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77話 激戦! 嫁度対決! 【ベル子編】



 姉の狂言により『嫁度対決』とかいうよくわからん企画が決行されてしまった八月下旬。

 俺は、彼ら彼女らの準備とやらのために、気温が30度を超える灼熱地獄(玄関前)に放り出されていた。


「あちぃ……」


 顎に滴る汗を拭う。

 夏休みの課題も終わってないのに、俺はなんで真夏の玄関前で、しかもスーツを着せられて三十分も待たされているんだろう。

 姉に抗議のラインを送ろうとスマホを取り出すと、ぶるるっと端末が振動した。


『入ってきていいわよ』


 無機質なメッセージに「言われなくてもそうするよ」と悪態をついて、玄関を開ける。


「おかえりなさいっ! 旦那様♡」


 瞬間。目を見開く。


 綺麗な亜麻色の髪の毛をさらりと流して、可愛らしいエプロンを着た新妻ベル子がそこにいた。


 エプロンにプリントされている可愛らしいクマさんのイラストは、ベル子のたわわなお胸によって大きくゆがんでいる。


「お風呂にします? ご飯にします? それとも……ワ・タ・シ?」


 あざとく前かがみになる腹黒美少女ユーチューバー。

 大きな瞳は、困惑する俺の顔を映していた。

 豊満な胸、あざとく笑う瞳、ぷっくり膨らんだ唇。

 小悪魔級どころではない、大魔王級の『かわいい』がそこに在った。

 ……姉がどんなルールにしたのかはよくわからないけれど、どうやら今の俺はベル子の旦那という設定らしい。

 そういうことなら仕方がない。これも一種のゲーム。ゲームとあらば、本気で戦うのが俺のモットー。

 演じるしかない。新婚夫婦を。

 乗るしかない。このビッグウェーブに。


「じゃあベル子で」


 曇りなき眼で、俺はそう言った。


「ちょ! 何言ってるんですか! タロイモくん!」

「……何を言ってるんだベル子、今の俺は旦那様だろ?」

「そ……それはそうですけど……」

「それに提案してきたのはお前だろ? 俺はその提案を受け入れ、そして選択した。さぁ、新妻として提供してもらおうか……『ベル子』を」

「うぅ……っ!」


 ぐいぐいと近距離戦を挑む俺に対して、ベル子はまるでパルクールもまともにできないヌーブプレイヤーのようにあたふたとしていた。

 美少女ユーチューバーとして男どもからもてはやされているとはいえ、彼女は男性経験の無いただの女の子。いわゆる処女ビッチというやつなのだ。


「わ……私は高い女なんです! もしそういう関係になるのであれば、月百万円くらいはもらいますからね!」

「月百万……? 安いな。二百万だそう。倍プッシュだ」

「この男……迷いがない……っ!」


 困惑する処女ビッチ対なりふり構わない童貞ならば、軍配が上がるのはムーブにスピードがある童貞の方。

 俺は迷わない。

 ベル子の大きな二つのお山に、俺はエイムを合わせていた。

 じりじりとベル子の方ににじり寄る。


「まぁ……タロイモくんが本気なら……私もやぶさかではないというか……なんというか……」

「……ベル子」


 小声でそうつぶやきながら、可愛らしくもじもじするベル子。

 俺は鈍感系ラノベ主人公の様な索敵ミスは犯さない。きっちりくっきり聞き取った。

 初めてベル子と出会った時からいろいろあったもんな……。チーターと戦ったりファン過激派にボコられたり……。

 その出来事、過ごしてきた時間を鑑みれば、ベル子が俺に対して多少なりの好意を抱いていても不思議ではないのかもしれない。


「それに、タロイモくんがいればいろいろと使え……頼りになりそうですしね。プロゲーマーとして結果を残せばそれでいいし、ダメならジルの会社で馬車馬のように働かせ……働いてくれれば問題ないです」

「ねぇベル子さん、黒い部分出てるよ? 大丈夫?」

「ふぇっ? なんのことですかぁ~?」


 どうやら俺の勘違いだったらしい。

 世の中、鈍感な方がいらない傷を負わなくてすむのかもしれない。


「ご飯用意してますから、行きましょ。ダ・ン・ナ・様♡」

「お……おう」


 先ほどの発言をなかったことにしようとするベル子のムーブを俺は受け入れて、リビングへと向かう。見えない聞こえないが、汚れた世の中を生き抜く為の最善手なのだ。


「……えい」

「ぬぇっ!?」


 リビングの方へ移動しようとした途端、ベル子が俺の右腕にしがみついてきた。


「この方が……その、新婚さんっぽいですよね?」

「まぁ……そうだけど、当たってるぞ」

「当ててるんです! どうです……ドキドキしますか? タロイモくんなんて、私にかかれば簡単に籠絡できるんです! あんまり調子に乗らないでくださいね!」


 先程のマウント合戦では俺に軍配が上がった。ベル子はそれを気にしているのだろう。

 ここぞとばかりに胸を押し付けて、有利なポジションをとろうとしてくる。


 余裕ありげな表情を浮かべる腹黒ユーチューバー。

 けれど、その仕草とは反対に、彼女の耳は真っ赤になっていた。


 ……そんなに恥ずかしいなら初めからしなきゃいいのに……。


 そんなこんなでマウンテンベルコを堪能していると、ベル子の背後、廊下の奥から『カシャコン』と、なぜかスナイパーライフルのコッキングの音が聞こえた。


 ……おかしい……モデルガンは部屋の奥にしまっておいたはず……。

 恐る恐る、ベル子の頭越しに廊下の奥を見る。


「……死になさい」


 Kar98k。

 アイアンサイトで俺にエイムを合わせるアジア最強スナイパーがそこにいた。


「ひいっ!」


 奈月の本気の目を見た俺は、光の速さで土下座ムーブに移行する。

 しかしそれは、物陰から急に飛び出てきた俺の姉によって制止された。


「こら奈月! ルール違反でしょ!」

「でも冴子さん! シンタローがとられうっ!」


 うがうが言う奈月の口を塞ぎ、拘束した俺の姉は、二秒もたたず廊下の角へと消えていった。


「とんでもなくきれいな動きでしたね……まるでタロイモくんの屋内戦を見ているようでした……」

「あぁ……サバゲーとかやったら姉ちゃんめちゃくちゃ強えんじゃねぇか……?」


 姉の思いもよらぬ才能に、感嘆の言葉を漏らしながら、俺たちはリビングの扉を開いた。


* * *


「おまちどうさまです」

「おぉ〜っ」


 五分くらいテーブルに座って待っていると、新妻ベル子はほかほかと湯気のたっている美味しそうな肉じゃがを持ってきた。ご飯や味噌汁も一緒だ。


「三十分しかなかったのにどうやって作ったんだよ……」


 料理を全くしない素人でも、肉じゃがは結構な時間煮こまないといけないという事くらいは知っている。

 俺の純粋な疑問に対して、ベル子は珍しく偉ぶらずに淡々と答える。


「学生でユーチューバーをしながら家事をこなすには時短が命なんです。圧力鍋があれば、肉じゃがだってすぐに作れますよ」


 彼女は洗いかけのゴツイ鍋を、キッチンから両手で持ち上げてこちらに見せる。

 ……ウチにそんな鍋あったのか……。


「流石だな」

「冷めちゃうんですぐに食べてくださいね。あともつかえてますし」

「お……おう」


 テキパキとキッチンで調理器具を片しつつ、ベル子はそう言う。

 先ほどまでの大魔王級のあざと可愛さは鳴りを潜め、どこにでもいるような普通の母親の様な雰囲気を醸し出す彼女。

 今まで腹黒などと散々揶揄してきたけれど、こんな魅力的な女の子が俺なんかの陰キャゲーマーのそばにいるなんて、人生何回リセマラしても足りないくらいの幸運なのかもしれない。

 俺はFPSの神様に感謝をしつつ、両手を合わせる。


「それじゃあ、いただきます……!」

「どーぞ」


 ホクホクなジャガイモを箸で丁寧に掴んで、口に放り込む。


「……うめぇ……」


 ほろほろと旨味がほどけて、そのあと甘味が口いっぱいに広がる。

 目立たないおいしさというか、いぶし銀というか、料理下手な俺には表現しきれないけれど、とにかく旨かった。


 夢中でご飯をかき込み、味噌汁をすする。

 毎日食べても飽きないような『日常』がそこにあった。


「ふふっ、そんなに急がなくてもご飯は逃げませんよ」

「いやマジでうめぇから箸が止まらないんだよ」

「タロイモくんは口がお上手ですね、そんなに褒めても値段はさげませんからね?」

「金とるのかよ……」


 今日もしたたかなウチの斥候は、キッチンを片し終えて俺の隣に座りながら、ぽしょりと呟く。


「……月に三万円で、その……三食毎日作ってあげても、いいですよ?」


 味噌汁を飲む手が止まる。


「そ……それって……」

「……い、今のはなかったことにしてください! あーもうやだやだ! 奈月さんやrulerにあてられっちゃったのかもしれません!」


 こんなの私じゃない……。

 そんなことを小声で呟きながら、ベル子は両手で火照った頬をパタパタと仰ぐ。

 あざといしぐさの合間合間に、見え隠れする純情。

 俺も、彼女のその愛らしいギャップにあてられたのかもしれない。

 ベル子と射線を合わせる。


「まぁ……月三万なら……」


 毎日……作ってもらおうかな。


 そうつぶやこうとした瞬間。


 ガチャ! っと、リビングの扉が開いた。


「そこまでよ! 採点タイムに入るわ!」


 絶妙なタイミングで突ってきた姉。


「お……おい! ノックくらいしろよ!」


 俺の制止も聞かず、それに次いで、奈月やruler、ジルも詰めてきた。


 部屋に入るや否や、鼻をスンスンと鳴らす北米最強スナイパー。


「2N、なんだかこのへや、らぶこめの、においする」


 理論もへったくれもない『なんとなくここにいそうな気がする』それだけで敵の頭に弾丸を最速でぶち込むrulerの絶技『匂いエイム』

 そんな彼女の鼻は、先ほどまでのベル子と俺の恥ずかしいやり取りを的確に嗅ぎ取る。


「奇遇ねruler、私もそんな気がしていたのよ」


 相も変わらずkar98kを装備した奈月は、アイアンサイト越しに俺の頭にエイムを合わせていた。

 人にモデルガンを向けちゃいけないんだぞ! ネットで叩かれても知らないからな!


「き……気のせいじゃないですかね……」

「そ、そうだよな、別に普通に食事してただけだし、何もやましいことはしてねぇよ……」


 世界トップレベルのスナイパー二人に、視線という名の銃口を向けられているベル子と俺は、バツが悪そうにもごもごと弁明した。

 玄関での出来事はともかく、リビングでのムーブは完全に射線を切っていた。

 シラを切り通せば逃げ切れる!


「二人の間に何があったかはリビングと玄関に仕掛けてあった監視カメラでばっちり録画してあるわ!」

「「は?」」

「みんなで鑑賞会をしながら採点を始めましょうか!」


 監視カメラ?

 何言ってんのこの生き遅れ三十路手前女。


「さえこ。いいむーぶ」

「ベル子……結果次第では次の動画のタイトルが『2Nさんとrulerさんに、クラン戦でボコボコにされてみた』になるかもしれないわね」

「べるこ、かくごする」

「ひいいぃ!」


 犬猿の仲であるはずなのに、なぜか意気投合している奈月とruler。


 俺は怯えるベル子を、ただ眺めていることしかできなかった。













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― 新着の感想 ―
[一言] 77話にしてようやくラブコメ要素が…!!
[一言] 日常回だからと舐めてました。 ごめんなさい。とてつもなく面白く、かつ、FPS小説でした。
[良い点] ベル子かわいい! ベル子さいかわ! 家庭的なの一番ベル子でしょ! もうこれ残りの話も全部ベル子でいいんじゃない? [気になる点] ラブコメの匂いうちにはしてないです なんででしょう [一言…
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