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72話 Diamond ruler vs 2N 【中編】





 rulerへの奇襲狙撃から、四十秒前の事。




「ふぅ……」


 三階建ての廃屋の上で、大きく息を吐く。

 背後から毒ガスがどんどん迫ってきているけれど、不思議と焦燥感は無い。


 ログにベル子の名前が表示された時点で、SGモク作戦は失敗に終わったことは容易に推測できた。

 次は私が仕事をする番。ジルはあの鮮血の皇帝を落とし、ベル子はGGGを壊滅させ、さらにはVoVを半分削ったのだ。

 北米最強スナイパーくらい、撃ち勝たないと割に合わない。

 ジルとベル子、そしてシンタローが作り出してくれたこの状況を、無駄にはしない。


「……!」


 遠くからガションと、M24特有の銃撃音がした。

 rulerが街中での狙撃。撃つということは当てられる場所にシンタローがいるということ。

 ……撃ち返す音は聞こえない。

 反撃はしないという選択。

 なら……次、シンタローなら。


「私の射線が通る場所まで、rulerを誘導する」


 確証は無いけれど、漠然と、そうするような気がするのだ。

 今まで何万ゲームとシンタローと一緒に戦ってきた。その幾多の経験が、未来予知とも呼べる連携を可能にしているのかもしれない。


 フェーズ6の安地が決まった瞬間に、駆けだす。


 rulerを倒す為には、まともに撃ち合うなんて選択肢選べない。

 化け物級の嗅覚を持つあいつのことだ。ただ強ポジに芋るだけのムーブじゃ、簡単に読まれてしまう。

 射線が交われば、勝率は五分五分。

 勝つ確率が五十パーセント……冗談じゃない。負ければシンタローがVoVに移籍してしまうのだ。

 勝たなければいけない。絶対に。


 必要なのは、真っ向からの撃ち合いじゃない。

 意識外からの一撃必殺。

 七百メートル越えの狙撃を成功させる、エイム力。


「信じてるわよ、シンタロー」


 そう呟いて、少し経てば毒ガスに飲まれるであろう廃屋の屋根の上に伏せる。


 安地外であればあのDiamond rulerの嗅覚をもってしても、そう簡単に感知されないはずだ。


 息を止めて、その時を待つ。

 次の戦闘で、すべてが決まる。


「あいつは十年以上前から私の幼馴染なのよ。絶対に誰にも渡さない」


 シンタローと出会った時のことは、今でも鮮明に思い出せる。



* * *



「ねぇ……なんでないてるの?」


 引っ越してすぐ。

 近所の公園へ遊びに行く道中で、迷子になってしまった私に、声をかけてくれた優しい少年。

 それがシンタローだった。


「うっ……ひぐっ……おうちわかんなくなっちゃった……っ!」

「……迷子か……うーん、どうしようかな……」


 昔の私は、ちょっとしたことですぐに泣いてしまう臆病な子だった。

 それこそFPSなんてゲーム、見るだけで半泣きになってしまうほどだ。


「とりあえず……家くる? 腹へってるだろ?」


 無邪気に笑うシンタロー。

 どうしようもなく不安だった心を、柔らかく包み込んでくれるようなそんな笑顔。

 極度の人見知りだったにもかかわらず、なぜか私は簡単にほだされた。


「……手、つないでいい?」


 今考えれば顔から火が出るほど恥ずかしいセリフ。けれど当時の私は見栄を張る余裕さえなかったのだ。


 歩いてすぐの場所に、シンタローの家はあった。

 というか私の家の隣だった。


「ここ、わたしのいえ」

「マジ……?」

「まじ」

「姉ちゃん飯作ってるだろうし……せっかくだから食べてけよ。おとなり同士仲良くしないとな!」

「……うん」


 それからというもの、私は頻繁にシンタローの家で遊ぶようになった。

 同年代の友達があまりいなかったというのもあるけれど、臆病な私にとって、シンタローのような、なんでも活発にこなす異性は、とても魅力的に映ったのだ。

 足が速い男子を好きになってしまう小学生特有の感性だったのかもしれない。


 何をするにもシンタローの後をついていく。

 彼もまんざらじゃないような雰囲気だったし、結婚の約束をしてしまうくらいには仲が良かった。……悪くない関係だったと思う。


 ……けれど、ある日を境に私たちの関係は一変する。


 十二月二十三日。

 シンタローが中学一年生の年、彼の両親が、痛ましい事故で亡くなったのだ。


 その非日常は、シンタローの心をひどくかき乱して、ぐちゃぐちゃに壊した。

 あたりまえだ。思春期真っ盛りの多感な時期に、他者の悪意によって何よりも代えがたい家族を失ったのだ。壊れないほうがおかしい。


 シンタローがFPSにのめりこむのは、それから少し経ってのこと。


 当時の私は今よりもっと子供で。

『ずっと一緒だったのに、FPSという野蛮なゲームのせいで、シンタローは遠くに行ってしまった』

 そんなことをずっと考えていた。

 FPSが彼の心のよりどころだったのかもしれない。

 けれど私はそれが許せなかったのだ。心のよりどころを、シンタローを慰める役目を、ゲームなんかにとられるのが我慢ならなかったのだ。


 だから私は、シンタローをFPSから遠ざけようと躍起になった。FPSさえなくなれば、シンタローは私と一緒にいてくれる。そう妄信していた。

 映画やご飯に誘ってみたり、シンタローのお姉さん、冴子さんに協力してもらって、彼の部屋に居座ったり。思いつく限りの手法を試した。

 けれど、満足のいく結果は得られなかった。


『俺はお前と一緒に居るより、画面の向こうにいる強いやつと殺しあう方が100倍楽しいんだよ』


 FPSゲームに、私は劣る。

 大好きな人をFPSゲームにとられた。


『じゃあ……私がシンタローより強くなったら、ずっと一緒に居てくれるのね』


 取り返すしかない。


 シンタローよりも強くなれば、彼は私を見てくれる。

 一緒にいてくれる。


 気付けば私は、毎年ためていたお年玉を全額使ってゲーム用のパソコンを買っていた。


「はぁ!? なんで今の死んだの!?」


「ちょっと! さっきの当たってたでしょ!」


 それまで全くゲームをやってこなかったド素人が、高いプレイヤースキルを要求されるFPSで好成績を残せるはずもなく、初めて二日で私は半ばあきらめかけていた。


「もっと別の方法を探したほうがいいのかなぁ……」


 カチカチと適当にマウスを動かしていると、ふと開いたページで、見覚えのある名前が表示された。


「COB……ASサーバー……1位、Sintaro……!」


 すぐさまそのプレイヤーのマイページに飛ぶ。


「間違いない……シンタローだわ……!」


 プロフィールの情報すべてが、彼と一致していた。

 驚きよりも先に、絶望する。

 こんなに難しいゲームで、アジアランキング1位。


「追いつけるわけない……」


 本当にあきらめかけたその時。

 シンタローが投稿していたプレイ動画が表示された。


「すごい……」


 私なんかとは比べ物にならないほどの鮮やかなムーブ。

 いや、それよりも。

 

「楽しそう……」


 私の前では一切笑わなかったシンタローが、楽しそうにほかのプレイヤーと談笑しながらゲームをしていたのだ。

 私も、シンタローの後ろを守れるくらい強くなったら、一緒に笑いながらゲームできるのかな……。


「……っ」


 マウスを強く握る。


 彼のムーブについていくために、おいていかれないために、毎日必死に練習した。

 シンタローが唯一苦手だったエイム力を、誰にも負けないくらい磨き上げた。

 つらくて諦めそうになった時も、彼の笑う声をおもいだせば、不思議と頑張れた。


「フレンド申請通った! やった! これで毎日一緒にゲームできる! ……ふふっ!」


 ある程度動けるようになって、シンタローとオンライン上だけどゲームをするようになった。

 それだけで飛び上がるほどうれしかったんだけど。


「……こいつ……化け物すぎる……」


 実力が近くなればなるほど、シンタローの傍若無人なまでの強さに打ちのめされる。

 決めきれるところで失敗し、シンタローの足を引っ張った日は怖くて夜も眠れなかった。

 『俺はお前と一緒に居るより、画面の向こうにいる強いやつと殺しあう方が100倍楽しいんだよ』

 また、そう告げられるんじゃないかって、毎日気が気でなかった。


 絶対に失敗できないという状況は、私のエイム力をさらに引き上げる。


「もっと……強くならなきゃ……全部敵の頭に当てられるくらい……強く!」


 ゲームを何度か移動して、5年後。


 ようやく私とシンタローの差は、世界ランキング1位差まで縮まった。





***




 スコープで覗いていた大好きな人の背中は。


 遠かった背中は。


 もう、手を伸ばせば届く距離にある。



「私は、rulerを倒してもっと先に行く」


 SMG単発撃ちの銃撃音が聞こえる。

 シンタローが誤射なんてヌーブをするはずが無い。

 これは合図、敵の位置を私に知らせる。メッセージ。


 すぐさま音の方向にエイムをあわせる。


 宿敵、Diamond rulerが、私の幼馴染を撃ち殺そうとしていた。


「シンタローは絶対に渡さない」


 引き金を引いた。


 Kar98kが、轟音とともに鉛玉を弾き飛ばす。


 弾丸は、弧を描いて、rulerの頭に吸い込まれた。


「……ッ……レべ3ヘルメットか……」


 本当にしぶとい女。

 すぐさまリロードしてエイムを合わせなおす。


 勝つ。絶対に。


 シンタローの隣にいるのは、幼馴染(わたし)の役目よ。

 


* * *



「さすがは2Nさん……!」


 rulerの目の前を無防備に走る俺は、息を切らしながらそう呟いた。

 五年以上、二人で戦ってきた。2Nさんならカバーしてくれると確信していた。SMG単発撃ち、そんなヌーブの意図に気付いてくれて、尚且つ一撃のチャンスをモノにした。


 初の大舞台で七百メートル越えの狙撃を成功させるなんて、さすがはアジア最強スナイパーといったところだ。


「さぁ、撃ってみろよ」


 走っている俺を攻撃すれば、無防備な頭を2Nさんに晒すことになる。


 Diamond rulerに無くて、2Nにあるもの。

 それは、異常なまでに高いヘッドショット率。

 キル数やキルレ、ダメージ数だけを見れば、確かにrulerのほうが優れている。

 けれど奈月には、それを補って余りあるほどのエイム力があるのだ。

 数字にして、82.6パーセント。

 引き金を引けば、八割はヘッドショットを決める反則級のエイム力。


 頭に当たれば、レベルの高いヘルメットを装備していない限りは、気絶なしのワンパン。そんなルールが適用されているこのRLRにおいて、彼女は無類の強さを発揮する。


 まさに一撃必殺の悪魔(ワンショットワンキル)


 この砲台と頭を晒しながら遠距離で撃ち合うことがそもそも無理な話なのだ。

 しかし、2Nさんと射線を交えなければ、俺の土俵である屋内戦に戦況は移行する。


 俺と2Nさんは、数的不利を覆して幾多の戦いで勝利を納めてきた。その真骨頂が、弾丸と共に距離を詰め、得意を押し付けるこの戦術にある。


 奈月が外せば俺は死ぬし、俺が屋内戦で決めきれ無ければ奈月が死ぬ。


 2Nさんのエイム力に全幅の信頼を寄せなければできない芸当だ。


「信じてるぜ、奈月……!」


 撤退はない。このまま勝ち切る。


 あと20秒で、試合を決める。










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