71話 Diamond ruler vs 2N 【前編】
BellKを落して、私はすぐさま窓から飛び降りた。
残るは2Nとしんたろ。
2Nの居場所はつかめないけれど、しんたろの居場所はもう割れている。
足音が聞こえるくらい近くに、彼はいる。
「……」
BellKをなめていた。もう少し早く彼女を落せると思っていたのに、予想以上に時間がかかってしまった。
煙での奇襲戦法にも驚いたけれど、それ以上に屋内戦での立ち回りに驚いた。
しんたろの動画で見たときのお粗末な彼女とはまるで別人。ランカーにも引けを取らない、理にかなったムーブだった。
たった三か月の間に、いったいどれだけの練習試合をこなしてきたのか見当もつかない。
この様子じゃgrimeを落したZirknikも……2Nも……おそらく成長しているだろう。
このチームには、世界大会に出場していてもおかしくないほどの実力がある。
「……だけど、優勝はできない」
私がいるから。
手榴弾を撒きつつ、西区域から屋内を経由して東区域のほうへ逃げる。足音を隠す、最近流行りのタロイモムーブというやつだ。
距離を取りつつ、M24をリロード。
しんたろに対して屋内戦を挑むなんて愚の骨頂。
SMGの射程より遠くで撃ち合うしか、私には勝ち目がない。
「ほんと最悪……」
思わず愚痴がこぼれる。
せめてもう一人味方がいればどうにかなったのに、grimeが撃ち負けたせいで不利な戦いを強いられている。
「まぁ、勝てるけど」
高感度のマウスを軽く振って、後ろを振り向く。
なんの根拠もないけれど、そこにいそうな匂いがしたのだ。
「しんたろは、私のもの」
予想通り、ちょうど建物間の窓を移動しようとしていた彼と目が合う。
今大会が始まる前、私はありとあらゆるしんたろのプレイ動画を見漁った。それこそ有名になる前のものから、しんたろ自身があげた動画じゃないものまで、すべてだ。
その努力の甲斐あって、今ではしんたろのムーブはほとんど雰囲気だけで感知できる。
99パーセント、私はしんたろを理解できる。
最速でエイムを合わせて引き金を引く。
ガションと、M24特有の銃撃音が轟いた。
「……さすが」
動きを読んでからの狙撃は命中、けれどしんたろのふとももをかすめただけに終わった。
彼は振り向いた瞬間にパルクールを中断、進行方向を若干ずらしたのだ。
しんたろのムーブを一言で表すなら『臆病』
撃ち合いも立ち回りも強いのに、少しでも負ける可能性があれば勝負をしない。病的なまでのマイナス思考から生まれるムーブは、生き残る能力が最も評価されるこのゲームにおいて、無類の強さを発揮する。
「だからほしい……」
下腹部が熱を帯びる。
しんたろのオーダーと私の火力があれば、世界大会優勝だって簡単にできる。
2Nなんかよりも、私の方が絶対に、しんたろを満足させてあげられる。
もちろん、女としても。
そもそも現時点でしんたろのカバーに入れて無い2Nは論外なのだ。
このラウンドを制して、しんたろを私が養う。それが彼にとっても一番いい。
もうすでにそれ用の地下室は準備してある。毎日片時も離れずFPSをプレイする為の部屋だ。私の特等席は彼の膝の上。シャワールームもトイレも、ずっと一緒。
ウブな彼のことだ、初めは恥ずかしいと私を拒絶するかもしれない。そうなった場合は、少し残念だけれど、ある程度の教育も考えなければならない。
『RLR』だけじゃない、ほかのゲームも、FPSと名のつくものすべてで、彼と一緒に世界一を獲る。
想像するだけで、体のあちこちからよだれが出そうなほどの甘美な世界。
妄想している間に、フェーズ6の安地が決まる。
「さぁ、きて」
神は私の味方をした。
安地を確認した後、すぐさま中央市街地、離れにある三階建ての大きな建物に飛び込んだ。
フェーズ6、安地の最南端に私はいる。
しんたろが、迫る毒ガスから逃れ地内に入るためには、どうあがいても私の射線が通る平地を通らなければいけないのだ、
スナイパーに対して、遮蔽物もなしに生身で接近するなんて自殺行為。
たとえ相手が世界最強だとしても、これほどのアドバンテージをもらって、私が負けるはずない。
おそらく次に彼がとる行動は、スモークを焚きながらの接近。得意の屋内戦で勝負を決めに来るはずだ。BellKとの戦闘で投げ物は使い尽くした、屋内に侵入されれば勝ち目はない。
だからここで決める。
スコープを覗いてしんたろの位置を確認しようとした瞬間。力のない銃撃音が聞こえた。
「SMG単発撃ち……? 誤射するなんて、しんたろったらよっぽど私に養ってもらいたいのね」
最終局面で、誤射により自身の居場所をばらしてしまう痛恨のミス。
私はすぐさま音のした方向にエイムを合わせた。
「痛くないように、一撃で殺してあげる」
自暴自棄になったのか、スモークも焚かずにまっすぐこちらに向かってくるしんたろ。
この局面であんなミスをすれば、あきらめたくなる気持ちも分かる。
柔らかそうな眉間にレティクルを合わせて、引き金に指をかける。
「また会おうね」
そのまま勝負を終わらせようとした瞬間、遠くの方で何かが弾ける音が聞こえた。
「……は?」
やまなりの黒い光。
視界を、真っ赤な液体が覆う。
……これは、私の……血?
「……ッ!」
狙撃されたと一瞬で理解する。
それもかなり遠くから。
すぐさま頭を隠す。
「……」
レベル3ヘルメットじゃなければ死んでいた。その事実が、私の脳内を怒りで埋め尽くす。
ここを狙撃できる場所は、しんたろがいる手前の場所か。500メートル以上離れている三階建ての廃屋の屋上、もしくはもっと奥にある丘の上しかない。それ以外はひしめき合う建物の角度的に射線は通らないのだ。
つまり、スナイパーは500メートル以上先にいる。
こんな長距離狙撃を簡単にやってのけるクソ女、私は一人しか知らない。
「2N……!」
理解はしたけれど、納得がいかない。
500メートル離れれば、そもそも無線が使えない。連携が取れないのだ。
毒ガスはもうすぐ彼女の場所を汚染するだろう。減り続けるHPを無視して、そんな敵を狙えるかどうかも分からないポイントでスコープを覗いているなんて正気の沙汰じゃない。
それなのに、ありえないはずなのに、連携も取れないはずなのに、示し合わせたかのように狙撃のタイミングと突貫のタイミングを合わせてきた。
考える間にも、しんたろは建物に詰めてくる。
『とれるもんならとってみなさいよ』
2Nの声が聞こえてくるようだった。
時間が経過すれば、しんたろが私のいるこの建物まで詰めてくる。
しかし、しんたろを狙えば、2Nの狙撃の餌食になる。
何故、無線もないのに連携が取れているのかは全く分からないけれど。
勝つ為には、しんたろを手に入れるためには、しんたろが接近してくるまでに2Nを撃ち殺すしかない。
ヘルメットの耐久はわずか、回復も間に合わない。けれど2Nも毒ガスにHPを削られ、ヘッドに当たればたとえレベル3ヘルメットを装備していたとしても、一撃で沈む状態にある。
「今度こそ、立ち直れないくらい綺麗に抜いてあげる」
先ほどのヘッドショットへの怒りを落ち着けて、体勢を立て直す。
しんたろを送り込もうとする2Nと、それを阻止する私。奇しくも、アジアサーバーで2Nとはじめて戦った状況と、現在の状況はほぼ同じ。
前回の戦い、私はまだ納得していない。結果的に勝ったとはいえ、あいつは私の肩に弾を当てた。
さっきのヘッドショットと、前回の戦いで、引き分け。
この一撃で、すべて決める。
息を止めて、窓から銃口を覗かせた。




