78話 激戦! 嫁度対決! 【ジル編 前編】
「うぅ……っ」
監視カメラの映像鑑賞会を終え、ベル子はソファーで泣き崩れていた。
理由は説明するまでもないだろう。
「アンタって、シンタローのこと興味ないって言ってたけれど、さっきの甘々な態度は一体どういうこと……? ……胸まで押しつけて……言っている事とやっている事が矛盾してるんだけど」
「べるこ、ぬーぶ。ぐりっち」
「ひぃ……っ!」
ソファーにうずくまり降参のポーズをとっているベル子に対して、奈月とrulerは、陰湿な姑も裸足で逃げ出すレベルの嫌味をぶつけていた。
勝負事において、負けず嫌いすぎる二人のスナイパー。
何が彼女達をそこまで突き動かすのかはわからないけれど、とにかく二人は静かに陰湿に、怒り狂っていた。
「きゃっ! やぅ! やめてくださいっ!」
ベル子の豊満なバストを揉みしだくアジア最強スナイパーと、北米最強スナイパー。
ついに二人のスナイパーは、言葉だけではなく、実力行使にうつってしまった。
一瞬止めようと思ったけれど、奈月に死ぬほどにらまれたのでやめた。こわい。
「この無駄にデカい脂肪を使えば、あそこでニヤついている陰キャゲーマーを落とせるとでも思ったの? 汚いわねアンタ、こんな反則級の代物を使うなんて、本当いい性格してる」
「べるこ、ぬーぶ。ちーと」
「……べつにタロイモくんを落とそうとしたわけじゃ……っ!」
「は? アンタ、好きでもない相手に自分の胸を押しつけるような尻軽女だったの?」
「そ! そんなことありません!」
「ふぅん……。 ruler」
「2N、えんごする」
「ちょっ! 脇腹はらめえっ!!」
ベル子をくすぐり、笑い死にさせようとする二人。
俺が止めるタイミングを見失っていると、先ほどから黙っていたジルが動く。
「やめないか二人とも」
「ジル……! だって……!」
「奈月、ruler、悔しいのなら嫁度対決で勝てばいいだろう。盤外で決着をつけようなどとは、いささかスポーツマンシップにかけるのではないか?」
一番常識が無い奴に諭される二人。
嫁度対決とかいう色物企画をスポーツだと言い張るお前にこそ常識が欠けているよ。と、物申したいところではあるけど、すんでのところで我慢した。
「ふ……フン! 言われなくたって分かってるわ! ちょっとじゃれついてただけよ」
「じるくにふ、ぬーぶ。かんちがい」
しれっとベル子から離れる二人。
じゃれつかれたベル子は「こひゅー……こひゅー……」と、かすれた声を漏らしながらうずくまっていた。
じゃれつく? 拷問の間違いじゃないの?
「姉ちゃん、ベル子の点数は?」
俺は一刻も早くこの企画(戦争)を終わらせるために、ゲームを進める。
すると姉は、探偵のように顎に手をあてて、それらしい雰囲気で語り出す。
「……そうね。お出迎えから料理に至るまで、ベル子ちゃんの嫁対応はほぼすべて完璧に近かったわ。90点あげてもいいわね」
「おお、初っ端からすげぇなベル子。まぁ肉じゃがも美味しかったし、当然といえば当然か」
俺はベル子の方へ向き直り、改めて肉じゃがのお礼を伝えようとする。
けれど。彼女は90点という高得点をおさめたにも関わらず、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……残りの10点、私には何が足りなかったんでしょうか……?」
悔しさを声に滲ませて、ベル子はそう言った。
「え……90点って高得点だよね?」
「タロイモくんは黙っててください」
「えっ、あっ、すみません」
やはりFPSゲーマーには負けず嫌いが多いのかもしれない。
いつもはサバサバしているベル子も、勝負事になると熱くなる。
「強いて言うなら、王道過ぎた……という所かしら」
「王道過ぎた……?」
「みんなのアイドルじゃ、嫁にはなれないのよ。嫁とはすなわち、夫の為だけのアイドルじゃなくちゃダメなの。ベル子ちゃんは確かに嫁度は高いわ。けれどソレだけじゃ上にはいけない。更なる高みを目指すためには、みんなが喜ぶ王道なお嫁さんじゃなくて、シンタローが喜ぶお嫁さんを目指さなきゃいけないの」
彼氏いない歴イコール年齢の姉が偉そうに語る。
アイドル顔負けの人気を誇るベル子に対して、万年男日照りの三十路手前女が諭したって、説得力のカケラもない。
「……なるほど……っ……悔しいですけど、冴子さんの言う通りですね……」
納得しちゃったよ……。
「安心しろベル子。敵はとってやる」
「ジル……!」
落ち込むベル子の肩を叩いて、金髪イケメン(変態)が立ち上がる。
言っておくけどお前が一番安心できねぇからな。
「シンタロー、スタンバイしてくれ。王様の嫁度力を見せてやる」
「……王様なのか嫁なのかはっきりしろよ」
ややこしいジルに的確なツッコミを入れると、彼はブリティッシュな笑みを浮かべて、こう答えた。
「王様であり嫁だ」
「お前歪みねぇな」
急かすジルに背中を押され、俺はまたもや灼熱地獄に放り出された。
* * *
「なぁ……」
「何よ」
「なんで姉ちゃんがここにいるんだよ」
玄関前で待たされるというシチュエーションは、前回と同じだ。
けれど今回は、何故か審査員である姉まで、しれっと玄関前で待機していた。
「じ……ジル様は男でしょ? 嫁度を正確に計測する為には……その……。じょっ! 女性である私の目線も必要だと判断したのよ!」
頬を赤く染めて、姉はそう言った。
彼女はまだ知らないのだ。ジルが女ではなく、男が恋愛対象なのだと。
俺だって、その悲しい事実を伝えるタイミングを、何度も窺っている。
しかし、幸せそうに目をキラキラと輝かせる姉を見ると、どうしても言い出せなかった。
「はぁ……さっさと終わらせるぞ」
「ジル様……一体どんな嫁を演じてくださるのかしら……!」
「……」
ジルには前科がある。
合宿の際、俺を裸エプロンで出迎えるという前科が。
頼むから……頼むから生ケツエプロンは勘弁してくれよ……ジル……っ!
姉が傷つくことは正直もう確定してしまっている。それでも弟としては、なるべく傷つかない形で真実を伝えたいのだ。
半分惚れた相手が裸エプロンで生尻見せてきたことにより、ガチホモだったことを知るなんて、どんだけメンタル強い人間でも一週間は寝込んでしまうだろう。
カチャ。
玄関のドアノブに手をかけると、小気味良い音が鳴った。
頼むぞ……ジル……っ!
俺はお前が、初対面の年上の女性に、自らの裸体を晒す変態ではないと信じているぞ……っ!
「おかえりなさい、クイーン」
無駄なイケボが聞こえる。
俺は意を決して、撃ち合い最強のジルクニフと射線を交えた。