70話 白い悪魔
中央市街地、北西部、二階建ての大きな建物の中。俺は階段付近で息を殺し、二階の様子を窺う。
ベル子が合流するまでの間、rulerにプレッシャーをかけるため、建物一つ挟んで俺は彼女と撃ち合った。もちろん生粋の芋プレイヤーである俺が北米最強のスナイパーに撃ち合いで勝てるはずもないので、少し弾をばらまいて逃げ回り、時間を稼ぐ。
そういう作戦だったんだけれど……。
「くそ……。強すぎだろあいつ」
医療器キットでHPを回復する。
ほんの一瞬射線を交えただけで、肩を貫かれた。
超高速エイム。
人外すぎる反応速度と、高すぎるエイム能力が可能にした神業とも呼べるスキル。
いくら俺がサブマシンガンでダメージを与えたとしても、たった一発頭に入れられればすべてなかったことにされるのだ。
三か月前、俺たちは彼女一人にチームを半壊させられている。
しかも、あの時より数段レベルが上がっている。
油断はできない。できるはずもない。
隙を見せれば一瞬で終わる。
「ふぅ……」
大きく息を吐いた。
安地収縮は残り人数が四人という少人数にも関わらず、未だフェーズ5を終えた段階。
半径300メートルほどの戦場。まだまだ行動範囲に余力を残している。
まだ焦る段階じゃない。
残る敵はたった一人。対して、こちらは三人。
相手が通常のプレイヤーであれば、数的有利にものを言わせて三人で撃ち合いに行けば簡単に勝てる。それほどまでのアドバンテージがこちらにはある。
けれど、残念ながら相手はあのDiamond ruler……。普通じゃない。
「お待たせしました」
ベル子が時間をかけてようやく合流する。
rulerの射線に入れば気絶なしのワンパンで終わる可能性だってある。
文字通り、慎重に慎重を重ねて寄ってきたのだ。
「ベル子、SGモク作戦やるぞ」
「……わかりました! ここで決めて見せます!」
今回のVoV戦で建てた作戦のうち、二つ目を実行に移す。
一つ目は『ジルとgrimeをぶつけて、rulerを孤立させる』作戦と呼べるにはかなりお粗末なものだけれど、ジルはその身を犠牲にしてまで完遂してくれた。
数的有利を手に入れればあとはこっちのものだ。
初見じゃ絶対に防ぎようのない不可避の超近距離戦法『ベル子のSGモク作戦』でかたをつける。
「同情するぜ、ruler」
二階にいるであろうrulerに向けてスモークを投げ入れる。
白煙をまき散らして視界を奪い。並外れた索敵能力で敵を感知、そのままSGを叩き込む。ベル子にだけ許された特殊すぎる戦術。今日初お披露目で、GGGを壊滅させ、VoVを半壊させている。
初見じゃどうあがいても防げない。
仮にrulerがスモークから逃げて外に逃げようものなら、用意されている三つ目の作戦が発動する。
ベル子がやられなければ、かならずrulerを倒せる。
石橋を叩きに叩いて渡るようなオーダー。
これで勝てなきゃもうどうしようもない。
「それじゃ行ってきます」
「頼んだぞ」
白煙が満たされたことを確認して、オーダーを飛ばす。
トップチームにも通用すると確信を得ているのか、ベル子は勢いよく屋内に飛び込んだ。
それと同時に、俺も駆けだす。
スモークから逃げるなら、十中八九窓から飛び降りるはずだ。空中であれば、あのrulerといえども必ず隙ができる。
「階段突破しました!」
唯一の懸念事項であった階段を突破したベル子。
いくら白煙に視界を遮られているといっても、階段で待っていれば進行方向は限定され、やみくもに撃った弾でも当たってしまう可能性があった。今大会以降ではそういった対ベル子用の戦術も出てくるだろう。
「了解、足音は?」
「聞こえます。予定通り撃ち合いに行きます!」
「……油断しないようにな」
「rulerを倒せば再生数もうなぎのぼりです……このチャンス、絶対に逃しません」
白煙の中、逃げずに撃ち合う選択をしたrulerに若干の違和感を覚える。
初見とはいえ、味方二人がベル子にやられているのだ。rulerであればその少ない情報でも、ベル子のSGモク作戦の全容を看破できたはずだ。
視界を遮られる白煙の中、自由に動けるベル子に対して、それでも引かずに撃ち合う意味。いくら考えても、イモインキャ党である俺には理解できなかった。
「……近いです……けど……! 嫌な動き方…」
二階から慌ただしく駆け回る足音が聞こえる。
視界を遮られているはずなのに、足音を聞きながらベル子にやられないように立ち回る北米最強のスナイパー。
攻めあぐねるベル子を無言で見守る。
下手な助言は、ベル子の索敵を邪魔してしまう恐れがあるからだ。
白煙がなくなればベル子に勝ち目はない。
頼む……これで決めてくれ……!
そう願った瞬間。
カチンと、かすかに音がした。
「手榴弾ッ!?」
ベル子の悲痛な叫び声により、音の正体を理解する。
rulerが手榴弾のピンを抜いたのだ。
狭い屋内で手榴弾。
その爆発はベル子だけじゃなく、自身の身にも降りかかる。
まさか自殺特攻……? いや、あり得ない。rulerはそういうムーブはしない。
HPバーが全損しない限り、敵を殺しつくそうとするはずだ。
なら……なぜ……?
白煙の中、引かずに撃ち合うその意味。
狭い屋内での手榴弾。
「ッ!?」
すべてがつながる。
「まずい!! ベル子! いますぐ引くんだ!」
そうオーダーを飛ばした時にはもう遅い。
狭い屋内で手榴弾が爆ぜた。
rulerは初めからすべて見抜いていたのだ。
ベル子が苦しみに苦しみぬいた末に編み出した戦術、SGモク作戦の致命的な弱点を。
「音が……聞こえない……!?」
やみくもに放られた手榴弾は、ベル子のHPバーをわずかに削るだけに終わったが、爆音により、ベル子の生命線である聴覚を奪ったのだ。
白煙の中、聴覚を奪われれば、お互いに条件は同じ。
rulerがベル子から時間をかけて逃げ回っていたせいで、白煙の効果はもうすぐ消える。
「今すぐカバーに入る! できるだけ時間を稼いでくれ!」
「でも見えないし……! どうすれば……!」
音が聞こえなくなってパニックになるベル子。
完全に俺の過失。
少し考えればわかることだった。敵の聴覚を奪い距離を詰めるのは俺の十八番、俺のファンだと公言するrulerであれば、使いこなせるよう練習していたって不思議じゃない。
過信していたのだ。
GGGを壊滅させたベル子なら、もしかしたらrulerさえも倒してしまうんじゃないかと思い上がっていたのだ。
「ひっ!」
怯えるような声が聞こえる。
頼むッ! 間に合ってくれッ!!
そんな願いもむなしく、M24の轟音が、中央市街地の空に轟く。
白煙がなくなれば、ベル子に勝ち目はない。
キルログに彼女の名前が表示された。
『あと、ふたり』
耳元で、白い悪魔がそうつぶやいたような気がした。