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81話 激戦! 嫁度対決! 【ルーラー編 後編】





 デニム製の無駄にお洒落な抱っこ紐。

 それを真っ白な女の子(十八歳)から受け取って、俺はしぶしぶ装備する。


 さすがに正面でだっこするのは画的にかなり厳しいので、ルーラーを背中で背負うように抱っこ紐をつけた。


「しんたろ、はんたい」

「え……?」

「だから、はんたい、おなかのほう、つけて」

「いやいやいやいやその格好はまずいって! いろいろ危ないって!」

「だっこ、するだけ。しんたろ、なにかんがえてる?」

「っ……べ、べつに何も考えてねぇし? いやらしいことなんて微塵も考えてねぇけど?」

「なら、もんだい、ない」


 抱っこ紐をお腹に回して装備する。

 しゃがんでいる俺の前に、ルーラーはトテトテとやってきて、抱っこ紐に足を通した。


「それじゃ立つぞ」

「おーだー、まかせる」


 鼻腔をくすぐるシトラスの香りを無視して、俺は足腰に力を込める。

 マウスより重たいものを持ったことがないような生粋のゲーマーは、たとえルーラーのような小柄な女の子でも持ち上げるのにひと苦労…………のはずなんだけど……。


「……あれ?」


 彼女を抱っこ紐に下げて持ち上げた。けれど、予想していたほどの重量感は無い。


 俺みたいなモヤシ男でも簡単に持ち上げられるほど、ルーラーは軽かった。


「ふふーん」


 俺の首に手をかけて、彼女は満足げな声を上げる。

 顔が近い。今にも唇が触れそうだ。


「ちょっ! やめ!」

「しんたろ、いいにおい」


 ルーラーはここぞとばかりに顔を俺の首筋にあてて、すんすんと匂いをかいでいる。

 俺は空いた両手を駆使して、暴走する北米最強スナイパーの肩をつかんだ。


「しんたろ、これじゃにおいかげない」

「……嗅がなくてよろしい」


 火照る頬を冷ます為、俺は顔を横に向けて話題を変える。


「ルーラー……お前、ちゃんと飯食ってんのか? ちょっと軽すぎるぞ……」

「……」


 彼女は少し間をおいて、耳元で弱々しく答える。


「……ごはん、たべても、おおきくならない」


 少し悲しげなその声音。


 やばい……聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。


 キッチンに向かいながら、チラリと彼女を見つめる。


 真っ白なまつ毛の隙間で、真紅の瞳がくゆりと揺れた。


「わたし、うまれたときから、じゅうにさいまで、びょういんのべっどからでられなかった」


 足元を、冷たい隙間風が通る。


 彼女は言葉を続けた。


「…………からだよわくて、あまりおっきくなれなくて、でも、ぱぱとまま、わたしがそとであそべないから、ぱそこん、かってくれた。それでFPS、はじめた」


 区切り区切りの彼女の言葉を聴いて、心が痛む。


 ルーラーの圧倒的な強さ。その強さは、何万時間とFPSをプレイしてきた経験によるもの。

 正着で素早いエイムは一ヶ月やそこらで手に入れられるものじゃない。

 何年も何年も修練を重ねなければルーラーほどのエイム力は得られないのだ。


 とてつもない才能と、気が遠くなるほどの努力が、ルーラーの化け物じみた強さの理由。

 ……けれどその強さの裏に、いつもマイペースな彼女が表情を暗くしてしまうほどの苦悩があるのだろう。


「……ルーラーは、FPS好きか?」


 純粋な疑問を彼女にぶつける。


「すき」


 予想通りの返答。

 俺の背中をきゅっと抱きしめながら、しぼりだすようにして、彼女はそう言った。


「よわいわたしでも、げーむのなかなら、ほかのひととおなじくらいはやくはしれる。おなじになれる」

「……そうか」


 体が弱く、ベッドから出られない彼女が、唯一他の子と対等に肩を並べられる。


 それがFPS。

 それがeスポーツなのだ。


 性別も、身長も、体重も、年齢さえも関係ない。

 モニターを見る目と、マウスとキーボードを持てる両手さえあれば平等に戦える。

 日の下にさえまともに出られない彼女でも、荒野を自由に駆け回り、魔法の様に敵を倒す。


 FPSを心から愛する者として、俺は神様に感謝した。才気溢れる彼女に、活躍の場を与えてくれたことに。


 俺は徐に口を開く。


「なぁルーラー。今は俺がお前の嫁……なんだよな?」

「……そう、しんたろ、わたしのよめ」

「だったら今日は俺がご飯を作ってやる」

「しんたろが……つくる?」

「おう、あんま上手くないかもしれないけど……お腹すいてるだろ?」


 そう聞くと、彼女は表情をパッと明るくした。


「お、おなかすいてる! せかいいちすいてる!」

「せ……世界一すいてんのか……そりゃ大変だな、すぐになんか作るわ」

「しんたろ、よめのさいのう、ある」

「お、おう、ありがとう」


 あまり嬉しくない褒め言葉を耳元で聞きながら、俺は冷蔵庫の取っ手に手をかけた。



* * *



「で、できたぞ……っ!」

「おおーっ」


 俺の肩から顔を覗かせるルーラーが、平坦な歓声をあげる。


 作ったのはオムライス。

 所々形が崩れて少し焦げたところもあるけれど、料理を全くしない俺にしては上出来だ。


「さぁルーラー! たんと召し上がれ!」


 抱っこ紐をほどこうとすると、彼女は俺の首にひしりとつかまる。


「る……ルーラーさん? 抱っこ紐ほどかないとご飯食べれませんよ?」

「たべれる」

「えっ……」

「にほんには、あにめある。こういうとき、あーんってする。かみむーぶ」


 あーんと、口をあけてみせる彼女。小さく可愛らしい歯が見えた。


「る、ルーラーさん、そういういやらしいことは男女としての交際をしていないとダメなんですのよ?」


 ルーラーの美貌と香りと女の子特有の柔らかさに至近距離であてられて、日本語がヌーブになる。

 けれどしょうがない。童貞モヤシゲーマーには酷なシチュエーションだ。ヌーブも仕方ないだろう。


「しんたろ、ぬーぶ。あーんは、いやらしくない。おやと、こども、みんなやってる」

「そ、それはそうですけど……」

「それに、しんたろは、いまわたしのよめ。だんじょのこうさい」

「うっ……」


 真紅の瞳が怪しく光る。



「それとも……あーんじゃなくて、もっといやらしいこと……する?」



 耳に唇が当たりそうな距離で、ルーラーはそう呟いた。


 甘ったるい声は、鼓膜にねっとりとまとわりついて、男の本能を揺さぶる。


「…………っ!」


 正直に言おう。


 いやらしいことはしたい。


 めっちゃしたい。


 けれど多方面から監視されているこの状況。

 年齢は十八歳でも体は小学生なルーラーに欲情してしまったと知られれば、ロリコン認定は免れない。


 みくるちゃんのおパンツ半ケツ事件(冤罪)という悲しい事故があった手前、それだけはなんとしてでも避けたい。

 ロリコン疑惑をかけられれば、重度のシスコンであるベル子や、ルーラーと顔を合わせるたびに何故か火花を散らす奈月が黙っちゃいないだろう。


 俺は奥歯を噛み砕きそうな勢いで葛藤し、そして欲望に打ち勝つ。


「……あーんで……! お願いします……っ!」


「……そう、ざんねん」


 ルーラーは嗜虐的な笑みを浮かべながらそう言う。

 なんか上手いこと誘導されたような気がするけれど、気のせいだろう。気のせいだと信じたい。


 彼女は小さな口を開く。


「しんたろ、はやくいれて」

「そ、その言い回しやめなさい……っ!」

「……しんたろ、もうそうのしすぎ。えっち」

「お前にだけは言われたくねぇっ……!」


 ことごとくペースを崩される。これが北米最強スナイパー、ダイアモンドルーラーの力か……!

 やはり彼女と射線を交え続けるのは得策じゃない! すぐに戦闘を終わらせなければ……!


 俺はオムライスを一口、スプーンにのせる。


「い、いくぞ」

「いつでも、おーけー」


 震える手。

 くそ……! エイムが定まらねぇ……っ!


 女の子にあーんするなんて、奈月以外の異性にしたことない。

 経験値の少なさは不安に直結する。

 奈月の場合は家族みたいなもんなのでノーカンなのだ。


「ひんはろ、ひゃやう」


 口を開けながら、物欲しそうに俺を見つめるルーラー。


 幻想的な美しさ、真紅の瞳、濡れる咥内。


 控えめに言ってスケベだった。


「っ……!」


 俺は意を決して、ルーラーのお口にオムライスをゆっくり入れた。


 彼女は何故かオムライスを見ずに、俺の目を見つめながら、スプーンをなにやらいやらしい雰囲気で口にくわえる。


「ど、どうだ……うまいか……?」


 ルーラーはオムライスをごっくんして、また口を開ける。


「……むげんにたべれる、ので、おかわり」

「……仕方ねぇなぁ……」


 結局、オムライスが無くなるまであーんは続いた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あーん」っていいですね笑
[良い点] ふーん、エッチじゃん ルーラーが正妻でエンド
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