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64話 絶望




 検問と呼べるかどうかもわからないような状況。

 四人以上の敵に狙われる。こんなことRLRを始めて以来一度もなかった。


 橋付近の丘陵に車ごと身を隠しながら、すぐさま次の作戦を考える。


「くそ……なんなんだよこの状況! チーミングとか反則行為だろ!」


 チーミングとは、ゲームのルールでは敵同士であるはずのプレイヤー同士が協力してゲームをプレイする行為。

 ガソリンスタンドで待っていた敵は少なくとも六人。

 その六人が、すぐ隣にいるチームと結託して示し合わせたように同時に攻撃してきたのだ。


「いや……チーミングなどでは無い」


 ジルが珍しく反論して、そして淡々と続ける。


「軍事拠点、管制塔での銃声はここまで聞こえる。キルログと示し合わせれば『Unbreak(俺たち)able』が橋を渡ってくると予想できたはずだ。それに、先ほどのひと悶着で俺は気絶(ダウン)をとってしまった。キルログに名前が載った」

「……もし仮に俺たちがここに来ると予想できたとして、何故複数のチームが俺たちを攻撃するんだ? 今大会は順位ポイントの方が得点が高い。なら最善手は生き残るために安地内の強ポジを狙うべきだろう」


 事実、俺ならそうする。普通に考えればこの状況はおかしいのだ。

 安地外であるガソリンスタンドは強ポジどころかすぐさま移動すべきポジション。

 俺たちのことなんて放っておいて隣にいる敵を攻撃、もしくは逃げるべきなのだ。


「タロイモくん。あなたはFPSゲーマーの簡単な生態を理解していません」

「……生態?」


 ベル子はまるで小学生に分数を教えるかのように丁寧に言葉を綴る。


「……もし仮に、同じラウンドに『SEED』がいればどうしますか?」

「なんだよこんな時に……」

「いいから答えてください」

「……そりゃ勝負しに行くだろ。生きる伝説と戦えるなんてそうそうないからな」

「それです。それが答えです」

「……っ」


 その一言で、すべてを理解する。


 アジア最強のスナイパー。

 撃ち合い最強の自動小銃の王様(ARキング)

 索敵チートのトップYouTuber。

 そして……仮にも世界ランキング一位のプレイヤー。


 朝昼晩とゲーム漬けの毎日を過ごしアルバイト代をPCパーツに捧げ、何万人と蹴落とし予選を突破。

 文字通り青春のすべてをFPSに捧げるような人間が集まるU18公式大会。


 俺もそうだった。

 自分より強いやつは許せない。

 自分が一番FPSを愛している。

 それを証明するためには勝つしかない。

 だから全力に殺しにかかる。

 単純明快な行動原理、日本一……いや、高校生最強を決める世界大会といっても差し支えない今大会で、ジャイアントキリングを狙わず芋って高得点を狙えというほうが無理だ。

 純血のFPSゲーマーであれば、自分より強いやつに挑戦せずにはいられない。

 戦わずにはいられない。


「シンタローが銃声だけで演技していた状況とは違う。彼らは私たちに背中をとられている時点でもう逃げられないと腹を括ったのよ。私たちがVoVを倒そうとするように、彼らも私たちを倒そうとしているの。隣にいる敵とにらみ合いながら、本気でね」


 奈月がVoVの名前を口にした瞬間。かすかにM24の銃撃音が聞こえた。

 キルログに名前が表示される。

 『Diamond ruler』


「ベル子、場所は?」

「……中央市街地、ですね」


 橋を渡った先にあるガソリンスタンド。その先にある中央市街地。

 俺たちの目指す場所に待ち構える最大の壁。


 安地がどんどん狭まる。


 正面には毒ガスに飲まれてでも俺たちを殺そうとする無数の敵。それを超えた先に今大会最強の宿敵。目立つ遮蔽物はない。真っ向勝負を押し付けられている。搦め手は通用しない。


 はっきり言わなくとも理解できる。絶体絶命の状況。


「……そりゃ、簡単にてっぺんとらせてくれるわけないよな」


 ここにいるは百人は、一人の残らず最強を夢見る血なまぐさいゲーマー。

 定石が簡単に通じるほど甘い戦いじゃなかった。


「ジル、オーダー変わってくれ」


 一番得意な武器、SMG Vector(ベクター)に切り替える。

 軍事拠点の潤沢な物資のおかげでフルカスタム、弾薬もたっぷりある。


「ポジションは全員アタッカー。真正面から押し通る」


「「「了解」」」


 ノータイムで返事をする仲間たち。


 すでに覚悟はできていた。





***





 息をひそめる。

 真正面には、今大会優勝候補筆頭チーム『Unbreaka(アンブレイカブル)ble』

 俺たち『MoMotarou gaming』は、隣にいた敵を無視して、最強が隠れているであろう丘陵にエイムを合わせている。


「わかちゃん! 安地やべぇで!」


 幼馴染で同じゲーム部に所属している。アヤメが悲痛な叫びをあげる。

 やばいのは百も承知。

 それでも引けない、引いてはいけない。

 普段であれば一目散に逃げる状況ではあるけれど、となりに敵パーティがいる今、先に背中を見せた方がやられる……。

 この局面はそんな匂いがする。


「……どっちみち、あいつらに背中見せた時点で殺される……俺らが生きる道は隣の敵と協力して『UBK』を倒すしかねぇんじゃ」

「でも、それって反則じゃ……」

「ボイチャでやり取りしとるわけじゃないしセーフじゃ! とにかく奴らはここで倒す! ここで勝てんのんじゃったら日本一なんて夢のまた夢! ! アヤメ! ケンタ! エンジ! 気合い入れろよ!」

「「おう!」」


 俺は、幼いころから外で遊ぶ代わりに家の中でしこたまゲームをしてきた生粋のゲーマー。

 誰にも負けないくらいコントローラーを握ってきたし『RLR』に関してはリリース当初からやりこんでいる。

 そんな奴らが四人集まってできたのが俺たち『MoMotarou gaming』

 保育所も小学校も中学校も高校さえも同じところに進学して、ゲーム同好会なんてものも作った。

 みんなで同じファミレスでバイトして高いPCを買ったり。勉強そっちのけでプロゲーマーの立ち回りを研究してノートにまとめたり。部室に泊まって夜通しゲーム合宿なんてのもした。


 掲げた目標『日本一』

 それを達成するために、文字通り血のにじむような努力をしてきた。


 そして、何百何千チームもいた予選を突破して、ようやくたどり着いた本選。


 俺たちのチームに『天才』はいない。楽な戦いなんて一度だってなかった。


 それでも十年以上の付き合いを活かした連携を武器に、ここまで何とか勝ち上がってきた。

 

 敵は日本RLR界のオールスター。

 

 勝率六割強、絶対に死なない世界最強の芋『Sintaro(シンタロー)

 一撃必殺の理不尽な悪魔、アジア最強スナイパー『2N(ツーエヌ)

 変態反動制御、撃ち合い最強、自動小銃の王様『Zirknik(ジルクニフ)

 ミリ単位での索敵チート、美少女トップYouTuber『Bellk(ベルケー)

 

 FPSの神様がいるなら一発ぶん殴りたいレベルでタレント揃い。


 ……力の差は歴然。けれど同じ高校生、付け入るスキは必ずある。


「勝つ……絶対に……!」


 そうつぶやいた瞬間、敵が動く。


「は……?」


 一瞬、あっけにとられる。

 敵は一人、何もない丘を歩いてこちらに向かってきている。


「なめてんのか……っ!」

「わかちゃん! まっぱで出てきてるけど撃っていいの!?」

「撃て! ハチの巣にするぞっ!」


 体をかたむけてリーンで覗く。

 いくら『Unbreakable』とはいえ何もない場所で撃ち合えば速攻で溶けるはずだ。

 格下だと思って甘く見たことを後悔させてやる。


 引き金に指をかけたその時。


 俺の幼馴染の頭がふっとんだ。


「……え?」


 重たい銃撃音と、頭に鉛玉が食い込む鈍い音。


「アヤメっ! 頭引っ込めろ!」


 すぐさま撤退を促すけれど、もう遅い。

 無情にも大切な仲間の気絶を知らせるログが表示された。


「こっちのほうが先に覗いたのに……そ……んなん……むりじゃろ……!」


 えげつない反応速度。変態的な反動制御、集弾率。


 キルログの名前を見なくても分かる。


「Zirknik……っ!」


 すぐさま銃口を合わせて反撃しようとしたけれど、後方から飛んできた発煙弾に身を隠す自動小銃の王様。


「スモークに隠れた、わかちゃん! 弾ばらまいてもええか!?」


 身動きできない敵に対して攻撃しようとするケンタとエンジ。


「馬鹿! お前ら頭出すなっ!」


 警告もむなしく、ケンジの頭が脳漿をまき散らして吹っ飛んだ。


「ケンジ!!!!」


 Kar98kの音が、後から聞こえてくる。

 気絶なしのワンパン。

 たった一撃で、ここまで積み上げてきたものをなかったことにされる。理不尽すぎる一撃必殺。


「2NとZirknikが前に出て来とる! いったん引くぞっ!!」


 悲鳴にも近いオーダーを飛ばす。


 思いあがっていた……っ!


 仲間を一瞬のうちに殺されて高ぶっていた戦意が一気に萎える。

 あんな化け物集団と真正面からぶつかって勝てるわけない。


 ……勝つ可能性があるとすれば、エイムなんて関係ない泥沼の近距離戦ッ!


 一縷の望みにかけて接近戦に持ち込むべくオーダーを飛ばそうとするけれど、俺の声を手榴弾の音がかき消す。


 キルログが目まぐるしく更新された。


 隣の建物から手榴弾とショットガンが爆ぜる音が聞こえる。

 先ほどまで熾烈な争いを繰り広げていた敵が、いともたやすく狩られている。


 いつの間に詰めたのか、それすら考察する余地もない。


 逃げ惑う足音。

 それにぴったりついていく二つの足音。

 SMG Vectorの音が、狩られていく羊の断末魔のように聞こえた。

 

 隣にいた敵が、屋内戦最強コンビ『Sintaro』『Bellk』に喰われている隙に逃げる。


 俺の頭の中にあった作戦はたったそれだけだった。


 ガソリンスタンドの裏手に止めてあった車に逃げ込もうとする。


 けれど。


 裏手の扉を開いた瞬間、車が爆ぜた。


「そんな……」


 見えてもいないのに車両の位置を予測して手榴弾で破壊する。そんな芸当できるプレイヤー、一人しか知らない。

 

 背筋を冷え切った汗が伝う。


『一人残らず殺す』 


 Unbreakableのオーダーに耳元でそうつぶやかれたように感じた。


「こんなん……勝てるわけない……」


 オーダーが口にしてはいけない言葉を口にしてしまう。


「殺されるっ……! 早く逃げるぞっ! スモーク焚け!!」


 戦意喪失した俺たちは無我夢中で近くの森林に逃げ込もうとオーダーをとばす。

 けれどそれを『Unbreakab(奴ら)le』が許してくれるはずもない。


 行こうとする先々を『逃げるなちゃんと殺されろ』と言わんばかりに手榴弾が転がってくる。

 けれど爆発に巻き込まれて死ぬことはない。せいぜい爆風に身を焦がされる程度。


 知っている……。


 投げ物特化の世界最強は、わざと爆発までに時間を残して進行方向を限定しているのだ。


 俺は何度もこの戦術を動画で見たことがある。

 結末も、もちろん知っている。


「このバケモンが……早く殺せよぉっ!!」


 ごんっ。


 自分の頭に銃弾がめり込む音を聞いて、画面が暗転した。


 頭を抜かれたのだ。敵のオーダーに進行方向を操られて、まんまとアジア最強のスナイパーの射程圏内に誘導されたのだ。

 

 Sintaroと2Nの、以心伝心という言葉だけじゃ足りないくらいの完璧な連携。


 動画で見ているときは、芸術的な連携だ。なんてぬるいことを考えていたっけ。


「くそが……」


 Sintaroが世界最強であるにも関わらず、なぜあんなにもゲーマーの間で叩かれているかようやく理解した。


 絶望。


 あいつの勝ち方には隙がなさすぎる。

 百回やっても、百回殺される。

 そう思わせるほど傍若無人なまでの強さ。


 惜しかったなんて、こうしたら勝てたなんて、思わせない。


 負けた後心に残るのは。


 住む世界が違う怪物に、俺たち人間が勝てるわけがない。


 そんな絶望だけ。


「……」


 青春をかけた試合に負けたのに、涙は全くでなかった。










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