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73話 Diamond ruler vs 2N 【後編】




 毒ガスが全身を包みこむ。

 HPバーがガンガン削れていく。


 必ずrulerは窓を覗く。

 その瞬間を、逃すわけにはいかない。


 rulerにとっての最善は、最速で私を撃ち殺し、シンタローが屋内に入ってくる前に倒すというムーブ。

 ので、いまさら一階に降りてシンタローを迎撃するようなムーブは時間的に厳しい。

 もし間に合わなければ、屋内戦が大得意の世界最強と一番ダメなタイミングで出くわすことになる。


「さっさと覗きなさいよ……っ!」


 一秒が長く感じる。

 マウスを握る手が汗で滲む。

 rulerに私の居場所は割れていない。対してこちらは敵の頭が出てくる位置まで予測できている。

 最速でも、私に射線を合わせるのに三秒はかかるはずだ。

 三秒もあれば頭を抜くのはたやすい。

 必要なのは速さじゃない、正確な狙撃。


「ふぅ……」


 大きく息を吐く。

 あと七秒ほどで、私のHPは尽きる。逸る気持ちを押し殺して、その時をじっと待つ。

 押さえつけた気持ちと比例して、時間が圧縮されたような気がした。


 覗け……っ! 覗け……っ! 覗け……っ!!


 呪詛のように念じる。

 この一撃で、すべて決める。


「……ッ!」


 かすかに窓枠から覗いた、真っ白な頭。

 赤い瞳が、八倍スコープの先で怪しく光る。


 目が合った……ッ!


 スコープ越しに目が合う。それはすなわち、射線がお互いに通ったということの証明。

 私にヘッドショットを決められた瞬間から、Diamond rulerは予測していたのだ。

 射線の角度、音と弾が着弾するタイミング。スナイパーとしての嗅覚。

 どうやったかは分からないけれど、とにかく私の居場所を、彼女は予測していた。

 三秒という最速を、いともたやすく縮めてくる。北米最強のスナイパー。


「それでも私の方が速い!」


 0,2秒でスコープと着弾地点の偏差を計算。

 rulerの頭の遥か頭上にレティクルを合わせて、引き金を引く。


 ズガンッ! と轟音をたてて、弧を描きながら弾丸が飛んでいく。


 完璧……っ!

 エイムも、偏差も、速さも、すべてにおいて完璧。絶対に当たるッ!!

 これで……シンタローが遠くに行かなくてすむ……っ!


 しかし、万感の思いを込めた弾丸はrulerの頭に当たる少し手前で、火花を散らして進行方向を変える。


「嘘……でしょ……!?」


 スナイパーライフルの弾丸が途中で起動を変えるなんて普通なら有り得ない。

 弾丸の軌道を、現実に限界まで近づけた『RLR』ならではの現象。


 かち合い弾(シャーリングバレット)


 文字通り、互いに放った銃弾が空中でぶつかり、軌道を変える現象。

 サブマシンガンなどの連射速度の高い武器が、互いに近距離で撃ち合った場合にごく稀に起こると、シンタローが言っていたような気がする。

 けれどスナイパーライフル同士で、それもこんな大舞台で、かち合い弾が起きるなんて聞いたこともない。


 一瞬うろたえてしまうけれど。すぐさまコッキングして次弾を装填する。

 偶然に決まってる、弾丸に弾丸を狙って当てるなんて不可能だ。


「……!」


 スコープを覗く。

 また、あの赤い目と目が合う。


「速い……!」 


 一瞬。


 ほんの一瞬、うろたえてしまった。

 その一瞬が、こと狙撃の速さにおいては右に出るものがいないDiamond rulerに、反撃のチャンスを与えてしまう。


 エイムを合わせようとするけれど、間に合わない。


 来る。世界最速の超高速エイム(クイックショット)が。


 ヘッドを抜かれると覚悟した瞬間。

 rulerがエイムの矛先を変える。


 勢いよくはじけ飛ぶ窓枠。

 あとから聞こえてくるこの銃撃音は、SMG Vector。


 シンタローの愛用武器。


 かち合い弾という予測不可能な現象が起きたその直後、シンタローがrulerに対して攻撃を加えたのだ。

 高低差がある屋内と、遮蔽物が何もない平地。

 撃ち勝てるわけがないのに、シンタローが勝負を敢行したその意味。


『お前なら勝てるよ、rulerに』


 試合前に放った彼の言葉が、フラッシュバックする。

 無慈悲にも、ガションと、M24が火を噴いた。


「シンタローっ!」


 今大会、敵チーム総勢四百人。予選も入れれば万を超えるRLRプレイヤーが、誰一人として落とせなかった世界最強。

 私の幼馴染の名前が、初めてキルログに表示された。

 石橋をたたきに叩いて、壊して新しく作り直すくらい慎重な彼が、自らの命を捨てて、私に狙撃のチャンスを与えてくれた。

 シンタローは、信じ切っているのだ。


 私が、rulerに撃ち勝つと……。


「……っ!」


 シンタローが命がけで稼いでくれたこの時間を、死んでも無駄にしない。

 HPバーがミリにさしかかるころ、私は息を止めた。


 景色がゆっくり動く。

 急いで遮蔽物に隠れようとするrulerが止まっているように見えた。

 スポーツ選手によくある、ゾーンというやつなのかもしれない。


 正真正銘。最後の最後。


 この一撃で、すべてが決まる。


 ベル子、ジル、シンタロー、みんなの思いがこの引き金にかかっている。

 私みたいな自分勝手な人間を、最後まで信じてくれた仲間たち。

 今ならわかる。

 シンタローが私に伝えたかったこと。


 みんなと一緒にゲームをするという意味を、私はいま、これ以上ないくらい実感している。


 意識はさらに加速して、髪の毛一本に至るまで、神経が通っているような気さえした。


 私は、シンタローを追いかけるためにFPSをしていた。

 けれど、今はそれだけじゃない。


「私は行く。みんなで世界に」


 こんな楽しいゲーム、やめられるはずがない。


 偏差を計算、レティクルを合わせて、引き金をひいた。


 銃口から放たれた弾丸は、大きく弧を描いて、私たち四人の想いを乗せて、最後の敵であり最大の敵であるDiamond rulerの頭めがけて飛んでいく。


 rulerは隠れられないと悟ったのか、負けじと最後の力を振り絞り、撃ち返してくる。

 けれど、私の方が速い。


 すべてにおいて、私の方が速かった。


 シンタローは絶対に渡さない。私たちは四人で一つなのだから。


 脳漿をまき散らして、北米最強のスナイパーは沈む。

 少し経った後、耳元を彼女の放った弾丸が掠めた。


「これで勝ちなんて、そんな情けないことは言わないわ」


 Last Winnerの文字がデスクトップに表示された。



「世界大会で、決着をつけましょう」



 そうつぶやくと、私はヘッドセットを外す。


 割れんばかりの歓声が、鼓膜を揺らした。








公式大会編が予想以上に長くなって困惑している作者です。(本当は五十話くらいで終わらせる予定だった……)

今後の展開は、ちょっぴり日常編をやって、日本リーグ編に入ると思います。

若干ラブコメ色が強くなるかも……?

よければブクマ、評価ポイントを入れてくれるとすごくうれしいです。

新作も近々発表する予定なので、そちらもぜひよろしくお願いします。

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