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75話 世界最強の姉(笑)

いつも感想書いてくださっている方、本当にありがとうございます。執筆の励みになっております。書籍の作業の関係で、更新が遅れることもありますが、皆様に面白い物語をお届けできるよう頑張ります。



 階段を降りると、玄関の方から姦しい声が聞こえてきた。


「あら奈月、久しぶり」

「冴子さん! お邪魔してます!」

「ちょっと大きくなった? 綺麗になったわね」

「……そんな、冴子さんほどじゃないです……」


 あのジャックナイフウーマン奈月が、まるでとろけきった猫のように、俺の姉『雨川 冴子(あめかわ さえこ)』に甘えている。ゴロゴロとノドを鳴らす音が今にも聞こえてきそうだ。

 昔から奈月は、姉にだけはあのような態度をとる。

 俺たちより十歳も年上、一人っ子の奈月からすれば、たとえ目つきの悪い三十路手前おばさんだったとしても威厳ある女性のように映るのかもしれない。


「そういえばシンタロー、えふぴーえすの大会? の動画見たわよ。ああいうゲームはよくわかんないけど、日本で一番になったんでしょ。やるじゃない」

「……べつに、大したことじゃねーよ……」

「素直じゃないわね。昔みたいになでなでしてあげようか?」

「いっ! いらねーよっ!」


 仕事であまり家に戻れない姉は基本寝不足でいつも機嫌が悪い。

 しかし今日は、寝不足にも関わらず、若干機嫌がいいようにも感じる。

 例の件が上手くいったのかもしれない。

 

「そういや姉ちゃん、婚活パーティー上手くいったの?」

「……っ」


 俺がそう聞いた瞬間。姉の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「えっ……あ、ごめん」


 一筋のしずくを見れば、婚活パーティーの結果は聞くまでもなく理解できた。


「なんでなの……なんで誰も私とお話ししてくれないの……っ! すべらない話めっちゃ用意してたのに……っ!」


 パンツスーツをくしゃくしゃにして、婚期に焦りむせび泣く俺の姉。

 周りからは美人だと言われる姉だが、仕事一筋に生きていたせいか、この歳になってもまともに彼氏ができたことがない。

 彼女いない歴イコール年齢というくくりでは、俺もその部類に入るんだけど、三十路手前の姉と、青春真っ盛りの高校生とじゃ、事の重みが違う。


「冴子さんは綺麗すぎるから周りの男は寄りづらいんですよ……! ほら! 高嶺の花みたいな……っ!?」

「ぐす……っ! 私綺麗……ほんと……?」

「本当です! 私なんかよりずっと綺麗で可愛いです!」

「……えへへっ」


 あの奈月が全力で人を慰めている。

 十歳年下の女の子にあやされる三十路手前の婚期に焦る女。

 文面だけ見れば情けないことこの上ない。


「そうよ……! 私はシンタローを立派な社会人にするまでは結婚なんてしてられないのよ! 可愛い弟の為に、自らを犠牲にしてるのよ! 仕方がないことなのよ!」

「そ……っ! そうです! 冴子さんえらいっ!」


 奈月に慰められ、なんかよくわからん理論で復活する姉。弟的にはありがとうございますと伝えたいところだけど、俺の将来より姉の将来の方が心配である。たぶん、天国の父さんと母さんもそう思っているはずだ。


「あっ、そういえばシンタローにお客さんが来てるわよ」

「……へっ?」


 泣きじゃくっていた姉は、元のクール(笑)な状態に戻り、ドアノブに手をかける。

 俺にお客さん……? 誰も呼んだ覚えはないんだけど……。


 玄関を開けきるのと同時に、聞き覚えのある甘ったるい声が聞こえてきた。


「お邪魔します。タロイモくんっ」


 亜麻色の髪の毛をお洒落にセットして、服装にも妙に気合が入っているベル子がそこにいた。


* * *


 ベル子と奈月をリビングに、招き入れる。

 テーブルに座っている俺たちの間には、なぜか若干気まずい空気が漂っていた。


「いつ呼んだのよ?」


 先ほどまでの甘えモードはどこ吹く風。とんでもなく低い声で奈月がボソリと呟いた。


「いや呼んでませんって……っ!」


 奈月の声が聞こえたのか、ベル子が何故か恥ずかしそうに説明をはじめる。


「今日はその……お礼しにきたんです。ほら、例の44キル動画、昨日で一千万再生突破したので」


 高級そうな菓子折りを、テーブルの上に置く彼女。

 高校生限定とはいえ、あのモンスタータイトル『RLR』の公式大会だ。優勝という成績を収めれば、いやでも注目される。

 それに、観戦者たちが最も心動かされたムーブを選ぶ投票。通称『ベストエンタメムーブ』で、ベル子の『SGモク作戦』が数あるムーブの中から選ばれたのだ。

 今やベル子は、ルックスだけが売りのユーチューバーじゃない。

 実力のある、日本を代表するストリーマーなのだ。


「タロイモくんのおかげで、動画全体の再生数もかなりのびています。登録者数ももうすぐ二百万人突破しそうですし、本当になんとお礼を言っていいか……」


 しおらしくそう言うベル子に、俺は思った事をそのまま告げる。


「お礼も何も、動画が伸びたのも大会で活躍したのも、全部ベル子が頑張ったからだろ? あんだけの索敵スキルもってんのに今まで人目につかなかったのがおかしいんだよ。あ! 他チームからスカウトがきたらちゃんと俺に相談しろよな! ソロで練習試合挑んで俺がちゃんとお断りしてやるから」


 この前の大会の動画がさらに拡散されれば、俺たちみたいなアマチュアチームよりもっと規模の大きいプロチームから、ベル子に対してスカウトがかかる可能性がある。

 もちろん、ジルと奈月も例外じゃない。

 奈月とrulerの『かち合い弾』や、ジルとgrimeの『王様と皇帝の撃ち合い』も同じくらい注目されているのだ。

 とにかくそういった引き抜きが起きた場合、どちらのチームに在籍していた方が、彼ら彼女らの為になるか、証明する必要がある。

 ソロで練習試合挑んでフルボッコにする。そうすれば、プロチームといえど流石に引き下がるだろう。

 いつもはそういった荒療治は嫌いだけど、大事なチームメンバーを引き抜こうとする輩に、穏便な手段はとってられないのだ。


「……私が他のチームに行くわけないじゃないですか。ほんと、タロイモくんは、タロイモくんですねっ!」


 少し涙目になりながら、彼女はころころと笑う。

 彼女の努力が報われた感動の場面。けれどそこに、先ほどまでお茶をついでいた婚期逃しがちな姉が割り込んでくる。


「なーにアンタ、いつからこんな可愛らしい子捕まえたの?」

「べっ……別に捕まえてねぇよっ!」


 急に割り込んできた姉に対して、ベル子があざとく小首を傾げて尋ねてくる。


「先ほどからタロイモくんとかなり親し気ですけど……この綺麗な方は……?」

「……俺の姉ちゃんだ」


 俺の返答に対して、彼女は目を点にしている。


「……失礼ですが、血縁関係は?」

「残念ながら繋がってる」


 心底不思議そうな顔で、俺と姉の顔を見比べるベル子。お、俺だってそんなに顔は悪くないはずだ。目のクマとかさえなければたぶんイケメンだ。たぶんな。


「タロイモくんがその辺の石ころだとしたら、お姉さんはダイヤモンドですね」

「えっ、お前さっきの感動的なやりとり忘れたの? 失礼が過ぎない?」


 この世の不思議を見つめるように、俺の顔を覗き込むベル子。小声で『本当に同じ遺伝子でしょうか……?』と、呟いている。失礼ここに極まれりだ。


「あらあら、ベル子ちゃん……だっけ? 嬉しいこと言ってくれるわね。シンタローを奴隷にできる券を一枚進呈するわ」


 こうなってくるとウザいのは俺の姉だ。

 クール気取ってるくせして褒められると秒でのぼせあがるのだ。

 まったく同じ遺伝子だとは思えないな、もっと慎みを持ってほしい。


「あっ! ありがとうございます! 庭の草むしりどうしようか悩んでたんで使わせていただきますね!」

「あれ? 俺の人権は?」

「姉の権力の前には、弟に人権なんて存在しないのよ。ひれ伏しなさい」


 脂肪の塊をゆっさゆっさと揺らしてふんぞり返る姉。

 うぜぇ……。

 さっきまでわんわん泣きわめいてたくせに……。


「……そんなんだから彼氏できねぇんだよ」

「ぴぇ……っ」


 姉の地雷を容赦なく踏み抜く。

 すると、秒で彼女の涙腺ダムは決壊した。


「っ……ひっぐ……っ! 奈月ぃ……っ! シンタローが言っちゃいけないこと言ったぁ……っ!」


 鼻水たらしながら奈月に縋りつく美人(笑)な姉。


「アンタ! 言っていいことと悪いことがあるでしょ! 冴子さんに謝りなさい!」

「そうです! タロイモくん最低です! タロイモです!」


 女性陣から一斉に非難を浴びる。

 結託した女子はとてつもなく大きな力を生む。それを小学校で学んでいた俺はすぐさま土下座の体制をとろうとするけれど、今日二度目のチャイムがそれを制止した。


「おっと、今度こそ密林さんかな?」


 女性陣の針のような視線から逃れるように、玄関に向かう。

 なんにせよグッドタイミング。

 お届け物を受け取ってそのまま二階にフェードアウトすれば、後は女の子同士……いや、一人おばさんが混じってるけど、仲良くやるだろう。


「お待たせしましたー」


 ガチャリと玄関を開ける。それと同時に、またもや聞き覚えのある声が聞こえる。


「待たせたな、クイーン」

「いや待ってねぇよ」


 俺の親友であり、ガチホモであり、そして変態がそこにいた。


「なんかさみしかったから遊びに来たぞ」

「お前は病みかけのメンヘラ彼女か」


 いつものやりとりを親友としていると、ジルの背後から、鈴の音の様な声が聞こえた。


 真っ白な肌に、銀色の髪の毛、真っ赤な瞳。

 先日行われた公式大会で、俺たち四人をたった一人で半壊にまで追い込んだ北米最強のスナイパー。


「しんたろ、あそびに、きた」


 Diamond rulerが、そこにいた。









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