67話 自動小銃の王様vs鮮血の皇帝 【前編】
「どうやら終わったようだな」
俺の自称弟の名前がキルログに表示される。
銃撃音を聞く限り相当な熱戦だったようだ。あのDiamond rulerが何発も外すなんて普通ならあり得ない。
正直、cross flareが一方的にやられると予想していた。FPSを始めて間もない彼が持って生まれた才能だけであの北米最強スナイパーと渡り合うなんて想像できなかったのだ。
一万時間に迫る勢いでゲームをやりこんでいるプレイヤーと、初めてまだ数か月のプレイヤー、才能が同程度であれば勝つのはプレイ時間が多いほうに決まっている。
けれど……cross flareは持って生まれた才能だけで、あのruler相手に一分以上持ちこたえたのだ。
本当に末恐ろしい自称弟である。
現時点でもかなり厄介な相手だけれど、次戦う時はさらにプレイヤースキルが磨かれているだろう。
胃が痛い……まぁ……その未来の強敵のおかげで俺たちは安地内に詰めることができたんだけど。
「敵の残り四人は、全員VoVで間違いないな?」
問いに対して、ログ管理をしていた奈月が答える。
「えぇ。一人も落ちていないわ」
生き残っている人数は八人。俺たちを引けば四人。
つまり、最終安地になるであろう中央市街地に生き残っているのは『Unbreakable』と『VoV』のみというわけだ。
本来であればこの段階で生き残っている人数が八人なんておかしい。
市街地というプレイヤーが集まりやすい場所に安地が寄ったのと、VoVがそこで出張ってプレイヤーを狩りまくったのが、このあり得ない状況が生まれた原因だろう。
ともかく、漁夫の利が望めず、横やりが入らないこの状況はエイムゴリラ揃いのVoVが若干有利。
俺たちのいる場所は中央市街地東区域。VoVは西区域。
お互いの居場所は割れている。
文字通り真正面からのぶつかり合い。
この戦いを制した方が正真正銘、日本一……いや、U18世界最強の称号を手にすることができる。
マウスを握る手が汗で滲む。
「奈月、ジル、ベル子……ここまで来たらあとは楽しむだけだ。VoVは強敵、悔いが残っても、楽しかったって笑えるようなムーブにしよう」
ガラにもないことを口にする。
決勝に来るまで、本当にいろいろなことがあった。
腹黒すぎる美少女YouTuberと世界新記録を懸けてチーターと戦ったり。
「タロイモくん! 再生数が伸びそうなムーブでお願いしますねっ!」
「GGG戦のお前のムーブですでに500万再生はかたいだろ……」
変態すぎるガチホモイケメンの父親に就職を懸けて資金提供してもらったり。
「Sintaro……お前がいれば、俺は誰にも撃ち負けない」
「……頼りにしてるぜ。親友」
仲が悪すぎる幼馴染が、俺が五年以上ハマっているFPSゲームのフレンドだったり。
「シンタロー、私以外に殺されたらぶっ殺すからね」
「いやお前だけベジータすぎん?」
相も変わらずジャックナイフウーマンである奈月にツッコミを入れつつ、オーダーを飛ばす。
奈月に伝えたいこと、俺が2Nさんに教えてもらったこと。
このラウンドで伝える。
「さぁ、しまっていこう」
* * *
「来る」
そういう匂いがした。
最終安地である中央市街地。
しんたろ率いる『Unbreakable』はおそらく東区域に潜んでいる。
極東の島国にいた怪物。
ようやく真っ向から撃ち合える。
自然と上がる口角を抑えて、マウスを握りなおす。
「アタッカーは俺が務める。rulerは2Nを抑えてくれ」
私のやる気を削ぐオーダーを飛ばすgrime。
「私がしんたろを抑えなきゃ、負ける」
真っ先に殺すべきはしんたろかBellk。オーダーじゃない私でも分かる簡単なこと。
しんたろは言わずもがな、あの凸凹チームをまとめている要石で、Bellkはチーム全体の火力を上げるアタッチメント。
これまでの『Unbreakable』の立ち回りを見ても分かる通り、しんたろとBellkは常に行動を共にしている。
Bellkはしんたろの屋内戦での火力を高めると同時に、正確なオーダーを出すための情報を安全なポジションの後方で得ている。
一番弱いけど、いるだけでかなり面倒な相手。
だからしんたろが常についているのだ。うらやましい。
……ので、索敵チートである彼女を装備したしんたろと真っ向から撃ち合えるのは私しかいない。
私ならいくら裏を取られようと、得意のQSで無かったことにできる。……かもしれない。
とにかく、一番しんたろの得意を押し付けられない相手が私なのだ。
「……少しはリーダーを信用しろ。それに、Sintaroが前に来ることはたぶんない。来るとしたら十中八九、Zirknikだ。あの程度のアタッカーなら、外からの狙撃さえなければどうとでもなる。まずは壁を壊す、怪物退治はそれからだ」
尊大に答える鮮血の皇帝。
プライドの高い彼のことだ、観衆の前でZirknikに啖呵を切られたのがよほど癇に障ったのだろう。
自分より強い者は腹の中に取り込もうとし、弱いものは徹底的に排除する。
彼のファンには見せない、独裁的でずる賢い思考。
その残忍なまでの思想が彼のオーダーの切れ味を高めているのだろう。
従っておけば間違いはない。……はずだ。
「まぁいい。戦線に穴だけはあけないで」
「了解……。おい、お前ら行くぞ」
びくびくしながら、バックアップ二人はgrimeについていく。
後衛というのは名ばかり、実質的な仕事は敵をおびき出すための囮。
チームで一番撃ち合っているのにほとんど気絶のない鮮血の皇帝、それは彼の立ち回りが上手いからじゃない。
味方を囮に出して敵をおびき出し、その囮が肉壁になっている間に敵を攻撃しているからだ。
grimeの十八番、皇帝が生き残るための勅命。
敵も味方も血に染める。
鮮血の皇帝とかいうお子様な二つ名はこういったプレイングから名付けられた。
味方を囮にしようが私にはどうでもいい。
……けれど、見ていてあまり気持ちのいいものではない。
「高いところに行く、2Nがいそうなところは警戒しておくから、しんたろをこっちに寄せないで」
「了解」
くさいものから離れるように、三階建ての建物の屋上に駆け上る。
私が2Nなら、東区域にある中央市街地全体が見渡せるマンションの屋上に陣取る。
そこはスナイパーにとって極上のポジション。東区域にいるのであればまず逃さないだろう。
2Nを見つけさえすればあとは簡単、スコープの覗きあいをすればいいだけ。
リーンもエイムも、すべてにおいて2Nより私の方が速い。
単純な力比べなら絶対に負けない。
私は雑魚を処理した後のご褒美に胸を躍らせながら、スコープを覗いた。
* * *
「いいか、お前たちはSMG Vectorを装備している奴を狙え。HPを半分も削れば上出来、後は俺が仕留めるからな」
後衛二人を前に出してそう指示する。
まったくGMも酷な人だ。もう少しマシなプレイヤーを選抜してほしかった。
こんなヌーブ二人じゃできる仕事は肉壁が限界、VoVの名が泣く。
ともあれ、敵陣営はいつも通り2Nを高台に待機させ、Zirknikをアタッカーに、その後ろをSintaroとBellkでカバーするいつものスタイルだろう。
毎度、奇策を練るSintaroだが、今回ばかりは正攻法で真正面から来るはずだ。
そもそもこの安地の形じゃ、そうせざるを得ない。
中央市街地最西端から細心の注意を払いながら徐々に詰めてきた俺たちの裏を取ろうとすれば、彼らは嫌でも仲間同士500メートル離れることになる。
500メートル離れるということは、このRLRにおいて、連携不可を意味する。
RLRの、他のゲームにはない稀有な特性。無線が繋がるのは半径500メートルまでというシステムのせいだ。
密林マップなら300メートル、砂漠マップなら1キロ。雪原、通常マップであれば500メートル。
チーム内で無線が繋がる範囲は決まっており、味方との無線の範囲外にでれば連絡は取れないし、居場所示すピンも無線が繋がっていた最後の場所で動かなくなる。
連携や協調性を重んじる日本人であれば必ず避けるムーブ。
決勝で彼ら最大の強みである連携を捨てるはずが無い。
「そろそろ接敵するはずだ、警戒を怠るな」
肉壁に命令する。
建物の間を縫って、中央市街地中腹まできた。
接敵するなら市街地を二分するように空いたわずかな空き地。
その向こうがわに『Unbreakable』はいる。
「敵見えました!」
案の定、肉壁の片割れが声を上げる。
「人数は?」
「二人です! 建物の奥からこちらに徐々につめてきています!」
「二人……?」
……おかしい。
2Nは後ろのマンションにおいておくとして、残りは射線の合う前衛に置くはずだ。
三人でなければ数的有利を俺たちにとられることくらいSintaroなら理解しているはずだろう。
一番可能性が高いのは、単なる見落とし、索敵不足。
あのSintaroが数的不利を崩すようなヌーブをするはずが無い。必ず三人いるはずなのだ。
「…………まぁいい。とにかく二人はSMGを待っている奴だけを警戒してくれ。残りは俺が見る」
泥沼の撃ち合いになれば生き残るのは最も反動制御、撃ち合いが強いこのgrime。
中距離を保ちつつ、前方の敵を警戒する。
「敵ッ! スモークを焚いてつめてきます!」
「撃ち殺せ」
その情報が鼓膜に届いた瞬間、速攻でオーダーを飛ばし、自身も白煙を見つけて照準を合わせる。
「血迷ったか? Sintaro」
投げ物で距離を詰めて屋内戦を押し付ける。
世界最強の常套手段。
けれど、三人が空き地を見ている状況で、それはかなりの悪手。
肉壁二人は腐ってもVoV、スモークからスモークへの移動の隙を見逃すはずが無いのだ。
息を止めてスモーク内に照準を合わせる。煙から出た瞬間に、AKMのフルオートを叩き込む。簡単なミッションだ。
「見えた」
SintaroであろうSMG使いが煙から顔を覗かせた瞬間、引き金に指をかける。
「は?」
けれど、俺は引き金を引けなかった。
正確には、視界を赤い何かで遮られたのだ。
「これは……血ッ!?」
かん高い銃撃音が中央市街地に轟く。
すぐさま頭を隠した。
Sintaroを撃ち殺そうとしたその瞬間を狙われたのだ。
「っくそ……! なんてダメージだ!」
レベル2ヘルメットが吹き飛んだ。
この特徴的な銃撃音は、SMGでもARでもSRでもない。
SRとARの中間に位置する連射型狙撃銃。
「DMR……SLR……!!」
威力を得た代わりに反動が強すぎるDMRを、フルオートばりのタップ撃ちで、しかも的確に頭に当ててくるプレイヤー。
そんな変態的な反動制御を行使できるプレイヤーなんて一人しか知らない。
「……Zirknikッ!!」
変態反動制御、その神髄を見せつけて、彼は俺の等倍スコープ越しに不敵に笑う。
『退け。そこは王様の通る道だ』