76話 激戦! 嫁度対決!
キリが悪かったので、77話と76話を統合しております。
「ruler……っ! なんでお前がここに!」
先日、俺のVoV移籍を賭けて公式大会決勝で戦ったdiamond ruler。
彼女は玄関の前で、黒くて大きな日傘をさしながら、こちらを見つめていた。
「しんたろ、やくそく」
北米最強スナイパーは、頬をぽっと赤く染めて呟く。
「約束……?」
「みち、おしえた。なんでもいうこときくって、いった」
「…………あ」
予選最終ラウンド。
ベル子のファン(過激派)にボコボコにされた後、俺は満身創痍で試合会場に向かった。
意識が朦朧とする中、遅刻して不戦敗になりそうなところをrulerに近道を教えてもらい、無事最終ラウンドに出場することができたのだ。
「お礼はするって言ってたような気がするけど、なんでもするとは……言ってないような……」
「……なんでもするって……いった」
俺が彼女の言葉を否定しようとすると、rulerの真っ赤な瞳がうるうると滲む。
「わかったから泣くなって……! ジル、家に入れてやれ」
「御意」
ジルに促されて、日傘をしまい、玄関を跨いでトテトテと俺の方へやってくる。
「しんたろ、いいにおい」
スンスンと、俺のTシャツの匂いを嗅ぐ真っ白な美少女。
彼女の奇行にもだんだん慣れてきてしまっている自分に若干嫌気がさす。
「わたし、まちがってた」
胸の中の彼女は、少し悲しそうに言う。
「……こたえは、シンプル。わたしが、しんたろのものになればいい、それだけだった」
「な……何を仰っているんですか? rulerさん?」
彼女は俺のお腹にぎゅっと抱きついて、宝石のような真っ赤な瞳をこちらに向ける。
幻想的で、造り物のような際限のない美しさ。
その美しさに飲み込まれそうになるけど、なんとか堪える。
「わたし、しんたろのものになる。みも、こころも、えっちなことも、がんばる」
「ねぇマジで何言ってんのこの子?」
北米スナイパーの突然の性奴隷宣言にひどく困惑する。
「ruler……貴様許さんぞ! クイーンの恋の奴隷は俺だけだ!」
黙っちゃいられないと、大声をあげるジル。
こいつの言動にも遺憾の意を表明したいところだけれど、この際仕方がない。
目には目を、歯には歯を、変態には変態をあてがわなければならないのだ。
「おしりはきんぐにあげる」
「……ふんっ、ならばよかろう」
「何がよかろうなんだよ! ふざけんな!」
共鳴する変態。
完全に俺のオーダーミス。
変態が二乗されたことにより、さらに危険度が増してしまった。
勢いを増した二人の変態を前に、どうしていいかわからずうろたえていると、リビングの方からガチャリと音がする。
「……なんでアンタがここにいるのよ」
「……2Nには、かんけい、ない」
数日ぶりにあいまみえる龍虎。
「ruler、アンタは私に負けたのよ。さっさと消えなさい。負け犬」
「2N、ぬーぶ、しんたろにたすけられただけ、いったいいちなら、わたしのかち。どろぼうねこ」
「どっ……泥棒猫はアンタの方でしょ!」
バッチバチに睨み合う両者。
二人の斜線の間に晒される俺。
背中にじわりと汗が滲む。
「まぁ……落ち着けよ奈月」
「落ち着いていられるわけないでしょ! こいつは性懲りもなくシンタローをさらいに来たのよ!?」
「さらいにって……別にただ遊びにきただけだろ。な?」
「さらいにきてない、さらわれにきた」
「ほら!」
キーキーとキャットファイトを繰り広げる二人。
彼女らをどうにかなだめようとおろおろしていると、またもやリビングのドアがガチャリと開く。
「あなた達、玄関で騒ぎすぎよ。騒ぐならリビングで……」
ドアから顔を覗かせた俺の姉。
雨川冴子。
彼女は年甲斐もなく頬を染め、俺の背中の向こう側を見つめている。
「やだ……っ! イケメン……っ!」
姉はジルを見つけたや否や、まるで少女漫画のヒロインのように胸の前で手をくんでそう言った。
「ちょっとシンタロー! こっちにきなさい!」
「なんだよ……っ!」
姉に首根っこを掴まれてリビングに引きずり込まれる。
そんな俺を見て、先ほどまで決勝戦ばりの戦いを繰り広げていた奈月とrulerは、口をポカンと開けていた。
「何よあのイケメンは!? 知り合い!?」
「知り合いというか……まぁ親友ってやつだよ」
「……アンタみたいなもやしの親友が、あんな王子様みたいなイケメンだなんて……世の中わからないものね……」
失礼な姉である。
「それで、名前は!?」
「……国木田礼央、みんなジルって呼んでる」
俺がそう言うと、時代遅れの少女漫画のように目をハートにする。
いちいち表現が古い。
「ジル様……なんと麗しい名前……っ! それにあの容姿……家柄も良いに決まってるわ!」
「まぁ……たしかにジルの家はお金持ちだな。あいつの父親ファッションデザイナーの社長だし」
「た……っ! 玉の輿っ!」
「言っとくけど、ジルは」
「ジル様ーっ!」
俺の制止を無視して、姉はジルの方へ駆ける。
姉がジルに告白したところで、結果は火を見るより明らか。なんせ相手は異性に興味がないガチホモなのだ。好きや嫌いというよりも、彼はそもそも異性に対して恋愛感情を持たないのだ。
あの残念すぎる三十路手前女は精神的ダメージに弱い。ジルにこっぴどく振られれば、酒に溺れながら3日は寝込むはず。
最悪の結末にだけはならないよう祈りつつ、恐る恐る玄関の方を覗き込む。
「じっ、ジル様、わっ……私、あの愚弟の姉。しゃ……っ冴子と申します。二十八歳独身、どうぞよろしくお願いしましゅ……!」
「うわぁ……」
イケメンを前に緊張しているのか、ものすごい気持ち悪い噛み方をする姉。
見た目は美人なのに貰い手がいない理由を垣間見た気がした。
そんな三十路手前女に対して、ジルは柔らかな笑みを浮かべて優しく対応する。
「シンタローのお姉さん……貴方が冴子さんでしたか、挨拶が遅れて申し訳ありません。国木田礼央と申します。お気軽にジルとお呼びください」
ガチホモ加減を出さなければ、ジルは普通に紳士でイケメンだ。
そんな彼を見た男日照りの姉は。
「じっ……ジルしゃまぁ〜っ!」
呂律が回らないほどデッレデレになっていた。
「ジル様! リビングでわたくしとお茶しましょ! ティータイムしましょ!」
「ハハッ、いいですね。僕たちの将来について深く語り合いましょう」
「しょ……っ、将来っ!?」
「……冴子さんと僕は、いずれ家族になる間柄ではないですか。堅苦しいのは無しにしましょう」
なんだか微妙に噛み合ってないような気がする。
「家族っ!?」
「イエス、家族です」
「こっ……子供は何人がいいですか……?」
「星の数ほど」
「日本の少子化問題解決しちゃうよぉ……っ!」
いや確実に噛み合ってないな。
「わっ……私にもついに春が……っ! しかもイケメン! お金持ち! 玉の輿っ! この日の為に幾多の合コン婚活パーティーで爆死してきたのね……!」
ボソボソと呟きながら、全力で明後日の方向へと勘違いする姉。
可哀想に……ジルがガチホモだと知った瞬間、豆腐メンタルの姉の心は原型もとどめないくらいに破壊されてしまうだろう。南無三。
そんな姉の様子を、じっと見ていたrulerが、フローリングをぺたぺた歩きながら、姉の元へ歩いていく。
なんだか嫌な予感がする。
「あなた、しんたろの、あね?」
「え……えぇ、そうよ」
俺の方へ目配せをする姉。
えっ、何この子、引くぐらい可愛いんだけど、しかも真っ白なんですけど?
と、目は語っていた。
まぁたしかに見た目は可愛いよな。性格はちょっとアレだけど。
「しんたろ、ください。だいじにします」
「く……くれったって、大事な家族だし……」
rulerの突飛な提案に困惑する姉。
当たり前だ。突然家族をくれと言われても、対応に困るだろう。
そんな姉に、rulerはスマホをたぷたぷつついて、画面を見せる。
「おかね、これだけあげる。わたしのぜんぶ」
「えっ……いち、じゅう……ひゃく、せん……!」
スマホの画面に表示された単位を数えながら、鼻息を荒くしている三十路手前女。
「……お嬢ちゃん名前は?」
「……ルナ」
「そう……ルナちゃん」
姉の目は、もうすでにドルの文字に変わっていた。
「ルナちゃん、ウチにお嫁に」
「ちょっと冴子さんっ!」
金に目が眩んだ姉を制止したのは、意外にも、俺と仲が悪すぎる幼馴染みだった。
「どうしたのよ奈月……ルナちゃんがお嫁にくれば、私は愚弟をルナちゃんに任せて、ジル様と幸せな家庭を……」
「冴子さんは知らないと思いますけど、この白いのは本当にやばい奴なんです! お嫁さんに必要なスキルが備わっているとは到底思えません!」
「で……でも、お金持ちだし……」
「冴子さん、いいんですか? この白いのは冴子さんに微塵も興味ないですよ? 老後とか、シンタローばかりにかまけてお世話してくれませんよ? 冴子さんも寂しい余生を送りたくはないですよね?」
「ろ……老後!」
姉の背後にピシャリと雷が落ちる。
だからいちいち表現が古いんだって……。
「2N、しつれい。ちゃんとおせわする。しんたろが」
「俺がかよ」
「ほら! こいつはダメです! 理性的でシンタローのことをちゃんと深く理解している人をお嫁さんに選ぶべきです!」
「ほう……やはり俺が適」
「ジル、話がややこしくなるから静かにしてような」
ぶつぶつ呟きながら俯く姉。
自分の息子に老後をどうにかしてもらうという選択肢がでないあたり、この姉の心には深く独身根性が根付いているんだなと再確認した。可哀想に。
「決めたわ」
ばっ! っと勢いよく顔をあげて、姉は訳のわからないことを口走る。
「これより、シンタローお嫁さん決定戦、嫁度対決を開催します!」
「はぁ!?」
「男であろうと女であろうと、強いものが番を手に入れるのは自然の理なのよ。よってあなた達には戦ってもらうわ! 蠱毒のように! 最強のお嫁さんを選抜するのよ!」
* * *
姉の狂言により、ウチの無駄に広いキッチンに並ぶ四人のヒロイン達(内一人はガチホモ)
奈月は何故か恥ずかしそうに。
rulerとジルは自信あり気に。
ベル子はやれやれと言った具合で姉のルール説明を聞いていた。
「か……勘違いしないでよねっ! 別にシンタローのお嫁さんになりたいわけじゃないから! rulerに負けたくないだけなんだから!」
聞いてもいないのに顔を真っ赤にして否定する奈月。
いくら俺のことが嫌いだからってそこまで怒らなくても……。
そんな奈月を見て、ここぞとばかりにツッコミを入れるruler。
「2N、すでにあいがたりない、ぬーぶ」
「っ! あ……愛が無いとは言ってないじゃない!」
「じゃあ、しんたろ、すき?」
おいおい……そんな聞きにくい質問すんなよ……。
本当は好きでもないのに空気を読んで、曖昧な回答をする女子の一言ほど、男子を傷つける発言はねぇんだぞ……。
「べ……べつに嫌いじゃないわよ……」
俺の方を気まずそうに見つめながら、仲が悪すぎる幼馴染はそう答えた。
ほらね、とっても心が痛い。
「わたしは、しんたろすき。だいすき。かち」
「る……ruler……!」
「あいがないのに、よめどたいけつ、するひつようない。2N、しっかく」
「はぁっ!?」
「奈月さん安心してください。世の中の夫婦というものには大抵愛がありません。勢いで結婚したものの、金銭的に別れられないのでみんな夫婦やってるんです」
「ベル子落ち着け。黒い部分が出てるぞ」
「失礼しました」
姦しい彼女たちを尻目に、俺の姉は怪訝そうな顔をして、ジルの方を見つめていた。
「……ところでジル様は何故そちらに……?」
男でありながらお嫁さん決定戦に堂々と参加するジル。
姉はまだ、彼がガチホモだということを知らない。
「冴子さんと僕は近い将来、食卓を囲む仲になるでしょうからね。なるべく早く僕の味に慣れていてほしいんです」
溢れんばかりのイケメンスマイルでジルはそう言った。
「そ……そんな! 悪いです! ……ジル様のお食事は私が……っ!」
紛らわしいガチホモのセリフに、全力疾走で勘違いする姉。
「ノンノンノン。今の時代、男が家事を手伝うのは当たり前です。冴子さんだけに苦労はかけられませんからね」
「イケメンっ! イケメンオーラがとどまるところを知らないわっ!」
「お互い助け合わなければいけない。家族なら当然のことです」
「か……家族……! そっ、それなら、仕方ないですね! ジル様の参加を認めましゅ!」
目をとろんとさせて、呂律まで回らなくなるほどほだされている独身二十八歳の姉。
ここまでくるともういっそ哀れだ。
乱れた前髪を直しつつ、こほんと喉を鳴らして姉は続ける。
「勝負の内容は至ってシンプル。お出迎えからご飯、そして就寝まで、如何に嫁度が高い対応をするかで採点するわ!」
「採点基準は?」
「私の独断と偏見よ!」
「……姉ちゃん、嫁でもないのに採点できんの?」
「っ……! できるし……? ドラマとかでよく見てるし? 妄想とかしてるし?」
「うわぁ……」
妄想というあまりにもかわいそうな単語に、俺は思わずうめき声をあげた。
「冴子さん、その……もし仮に、嫁度対決で優勝した場合……景品とかってあるの……?」
どもりながら奈月が質問すると、姉は意気揚々と返答する。
「優勝景品はもちろん! シンタローよ!」
「しんたろ、わたしのもの」
「タロイモくんが居ればお金には困らなさそうですね」
「ふ……ふんっ! 私は別にいらないけど、勝った結果、勝った結果どうしても貰わなければいけないっていうのなら、貰ってあげてもいいけど!」
「おい待てコラ」
血の繋がった弟を軽々しく売ろうとする姉の肩を掴む。
すると姉は、みんなには聞こえないような小声で、耳元で囁く。
「……いいじゃない別に、こんなにも可愛い子たちがアンタみたいな隠キャゲーマーのことを好いてくれるなんてそうそうないのよ? ここらで決めとかないとあとあと大変なんだからね? お姉ちゃんみたいになりたくないでしょ?」
三十路手前になっても彼女いない歴イコール年齢。毎日仕事に没頭し、浮いた話なんかひとつもない。満たされない感情、やるせない感情をどうにかする為、恋愛映画を見漁って鬱憤を晴らす。
「た……たしかに姉ちゃんみたいにはなりたくねぇな……」
「いやちょっとは気を使いなさいよ!」
奈月やベル子が俺のことを好いているかどうかは甚だ疑問だが、少なくともrulerとジルは俺に好意を持ってくれていることはたしかだ。
いつまでも物事をネガティブに捉えていては姉のようなかわいそうな境遇に陥ってしまう。
兵は拙速を尊ぶ。
早めの判断はバトロワ系FPSの鉄則。
速さこそ強さなのだ。
「わかった……景品が俺であることを認めよう。ただし、一日だけだからな! 一日たったら終わりだ!」
大きな声でそう言うと、嫁度対決とかいう謎の戦いに巻き込まれてしまった四人は、口々に俺の使い道を吐露した。
「いちにち、じゅうぶん、こどもつくれる」
「一日あれば庭の草刈りはできますね。動画も撮れますし」
「ちょ……ちょうど新しい服が欲しかったから、荷物持ちに使ってあげるわ! ありがたく思いなさい!」
「シンタロー、近場に良いサウナを見つけたんだ。ここらで疲れを癒しつつ裸の付き合いと洒落込もうじゃあないか」
いつも通り本能赴くままに生きるruler。
何故か少し頬を染めるベル子
早くも俺を奴隷扱いしようとする奈月。
そして変態。
彼女らが何をしでかすか、想像するだけでも胃が痛い。
「さあ! くじびきを引いて! 順番を決めるわよ!」
自分の事じゃないのに妙にはりきる姉を尻目に、これから起こるであろう受難を想像して、俺は大きなため息を吐いた。