80話 激戦! 嫁度対決! 【ルーラー編 前編】
キリが悪かったので80話と統合しております。
それと、書籍と合わせて、rulerをルーラーと表記したのと、年齢が変わってます。ご了承ください。
「……あら、私、いつの間に寝ちゃったのかしら……」
ジルにトキメキ過ぎて失神した三十路手前女が、まぶたを擦りながらソファーから体を起こす。
先程の失態を案じているのか、ジルがすぐさま姉のフォローに入った。
「おはよう冴子さん」
「じ……ジル様……っ!」
「先程はいきなり手をとってしまってすみません、その……冴子さんがあまりにも綺麗だったので……」
「きゅんっ!」
顔を近づけて、歯の浮くようなセリフを言うガチホモ。
こいつホモなのになんで女から死ぬほどモテるのかわかった気がするわ。
「で、冴子さん、ジルは何点なんですか?」
そんな甘々な空気を無視して、奈月は腕を組みながら姉に質問する。
「もちろん100点よ」
即答する姉。
そんな姉に対して、リビングにいた女性陣からブーイングが巻き起こる。
「さえこ、ぬーぶ、あなたなにもみえてない」
「本当です。冴子さん、貴方はジルの顔しか見てませんでした。嫁度をきっちり計測できていたか、かなり疑わしいです」
「こればっかりは……ルーラーとベル子に同意せざるを得ないわね。冴子さんはとんでもない索敵ミスをしているわ」
俺たちの奇行を遠くから眺めていた三人だからわかるのだろう。
ジルは常に、生尻を晒し続けていたということを。
「み……みんなしてそんな言わなくても……っ! だってジル様かっこよかったもん……! 料理も美味しかったもん……!」
涙目になりながら弁明する姉。
けれど姉だって、ジルがずっと尻を晒しながら嫁対応をしていた事実を知れば、そんなポイント軽く消し飛ぶだろう。
俺は、たとえそれが事実だとしても、ジルに恋する幸せそうな姉に伝える事は出来なかった。
「冴子さん……ありがとう。……けれど、今回の100点を、俺は受け取ることができない……」
「じ……ジル様っ! なんでですか!? ジル様は料理もお出迎えも100点でした! 間違いなく、完璧でした!」
すがるように告げる姉。
しかし、ジルは、そんな姉を冷たく突き放す。
「……でもそれは、冴子さんにとっての100点でしょう? シンタローにとっての100点じゃない」
「っ……!」
痛いところを突かれた。
そう、俺の姉、雨川冴子は、いつの間にか俺に対しての嫁度対決ではなく、自分自身にとっての嫁度対決として、ジルを採点してしまっていたのだ。
姉はポンコツだけれど、馬鹿じゃない。
耐えがたい事実を受け止め、顔に苦痛の色を滲ませる。
それを見たジルは、声に憂いを持たせて、こう言った。
「それでも……冴子さんにとっての、100点になれたことを、僕は誇りに思います」
「じ……ジル様……っ!」
俺たちを放って、ラブコメしまくる金髪イケメンと、俺の姉。
さっきまで尻丸出しだったガチホモと、それも見えないほどイケメンに前のめりになっていた三十路手前女だとは思えないほどの感動的な展開だ。
そんなほわほわした空気をぶち破るように、北米最強スナイパーがソファーから立ち上がる。
「じるくにふ、ぬーぶ、つぎはわたし」
ルーラーは短くそう言うと、俺のお腹にぽふっ、と抱きつく。
「しんたろ、いちばんのよめ、みせる」
「お……おう、頑張れよ」
真っ白な肌に、真紅の瞳。
神様が贔屓して作ったとしか思えないほど、幻想的な美に、思わず息を呑む。
ルーラーに見惚れていると、何故か正面にいた奈月の顔が、どんどん歪んでいく。
「お手並拝見といこうじゃない、公式大会で私に大負けした、北米最強のスナイパー様?」
仲が悪すぎる幼馴染は、尊大に吐き捨てる。
「……2N、ぜったいにまけない、ぶっ◯ろす」
それに対して、一歩も引かないルーラー。
二人とも、目が本気だった。
「ちょっ! 仲良くしてぇっ!」
交わる射線に飛び込んで、今にも始まりそうだった撃ち合いを制止させる。
嫁度対決も半分終わり、ついに、龍虎があいまみえる。
俺はズキズキと痛む胃をさすりながら、ルーラーの準備のため、玄関前に向かった。
* * *
ルーラーと奈月が目線で火花を散らした後、俺は例の如く、家の外に締め出されている。
もう三回目なので移動もスムーズだ。
「さて……ルーラーがどう動くか……」
北米最強スナイパーであり、何故か俺に好意? を抱いている可愛らしい真っ白な女の子。家庭的というよりは、むしろファンタジー小説に出てくるような幻想的な雰囲気を醸し出している。
『嫁』という名称からかなりほど遠いルーラーが、嫁度対決でどのようなムーブを繰り広げるのか、俺はあごに手を当ててさながら探偵のように思案を巡らせていた。
すると、ピロリンとスマホが鳴る。
姉から『もう入ってきていいよ』と、メッセージが送られてきた。
「え……まだ五分も経ってないんだけど……」
毎回料理の準備やら燕尾服(尻丸出し)の準備やらで結構待たされていたのに、今回はやたらと早い……いや早すぎる。
ごくりと生唾を飲み込みながら俺は玄関をあけた。
「しんたろ……おかえり。おなかすいた」
俺のTシャツを着たルーラーが、いつも通りの無表情で立っていた。
真紅の瞳に真っ白な体。本の中から飛び出してきたような幻想的な美しさ。
そんなまごうことなき美少女が、俺の『FPSは遊びじゃない』Tシャツを着ている。
「る、ルーラーさん? それ俺の服だよね……」
「これ、わたしのいしょう、きにしないで」
「いや……でも……」
「べるこ、じるくにふ、すきな、いしょうだった……」
「うっ……。後でちゃんとタンスに戻しとけよ……」
「……かんがえて、おく」
Tシャツのすそをギュっと握って、ルーラーはこちらを見つめる。
「一応聞いておくけど、下は履いてるんだよな……?」
恐る恐る彼女に聞く。
Tシャツがだぼだぼすぎて、ズボンを履いていないように見えるのだ。
「かくにん、してみる?」
じわりじわりとすそを持ち上げる北米最強のスナイパー。
俺の視線は完全自動照準のようにルーラーの太ももに吸い寄せられる。
「くうっ! やっ! やめなさいっ!」
抗い難い欲求をなんとか噛み殺して、玄関にあがる。
「あんしんして、はいてる」
「お前はどこぞの全裸芸人か」
「ぜんら……?」
「い、いや、なんでもない」
俺の渾身のツッコミがアメリカ育ちの彼女に届くはずもない。
俺は、こほん、と咳払いをして彼女に問う。
「それで、ルーラーはどういうお嫁さんになってくれるんだ?」
いまだに主旨がよくわからんこの企画を、彼女が理解できていないという可能性は充分にある。それを考慮して、なるべく優しい声音で俺はそう言った。
「よめ……? わたし、ちがう。よめ、しんたろ」
「へ……?」
「しんたろ、わたしの、よめ」
「俺が嫁……?」
「そう、おなか、すいた」
お腹を抑えて、こちらを上目遣いで見つめるルーラー。
「……っ」
嫁度対決の趣旨とはかなりズレるけれど、お腹を空かせている彼女を放っておくわけにはいかない。
「しょうがねぇなぁ……なんか作ってやるから、ちょっとリビングで待っていてくれ」
冷蔵庫にあった余り物を頭に思い浮かべながらドアを開ける。
けれどルーラーは玄関で立ち尽くしたまま一向に動こうとしない。
「……おなかすいて、うごけない」
「……?」
「だっこ」
「……えっ?」
「だっこして」
この幼女(18歳)は一体何を言っているんだろう。
真紅の瞳を見つめる。残念ながら恥じらいも曇りも何もない。
ルーラーは大真面目に『だっこして』とそう言ったのだ。
「あ、あの、ルーラーさん? だっこというのは、どういう意味でしょうか……?」
それでも俺は、彼女の言い間違えという望み薄なルートを信じて問い直す。
「そのままの、いみ」
彼女は無情にも赤ん坊が使うような抱っこ紐をどこからともなく持ってくる。
サイズはかなり大きめ、これなら小柄なルーラーくらいなら簡単に抱っこできそうだ。
「ルーラーさん、失礼ですけど、ご年齢は……?」
「じゅうはち」
「十八歳は抱っこを要求したりはしないと思います」
「…………しんたろ、なんでもいうこときくっていったのに……」
「うっ……」
U18公式大会予選最終ラウンド、俺はルーラーが近道を教えてくれたおかげで最終ラウンドに出場することができた。
その際、どうやら俺は彼女に『なんでも言うことを聞く』と言ってしまっていたらしいのだ。それが本当かどうかはあまりよく覚えていないけれど、彼女のおかげで救われたことは事実。
「………はぁ……今回だけだからな……」
ため息交じりにそう言うと、ルーラーは頬を綻ばせてふわりと笑う。
「さすがしんたろ、わたしのよめ」
屈託のないその笑みは彼女の幻想的な雰囲気と相まって、さながら天界から舞い降りた天使のようだった。
天使の様な可愛さだけれど、冷静に考えれば彼女は十八歳にもなって抱っこを要求するような高度な変態なのだ。
騙されてはいけない……ッ!
騙されてはいけないのに……ッ!
どうしよう、この子かわいい……ッ! 抗えない……ッ!
俺は頬をひきつらせながら、ルーラーから抱っこ紐を受け取った。
次話はルーラーの過去に少し触れます。なるべく早く更新します!!