんに感謝してるんですよ?」
ベル子はそういうと、少し頬を赤らめる。
「前に撮った44キル動画、あの動画のおかげで、再生数もチャンネル登録者数も、びっくりするぐらい伸びてます。この仕事が貰えたのも、たぶんその動画で名前が売れたからだと思います」
「……それもこれも、ベル子自身が頑張ったからだろ。俺はちょっとお前とゲームしただけだ」
「ちょっとゲームしただけでチーター倒して世界記録塗り替えそうになるってどこのラノベ主人公ですか……?」
こほんと咳払いをして、ウェディングドレスを着た彼女は、姿勢を整える。
「タロイモくん、本当にありがとう。……あなたのおかげで、私もみくるも、救われました」
夕陽が、純白のドレスを綺麗なオレンジ色に染める。
少し照れくさそうにはにかむ彼女は、今まで見たどの表情よりも純粋で、そして綺麗だった。
「……あの44キル動画、再生回数どれくらいだっけ?」
「……たしか今、五百万再生くらいですかね……?」
「少ないな」
「へっ……?」
「ベル子みたいな超絶美少女で特殊すぎる索敵スキルがあれば、投稿した動画が軒並み百万再生を超える日本一のゲーム配信者だって夢じゃない」
「そ、それは流石に言い過ぎじゃ……」
「奈月や、ジル、それに俺だっている。俺たち|UnbreakaBullは日本一……いや世界一になるんだ。むしろそれくらいいってもらわないと困る」
「……もう、タロイモくんが言うと、本当にそうなりそうで怖いです」
「ベル子がそうさせるんだよ。俺や奈月やジルだけじゃ、日本一どころか、世界一なんて夢のまた夢だ。一人でも欠けたら叶わない。四人揃ってなきゃ、ダメなんだ」
俺は嘘偽りなく、本心でそう言った。
「……私みたいな、見てくれだけのFPSゲーマーにそんなこと言うなんて……もう、本当にしょうがないタロイモですね……っ」
ベル子は瞳をじわりと濡らす。
俺たちに出会う以前、彼女は凄さが伝わりにくい特殊すぎるそのスキル故に、一部のFPSゲーマーから煙たがられていた。
プレイヤースキルがないくせに、動画投稿するなだとか、顔だけの配信者だとか、そういった的外れな誹謗中傷だってたくさんあった。
それでもベル子は負けず、挫けず、自分の武器を活かして戦っている。
彼女がいれば、俺たちは足音の聞こえる範囲で敵に裏をとられることは絶対に無い。
「これからも、俺たちの最強斥候として、頑張ってくれよ」
そう言いながら、椅子から立ち上がり、俺はベル子に手を差し出す。
視界の端にうつる時計を見るに、そろそろ着替えの時間だ。
「はい……これからもずっと、私はタロイモくんと屋内ガン待ちコンビです」
ベル子は俺の手を握って、強く引く。
予想外の運動エネルギーに、俺みたいなモヤシ男が対応できるはずもなく、前屈みに大きく体勢を崩した。
「ちょうどいい高さです」
頬に、柔らかな何かがあたった。
「ちょっ! お前今の……っ!」
「ふふっ、誓いのキスってやつです。ほっぺですけど、ドキドキしました?」
小悪魔風に、してやったりと笑みを浮かべるベル子。
俺は、彼女の火が出るほど真っ赤になった耳を、見逃さなかった。
「そんなに耳真っ赤にするくらい恥ずかしいならすんなよ……」
「べ、別に恥ずかしくなんてないです!」
大人ぶるベル子を、仕返しとばかりに俺はイジリながら、礼拝堂を後にする。
数日後、奈月に今日の出来事が発覚し、何故かブチギレられるのはまた別の話である。
仲が悪すぎる幼馴染が、俺が5年以上ハマっているFPSゲームのフレンドだった件について。
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