88話 素直な幼馴染
長いようで短かった嫁度対決もついに終わりを迎え、リビングには穏やかな時間が流れていた。
……なんてことはなく。
「2N、どーぴんぐ、ちーと」
「はぁ!? どっ! ドーピングなんてしてないし!?」
「奈月さん、おくすりに頼らなきゃ素直になれないなんて不憫ですね」
「っ……!」
ルーラーとベル子の詰問によって、奈月のおくすりの使用が発覚。
俺の家のリビングは、まるで航路直下の激戦区のように大荒れだった。
「まぁまぁ、奈月も俺の愚姉に無理矢理飲まされたみたいだし……ここは穏便に済ませるのがいいんじゃないか……?」
リビングの端でぐったりしている姉を視界の端にとらえる。
嫁度対決中、明らかに様子のおかしかった奈月。それを不審に思ったルーラーとベル子が、今の奈月と同様に、姉を詰問したのだ。
「うぅ……まだ望みはあるもん……生き遅れてないもん……!」
頬を涙で濡らしながら床に這いつくばる俺の姉。
一体どんな罵声を浴びせられればあんな状態になるのだろう。女怖っ。
「しんたろ、だまってて、2Nはちーとした。ゆるされない」
「まぁ……確かにドーピング? 的な何かはあったけど、奈月が飲んだのはただの水だし、不正と呼ばれるほどじゃ……」
「タロイモくん、ずいぶんと奈月さんをかばうんですね」
「えっ……」
底冷えするようなベル子の声に思わずどもる。
「何ビビってんのよ……! もっと言い返しなさいよ……!」
俺の背後に芋りつつ、奈月は小声でそう言った。
「タロイモくんと奈月さんって、仲が悪すぎるんですよね……? 私がチームに入る前にタロイモくん自身からそう聞いたんですけど、少しメイド服見せられただけでその関係が改善されたとか、そんな砂糖吐き散らかしたくなるほど大甘なこと言いませんよね? タロイモくんは下半身で物事を見定めるような外道じゃありませんよね?」
「い……いや……俺と奈月もいろいろあったというか、その間に少しづつ関係が改善されつつあるというか……」
「…………ちっ、煮え切りませんねこのクソ芋は」
「べ、ベル子さん? 僕のあだ名はタロイモですよ……?」
「失礼、噛みました。クソゴミくん」
「いや悪化してるんですけど!? かすりもしてないんですけど!?」
奈月の不正に過剰なまでに反応するベル子。
彼女の瞳は今までに見たことがないくらいによどんでいた。
「クソゴミくんのお口がヌーブなので、奈月さんに聞くことにします」
あっ……名前はそのままでいくんですね……。
「奈月さん。あなたとクソゴミくんは仲が悪すぎるんですよね? この前の合宿でも言ってましたよね? シンタローは目が死んでるから彼氏にしないほうがいいだとか、ゲーム以外は能無しだから近づかないほうがいいだとか、私にさんざん言ってましたよね?」
「奈月……お前そんなことベル子に吹き込んでたのか……」
「こっ! これは違くて……!」
少しは奈月との関係が改善されていたと思っていたのに……。
過去の過ちが、脳裏をよぎる。
そりゃそうだ……あんなひどいことをしたんだもんな……。陰口叩かれて当然、さげすまれて当然だ。
落胆しうつむく俺の襟が、背後からグイっと引っ張られる。
「かっ……勘違いしないでよね……あれは、その……シンタローがベル子にとられると思ったから……っ」
「えっ……」
「だ……だから! シンタローをとられたくないからそういったの……!」
「えっ!?」
俺にしか聞こえないような声量で、奈月はそういった。
とられたくない?
奈月が?
俺を……?
超敏感系男子の俺は、その言葉の意味を瞬時に理解する。
先ほどの素直になっちゃうおくすりを飲んだ奈月の行動といい、今の、新たなタイプの『勘違いしないでよね』発言といい……。
まさか……。
本当に……。
奈月は俺のことを……。
「へぇ……ずいぶん素直なんですね、奈月さん。まだおくすりの効果が残ってるんですか?」
ベル子が無表情でこちらを見つめている。
え……さっきの小声が聞こえたの……?
「なっ! なんで!? 聞こえないはずじゃ……!」
「奈月さん、クソゴミくん、私の索敵、耳の良さを忘れたわけじゃありませんよね?」
「!?」
忘れていた……ベル子の人外級の索敵を……聴力を……!
「しんたろ、こっちにきて、2Nちーとした、しんたろわたしのもの」
俺の所有権を主張する真っ白な女の子。
右手に持っている犬の首輪は何に使うのかと問いたいところだけど、今は聞かないでおこう。
「あんしんして、くびわは、わたしにつける」
「いやどういうプレイだよ!?」
「しんたろがわたしをかうの、かみむーぶ」
ダメだこの幼女早く何とかしないと。
「ルーラーさん? まだあなたの点数は出てないんですよ? あまりイキがらないでくださいね」
「……べるこ、ぬーぶ、わたしがかつにきまってる」
「わ……私だって冴子さんの採点がまだのはずよ! 審判の判断もなしに不正だなんて言われても納得できないわ!」
大怪獣バトルも顔負けの熱戦を繰り広げ、睨みあう三人。
そんな三すくみのように動けないでいる三人の間に、一人の変態が割り込む。
「まぁ落ち着け、Kittens」
ケツ丸出し燕尾服を着ていた変態に落ち着けと言われても正直片腹痛すぎるんだけど、この膠着状態をどうにかしてくれるならこの際どうでもよかった。
この終わりなき闘争をしずめてくれと心の中で念じつつ、俺はジルを見つめていた。