84話 素直になっちゃうおくすり
「ちょっ! 冴子さん離してください!」
白いのに現を抜かすシンタローに鉛玉をぶち込もうとした昼下がり。
私はその制裁を、罪人の姉である冴子さんに制止されていた。
「こうしている間にも……シンタローはあいつに篭絡されちゃう!」
「落ち着きなさい」
「……っ」
少し食い気味に私の言葉を遮る冴子さん。
彼女の真っ黒な瞳を見つめていると、なぜか気持ちが落ち着いた。
冷房の効いていないリビング外の廊下。ジワリと汗がにじむ。
冴子さんは私が落ち着いたのを確認すると、ゆっくり口を開いた。
「単刀直入に言うわ、奈月。今のままじゃアナタはシンタローを失うことになる」
「ぇっ…………」
息が止まる。
「わ……私が失う……シンタローを……?」
うまく言葉が呑み込めない。
……呑み込めないはずなのに。理解できていないはずなのに。
心の奥底にぐさりと刺さる、そんな鋭い痛みを感じた。
「…………」
冴子さんの黒い瞳が、困惑する私を見つめる。
……いや、理解できないんじゃない。理解したくないだけなんだ。
私は耐え難い現実から、目を背けているだけだ……。
「…………わかってます……このままじゃ、ベル子や白いのに、シンタローをとられちゃうってことくらい……! だから私はこうして……っ!」
涙まじりに吐き捨てる。
すると、冴子さんは私の唇に人差し指を当てて。
「アナタの気持ちは、何年も前からよく知ってる。だからこうして少し手助けしようとしてるんじゃない」
そう言った。
ほんの少し笑みをたたえた彼女。
その仕草はとても大人っぽくて、そして綺麗だった。
「わ……私は……どうすればいいですか……?」
ワラにもすがる思いで問う。
今日の嫁度対決を見て私は感じた。
ジルも、ベル子も、ルーラーもシンタローに本気だ。
愛くるしい容姿。さらに巨乳で家事も気遣いも完璧なベル子。
幻想的で美しすぎる容姿、おまけに素直で私を上回るFPSのスキルを持つルーラー。
おっぱい大好き星人でFPS中毒のシンタローにとって、彼女たちはドストライク中のドストライク。
そんな魅力的な彼女たちに対して。
私は素直じゃなくて、貧乳で、料理もできなくて……FPSの腕前も、シンタローには遠く及ばない。
ベル子の人外級の索敵や、ルーラーの傍若無人なまでの強さのような、唯一無二じゃない。
私の上位互換は、どこにでもいる。今私が持っているアドバンテージは、シンタローのしたいことがわかるということだけ。
……正直言って、戦力差は歴然。
今にも彼女らが本気でシンタローをからめとろうとすれば、瞬く間にシンタローは篭絡されてしまうだろう。
今は私が幼馴染という有利ポジを駆使して妨害しているけれど、それももうそろそろ限界。
このままじゃ……シンタローを……本当にとられてしまう……。
「……そんな悲しそうな顔しなくても、大丈夫」
「さ……冴子さん……?」
冴子さんは、優しく私を抱きしめていた。
柔軟剤の香りが、鼻腔をくすぐる。
「心配しないで、あなたは充分魅力的よ」
「……っ」
私のしてほしいことを、先読みされる感覚。
この感覚を、幾度となく私は味わっている。
「私が奈月を、世界一魅力的な女の子にしてあげる」
脳内に、公式戦決勝前の彼のセリフがフラッシュバックした。
『俺が奈月を、世界最強のスナイパーにしてやる』
あぁ……本当によく似てるなぁ……。
冴子さんの笑顔や、黒い瞳を見ると落ち着く。その理由の一端を垣間見た気がした。
「私に……オーダーをください……! ベル子やルーラーに勝てるくらい、世界最強のオーダーを……!」
絞り出すように懇願する。
冴子さんは、私の知っている不敵な笑みを浮かべて。
「もちろんよ」
私の目標であり最大の味方である彼女は、そう言った。
* * *
「で……具体的に私はどうすれば……」
壁に背をつけ、リビングからの射線が切れていることを確認して、私は冴子さんに耳打ちした。これ以上ムーブに手間取れば敵(ベル子とルーラー)が突貫してくるかもしれない。
兵は拙速を貴ぶ。
シンタローがいつも言っているように、速さこそが強さなのだ。
私の険しい表情を尻目に、冴子さんはおもむろにポケットから小瓶を取り出す。
「そ……それは……」
何の変哲もない小瓶。
中に入っているのは透明な液体。
見た感じ、ただの水っぽい雰囲気だけれど……冴子さんが凄みのある雰囲気で取り出した液体だ。
きっと何かものすごい液体なのだろう……。
私の考察の是非を、すぐさま冴子さんは答えた。
「これはね……今、ちまたで話題のツンデレ救済アイテム『素直になっちゃうおくすり』よ!」
「す! 素直になっちゃうおくすりっ!?」
一瞬、耳を疑う。
冴子さんはふざけて言ってるわけじゃない。彼女の纏う雰囲気を見ればそんなことは簡単に分かった。
「それは……合法なおくすりですか……?」
「もちろん! 自然由来の成分から作られた安全なおくすりよ!」
「…………なるほど」
私は冴子さんと何年も付き合いがある。
彼女はこういった類でふざけたことはほとんどない。
……きっと……本物なのだろう……!
「で、でも、その素直になっちゃうおくすりを飲んだところで、私がベル子やルーラーに勝てるとは思えないんですけど……」
「あら、そうかしら? 私は完勝できると思うけど?」
「だいたい、私みたいな嫌な子が今更素直になったところで、あのFPS廃人に気付いてもらえるかどうか……」
ネガティブになっている私の口に、冴子さんは問答無用で小瓶をあてがう。
「ちょっ! しゃぇこしゃん!」
「グダグダ言わずいいから飲みなさい!」
謎の液体が体の内側に染み渡る。
その瞬間、体がカーッと熱くなって、頭が熱くなる。
こ……これが……おくすりの力……っ!
いまなら素直になれそうな気がする……っ!
「奈月?」
「は……はい」
「シンタローのこと、どう思う?」
柔らかな笑みを浮かべて、冴子さんは私に問う。
私は、おくすりにあらがえないまま、本音が漏れてしまう。
「せ、世界でいちばん……だいすきです……!」
「どうやら成功したみたいね」
私はもうろうとする意識の中、嫁度対決の準備を始めた。
PS 冴子さんが奈月に飲ませたのはただの水です。
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