69話 自動小銃の王様vs鮮血の皇帝 【後編】
2019.10.17
この度『仲が悪すぎる幼馴染が、俺が5年以上ハマっているFPSゲームのフレンドだった件について』が書籍化決定しました!
これもひとえに応援してくださる読者様のおかげです!
発売日、レーベル、イラストレーターさんなどは追って告知させていただきます!
これからも作品ともどもよろしくおねがいします!
「はぁ……はぁ……」
喉が渇く。
ユニフォームが汗で張り付く。
本当にギリギリのオーダー。一歩間違えればチームが全滅していたとしてもおかしくないほどのリスクの高いムーブ。
「大丈夫か……? ジル、ベル子?」
「問題ないです! すぐにタロイモ君の方へつめますね!」
「予定通り、grimeとの一騎打ちに持ち込んだ。こいつを倒してすぐにカバーに入る」
ジルをgrimeに、奈月をDiamond rulerにぶつける。
文字にすれば簡単な作戦だけれど、ジルや奈月が撃ち負ければ俺たちの連携は一気に瓦解し、数的有利が崩れる。
北米最強アタッカーと、北米最強のスナイパーに撃ち勝てなんて、無謀もいいとこだ。
そんなオーダーしか出せない自分に嫌気がさす。
「すまんジル。頼んだぞ」
奈月の接敵はもう少し先。人数的にはこちらが二人分有利なのに、ジルとgrimeを一騎打ちにさせているのには理由がある。
grimeは追い込まれれば追い込まれるほど、その真価を発揮する。
脳死アタッカーであるジルが窮地に立たされた時、真の力を発揮するように。
grimeにもジルと同じような恐ろしさがある。
それこそ撃ち合い雑魚である俺が不用意に近づけば、一瞬で溶かされてしまうくらいの勢いがあるのだ。
オーダーである俺が死ねば、連携は壊滅し、勝利の可能性は限りなく低くなる。
強者には強者を。
撃ち合い最強には、撃ち合い最強をぶつけるしかない。
手負いの皇帝を仕留めることができるのは、中距離火力撃ち合い特化の王様にしかできない。
「Sintaro。心配するな」
俺の無茶なオーダーに対して、ジルは優し気な声を上げる。
「俺は負けない。民達のために」
頼もしすぎるその一言に、震える。
アタッカーというポジションにはチームをほったらかしにして独断専行してしまうような我の強いプレイヤーも多い。
そんな中、ジルは自分を殺してチームに尽くしてくれている。俺みたいな陰キャオーダー、肌に合わないはずなのに、嫌な顔一つせずついてきてくれる。
本当に俺なんかにはもったいないくらいのアタッカーだ。
「ベル子、ジルと奈月が来るまで粘るぞ」
「了解です!」
ジルの頑張りに報いるためにも、俺はあのDiamond rulerを、抑え込まなければいけない。
三か月前、チームを半壊させた。怪物を。
足音を聞きながら慎重に距離を詰めた。
* * *
対峙するだけでわかる。鮮血の皇帝の強さが。
小さな塀にお互い身を隠して、ブラフの射線を飛ばしてけん制しあう。
頭をのぞかせるタイミング。少しでも操作ミスをすれば、ヘッドに一発入れられるような恐ろしさが奴にはあった。
けれど、負けるわけにはいかない。
奴は、grimeは、王様の一番大事なもの馬鹿にした。
『そんなお遊びチームに、未来はない』
はらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚える。
『Unbreakable』はようやく見つけた俺の居場所。
「四人で行くんだ。世界に……」
のどから漏れる。
過去の記憶が、じわりと滲む。
* * *
同性を好きになってしまう。
はじめは誰にも打ち明けられなかった。
自分は異常者なのだと、ずっと一人で生きてきた。
見てくれだけはいいので女性に言い寄られることもあった。けれどその純然たる好意は、自分は男性が好きなのだと、異性を好きにはなれない欠陥人間なのだと、ナイフを突きつけられているように感じた。
自分の異常性から目を背けたくて、人との接触を避けて、孤高を演じていた弱虫な俺。
そんな俺を、救ってくれたのが、Sintaroだった。
『お前強いな! またやろうぜ!』
もともと好きだったFPS。
非公式だけれど開かれたRLRの大会で、俺とシンタローは出会った。
直接顔を合わせたわけではないけれど、シンタローのシンプルなメッセージはとても心地よくて、当時荒み切っていた俺の心にゆっくりしみ込んだ。
その後も俺とシンタローは、イベントや非公式大会のオフ会などで顔を合わせるようになり、友達と呼べるような関係にまで発展した。
その時にはもう、彼のことを好きだったと思う。
目に見えるようなキッカケは無かったけれど、シンタローと出会う度に、彼の人を慮る優しさに、徐々にほだされていったのだ。
しかし、この想いをシンタローに伝えることは出来ない。
怖かったのだ。
男が好きなんて、気持ち悪い。
そうシンタローに言われたらと思うと、怖くて怖くてたまらなかったのだ。
FPSのことを無邪気に語る、シンタロー。
その笑顔に胸を締め付けられる。
どうしようもなく胸が高鳴る。
でも、この気持ちに嘘をつき続けて、彼の親友を演じれば、ずっとそばにいられる。
友達として彼に近づけば近づくほどに、好きという気持ちは大きくなり、嘘をつきつづける俺の心をこれでもかと痛めつける。
そんな苦しみ続けている俺に、彼は言った。
オフ会終わりの、喫茶店で。
『ジル、俺チーム作りたいんだよ』
『チーム……?』
『あぁ、公式大会とか出たりしてさ、ゆくゆくは世界大会狙えるようなそんなチーム。面白そうだろ?』
可愛らしい笑みを浮かべて、夢を語るシンタロー。
『……シンタローならできる。頑張れよ』
親友として、百点の解答。
近づきすぎれば感づかれる。
俺みたいな異常者に、自身を性的な目で見られていると感じた彼はどうする?
距離を置くに決まっている。
俺のことを気持ち悪いと罵るに決まってる。
そばにいるのはつらい。
けれど離れるのもつらい。
どっちつかずで道化を演じる哀れでひとりぼっちな王様。
偽物の笑顔を作っていたけれど、心はぐちゃぐちゃにつぶれそうなほど、痛かった。
そんな俺をシンタローはジトリとにらんで、口を開く。
『何言ってんだよジル。お前も入るんだよ、俺のチームに』
『へ……?』
『中距離最強アタッカーのお前に、遠距離最強の2Nさん! まだ声はかけてないんだけど、すっげー索敵できるYoutuberいんだよ! そいつにも声かけてみるつもり!』
夢を語るシンタロー。
率直な疑問を、彼にぶつける。
『……な、なんで俺なんかを……』
そんな俺の言葉に対して、またもや彼は心底呆れたような表情を作る。
『お前じゃなきゃダメなんだよ、ジル。敵の射線を一身に集めても、撃ち負けないお前がアタッカーじゃなきゃ、俺も2Nさんも、これから誘うBellKって子も、力を発揮できない』
息が止まる。
シンタローは続けた。
『みんなのために、一番危険な場所で、歯を食いしばって戦う。誰よりも優しくて、誰よりも強いお前にぴったりのポジションだろ?』
アタッカー。
どっちつかずで道化を演じる哀れでひとりぼっちな王様なんかじゃない。
お姫様を守るために、危険な場所で撃ち合う最高にかっこいい王様。
『俺は……俺は……!』
自然と涙がこぼれる。
急に泣き出した俺を見て、シンタローはどう思うだろう。
理解していても、止められない。
『おいおい! なんで泣いてんだよ! 俺なんか変なこと言ったか!?』
『いや……ごめん……なんでも……ないっ』
袖で涙を拭う。
この恋心を悟られてはいけない。
悟られれば、嫌われてしまう。
『なんでもないとかいうなよ、仲間だろ?』
涙を拭っていた右腕を、シンタローはそっと掴んで、心配そうにこちらを窺う。
暗い瞳。彼の黒髪からは、嗅いだことのないコンディショナーの香りがした。
その無防備な優しさが、俺を奈落の底に突き落とす。
これ以上好きになりたくない。
報われない恋ほど、残酷なモノはないのだ。
『俺、シンタローのことが好きなんだ』
だから告げる。自分の想いを。
彼が俺を、嫌いになるように。
『えっ……』
『だから、好きなんだよっ! お前のことがっ! likeじゃなくて、Loveな意味でっ!』
彼は口をパクパクさせて、こちらを見つめている。
状況が呑み込めないと言った具合だ。
そりゃそうだろう。友達だと思っていた同性に、告白されたのだから。
心臓の鼓動が聞こえる。
……早く俺を嫌いになってくれ……。
『……ありがとう、ジル』
『へ……?』
予想外の返答に、間抜けな声を上げる。
『俺、FPSしかやってこなかったからさ、その……告白されたの初めてで、どう答えたらいいのかわかんないけど……とにかく、嬉しいよ。ありがとう』
信じられない。
醜い猜疑心が、嫌われなかったという歓喜の気持ちを押しつぶして、口から溢れ出る。
『嬉しい……なんで、俺は男を好きなんだぞ……? 異常なんだぞ……そんなの、おかしい……!』
熱くなった俺を、今日幾度となく見せたあきれ顔で、シンタローは答える。
『……あのなぁジル。今の世の中次元を超えて恋してるやつだっているんだぜ? 同性を好きになることくらいあって当然だろ。二次元嫁最高っ! とかのたうちまわる俺に比べたら、お前はだいぶ普通だよ』
『……っ』
今まで悩んでいたことがバカバカしくなるくらい、シンタローは簡単にそう言った。
『…………お前の気持ちに、応えてやる事は出来ないけど……絶対に笑ったり、馬鹿にしたりしない』
そのたった一言で、溢れる涙と一緒に憑き物が落ちたように、心が軽くなる。
涙で視界が滲む。
シンタローの前でなら、ありのままで居てもいいんだ。
『ありがとう……Sintaro』
『く、くいーん?』
『俺はなる……! Sintaroを守る、いや……民達を守る、王様になる……ッ!』
『……何言ってんだお前』
* * *
負けられない。
Sintaroと約束した。
みんなを守る。アタッカーになるって。
不器用だけどなんだかんだで仲間思いな奈月、誰よりも責任感が強いベル子、そして、チームを導いてくれるシンタロー。
みんな、こんな俺を受け入れてくれたかけがえのない大切な仲間だ。
「grime、貴様のような自分のことしか大切にできない愚王に、独裁に。俺は負けない」
仲間を馬鹿にしたツケを。
シンタローを奪おうとしたツケを。
鮮血の皇帝に払わせる。
「ッ!」
身を隠していた小さな石壁から飛び出して、grimeの方へと駆け寄る。
遮蔽物のない場所を走れば、無数の銃弾に晒される。
けれど、それは奴も同じ。
撃たれるということは、撃てる位置に敵がいるということ。
無様で愚直な俺は、これしかできない。
シンタローのように投げ物を扱えないし。奈月のように一撃必殺で敵を沈めることもできないし。ベル子のように足音を聞いて裏を掻くこともできない。
敵に頭を晒して、撃ち合う。それしかできない。
「こいッ! grimeッ!!」
石壁から頭をのぞかせるgrime。
射線が重なった。
スコープを覗いて、レティクルを皇帝の頭に合わせて、引き金を引く。
「ッ……!」
鮮血の皇帝が放つ無数の銃弾が、体のいたるところに食い込んだ。
どんどん削れるHPバー。
だがこれは、必要な時間。
敵は早く覗ける等倍スコープ。
対してこちらは、六倍スコープ。
敵の頭に、ありったけの鉛玉をぶち込む。
スコープの倍率が大きくなるほどに、反動制御は難しくなる。
しかし、タップでは撃たない。
一切妥協のない、AKMフルオート。
「守る! 絶対にッ!!!!」
正直言って、実力はgrimeの方が上。
このまま撃ち合えば、俺は間違いなく死ぬだろう。
だけどそれでいい。
大切な仲間に向けられる銃口が、少しでも減るのなら、俺はいくらだって撃たれていい。
極限にまで研ぎ澄まされた集中力は、時間さえも圧縮する。
grimeの放った7.62mm弾が、ゆっくりと俺の頭の方へ飛んでくるのが見えた。
これが当たれば、死ぬ。
そんなことどうだっていい。
俺には、敵の頭に鉛玉を叩き込むことしかできない。
引き金を引いた。引き続けた。
「あとは頼んだぞ、みんな」
鮮血の皇帝と、自動小銃の王様が放った銃弾が、交錯し、そして。
お互いの頭に吸い込まれた。
* * *
「……ジル。すまない……」
キルログに、大切な仲間の名前が表示された。
北米最強のアタッカー、鮮血の皇帝の名前とともに。
「タロイモくん、勝ちますよ」
「あぁ、わかってる」
いつもは自信なさげなベル子がきっぱりと言い切る。
無線はつながらないけれど、奈月も同じ気持ちだろう。
……俺はいつもあいつに助けられっぱなしな、情けないオーダーだ。
だからこそ、ジルが作り出したこの状況を無駄にすることはできない。
絶対に勝つ。
勝って。
「俺がお前を、日本……いや、世界最強のアタッカーにしてみせる」
俺は最後の一人、怪物、Diamond rulerと射線を交えた。
Twitterでヒロインのアンケートとってたりします。
一位のキャラは若干エピソードか増えます…!
よかったらどうぞ…!
@stylish_tanaka0