79話 激戦! 嫁度対決! 【ジル編 後編】
俺は意を決して、撃ち合い最強のジルクニフと射線を交えた。
「……ッ!」
予想していた生尻裸エプロン(男)はおらず、シワひとつない燕尾服を着た、ジルクニフがそこにいた。
何故執事が着るような燕尾服を着ているのかは疑問だけれど、まずは服を着ていてくれたことに安堵する。
想いを寄せる相手が半裸のガチホモだと知れば、ストレスに弱い姉は最低でも一週間は寝込む。
色恋沙汰で傷心している三十路手前女ほどめんどくさい生物はいない。
最悪の結末にならなかっただけ良しとしよう。
「お前……いつの間にそんなもん用意してたんだよ……」
「習作だが、なかなか良い出来だろう?」
「え……それ自分で作ったの?」
「あぁ、時間がなかったからそれなりのモノしか作れなかったけどな」
「売れっ子デザイナーの息子は違うな……」
ジルの燕尾服に目を凝らす。
その道のプロがデザインしたような燕尾服に、思わず感嘆の声をもらした。
何故燕尾服なのかは気になるけれど、これ以上追求すると『シンタローと執事プレイをする為に決まっているだろう』とかのたまいそうなので、俺は静かに閉口した。
「ひゃ……100点っ!」
おし黙る俺と対照的に、姉はジルの執事姿を見て、うわごとのようにそう呟いた。
目はわかりやすくハートになっている。
「いや採点甘過ぎだろ」
「あぁ……お美しいジル様……っ!」
姉は顔に手を当てて、年甲斐もなくキャーキャー言っている。
調子に乗らせるのも若干嫌だけど、このまま何事もなく嫁度対決とやらを進めるのがベターだ。
「さぁ、リビングへ行こうクイーン。料理の仕度はできているぞ」
燕尾服を着たまま華麗にターンを決めるジル。
ジルがボロを出さないようにどう立ち回ろうかと頭を悩ませていると、ふと、視界の端に映る違和感に気付く。
「尻……?」
華麗にターンを決めるまでは良かった。
けれど、その後が問題だった。
燕尾服は正面から見れば、何十万とする高価な代物だと言われても疑問を抱かないほど完璧な出来栄えだった。
しかし、ジルの背中から尻にかけて
布が無かったのだ。
体正面部分の燕尾服は完璧なのに、背中から尻にかけて丸出しだったのだ。
「おいジルちょっと待て」
すぐさまジルに駆け寄り、姉の方を向かせる。
正面からならただの燕尾服に見えるはずだ。
幸い、姉はジルのイケメンっぷりにまだ悶えていた。生尻は見られていない。
「どうした? クイーン……もといワイフ」
「どうしたじゃねぇよ……! お前尻が丸出しじゃねぇか……っ!」
「ふっ……流石の俺でも、この短時間じゃ正面部分を作るのが限界だった。それだけのことさ」
「お前頭沸いてんのか?」
小声で話す。
作ったもの(完成形)を持ってきたと思っていたら、どうやらジルはこの嫁度対決が始まってからおよそ40分ほどで燕尾服(尻丸出し)を作ったようだ。
才能があるのか無いのかわからない。
「作るにしてもせめて尻は隠せよ……っ!」
「尻を隠すために布を使えば、前がモロ出しになるのでな。常識的に考えてそれはアウトだろう? だから消去法で尻を丸出しにした」
「お前が常識を語るな……っ! 生尻見せつける燕尾服なんて聞いたことねぇよ……!」
やいのやいのと言い合いをしていると、玄関から上がった姉がこちらを怪訝そうに見つめる。
「ジル様……どうかされたんですか……?」
「いいや、何も問題はありません。さぁ冴子さん、リビングにどうぞ」
「はい……///」
カッコつけて大仰に動くジル。
俺は咄嗟に、彼の背中に張り付いた。
「はぅん!」
尻丸出しにしたイケメンが気持ち悪い声を上げる。
「し……シンタロー……アンタ何してんの?」
姉からすれば、弟が突然、ジルを背後から抱きしめたように見えただろう。
けれど仕方がないのだ。
俺がここを離れれば、ジルの生尻が姉に晒されてしまう。
そして流れでガチホモだと言うことがバレ、姉は一週間寝込む。夜中まで愚痴を聞かされるであろう俺からすれば、そんな展開たまったもんじゃないのだ。
「ただの仲良しだから気にすんな」
「な……仲良しだからっていきなり背後から抱きしめるのはどうかと思うけど……」
「し……シンタロー、こんな明るいうちか「ジル、落ち着け。いや落ち着いてください」
息を荒げるジル。
ジルの生尻を隠すために背中に抱きつく俺。
そしてそれを怪訝そうに見つめる姉。
控えめに言って混沌。
「とにかくリビングに行こうぜ! ほら姉ちゃん! 先に行きなよ! ジルの手料理が待ってるぜ!」
「……じ……ジル様の手料理……!」
生唾を飲み込みながらリビングに向かう姉。
すれ違い様も、ジルの尻が外気に晒されないよう、キツく密着する。
その間、ジルが艶っぽい喘ぎ声をあげていたけれど、この際仕方がない。
ガチャリと扉が閉まる。
その瞬間、俺はすぐさまジルから離れた。
「はぁ……はぁ……危なかった……っ!」
「シンタローが……俺の尻にイチモ「てめぇそれ以上言ったらグーで殴るからな。肩パンしてやっからな」
興奮する変態に、俺は姉の生態を短く、そして端的に説明した。
「……なるほど。冴子さんは俺に気があって、俺がクイーンのことを好きだとバレるのはまずいということか」
「まぁ、ざっくり言えばそうなるな」
「禁断の恋。悪くない」
「……なんでもいいけど、とにかく、今日だけは穏便に済ませるんだぞ。この嫁度対決が終わったあと、俺が細心の注意を払いつつお前のことを姉ちゃんに伝えるから。わかったな?」
「オーケー。クイーンに従おう。いつも通りバックアップは任せたぞ」
「なんで現実でもお前の尻を守らなきゃいけねぇんだよ……」
「諦めろシンタロー、俺たちはそういう運命の元に生まれてきたのだ」
「お前が尻丸出し燕尾服を着なきゃ避けられた運命だろうが……!」
あまり時間をかけても怪しまれるので、先程のように、俺はジルの背中に張り付いて、何事もなかったようにリビングへと足を踏み入れる。
「ちょ……アンタ達まだ抱き合ってるの……?」
「まぁ、今日はちょっと寒いからな」
「……気温三十度超えてるんですけど」
「お……俺は冷え性なんだよ。ほらジル、料理作ってるんだろ? 持ってこいよ」
「まかせろクイーン。バックアップは任せた、距離を詰める」
ジト目でこちらを見つめる姉。
リビングからキッチンの方へ向かう際、どうしてもリビングの方へ尻を向けなければいけない。
姉とジルの射線を切るように、俺は立ち回る。
奇しくもそれは、俺とジルがいつも行う連携と全く同じムーブだった。
生尻を俺に隠されながらも、ジルはキッチンに用意されていた物凄く高級そうな料理と、よくわからんソースを手にする。
「よし……このまま冴子さんの元へ帰還する。射線管理は任せたぞ」
「あぁ、そのソース、何かはわからんけど料理にかけるんだろ? エイムがばるなよ」
「フゥン、俺のエイムは常にキツキツだ。ガバガバになることなど……」
ジルが自信ありげにそう言った瞬間。
手元からつるりと小瓶に入ったソースが落ちる。
「おっと、これは失礼」
「ちょっ!」
ソースを拾おうと、前屈みになるジル。
必然的に、彼の生尻は俺の股間へぎゅっと押しつけられる。
「ひゃうんっ!」
可愛らしい声を上げる生尻晒し男。
「じ……! ジル様どうかされましたか!?」
「あ、あぁ! 問題はありません! しょ……少々お待ちを……っ!」
「へ……へんな声だすなよ!」
「だ、だってシンタローが押し付けるから……!」
「押しつけてねぇよ! 紛らわしい言い方すんなッ!」
紆余曲折ありながらも、なんとか姉の元へと料理を持っていくことに成功する。
常に不思議そうに俺たちを見ていた姉。
けれど、確たる証拠(生尻)さえ見られなければどうとでも言い訳できる。
「お待たせしました。鴨のコンフィ、オレンジソースを添えて。です」
「ふぁぁっ……! 高級フレンチよ……っ!」
かっこよく料理を出すジル。
その間も常に俺は彼の背後にポジションをとっている。ふつうに考えればかなりおかしい状況だ。
「んぅ〜! 美味しい〜っ!」
けれど幸い、姉はジルの料理に舌鼓を打っていた。こちらを深く観察していない。まごうことなき索敵ミス。
今なら……いける!
「おいジル……! これを腰に巻いておけ……!」
小声で話しつつ、先程キッチンで手に入れた前掛けを彼にわたす。
これを反対につければ、不格好だけれど、尻はどうにか隠せるだろう。
「……これはあまりオシャレではないな……」
「つべこべ言わずにさっさと装備しろ……!」
「……了解」
しぶしぶ前掛けを装備するジル。
よし……これで最悪の展開は防げたはずだ……!
そう安堵した刹那。
姉が肘で、テーブルの端に置かれていた小さなナイフを落とす。
「あっ、ごめん」
ノータイムでそれを拾いに行く姉。
それを俺は、止めることができなかった。
安堵したことによって出来た一瞬の隙。
その隙を、偶然に偶然が重なり、咎められたのだ。
姉の背後で、前掛けをつけようとしていたジル。
その生尻の目の前でナイフを拾おうとする姉。
視線を少しでも上げれば、毛ひとつ生えてない彫刻のような美尻とご対面してしまう。
終わった……。
姉の視線が徐々に上ずる。
死ぬ前の瞬間、景色がスローモーションに見えるとよく聞くけれど、今がその瞬間なのかもしれない。
どう火消しするか考えようとしたその時、信じられない速度で、ジルは姉の肩を掴んだ。
「お嬢様、そのナイフは私めが拾います。どうか席にお戻りになってください」
肩を掴んで、腰に手を回し、くるりと一回転する。
その優雅な動きは、まるでおてんばなお姫様を華麗に嗜める執事のようだった。
尻が丸出しじゃなければマジで完璧だったな。
「じ……ジルしゃまぁ……♡」
目をハートにしたままぐるぐる回して、コテリと尊死する姉。
その隙に、俺はジルの腰に前掛けを装備した。
「「……あ、あぶねぇ……」」
姉が目を回すなか、小声でそう呟く。
こうして、ジルの生尻隠蔽作戦は無事成功した。
せっかくなのでジル編を78話と統合して、ジル編をひとまとめにするかもです。