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60話 最後の始まり








 熱めの湯が全身を濡らす。

 大事な行事がある日は朝早くに起きて42C°のシャワーを浴びる。幼いころからの俺のルーティンだ。

 ベル子の手榴弾に吹っ飛ばされたりストーカーにボコボコにされたり生きる伝説にスカウトされたりした波乱すぎる公式戦二日目から一夜明け、俺はRLRU18公式戦最終ラウンド、つまり決勝を迎えていた。


「Sintaro、そろそろ時間だ」


 バスルームの外からジルの声が聞こえる。


「おう。すぐに行く」


 返事をしてハンドルを切る。

 まぶたをゆっくりあけて、脳の状態を確認する。

 二日酔いの後遺症は全くない。

 今日なら正真正銘100%の実力が出せる。


 体を拭いてユニフォームに袖を通すと、気持ちがさらに引き締まった。


 いよいよはじまるのだ、世界最強の高校生を決める戦いが。


 ……いや、最強を決めるだけじゃない。負ければジルとの父親との約束を破った事になり俺の就職先が決定し、rulerとの勝負に負けたことになり監禁先まで決定し、ついでにベル子の再生数が10倍にならなければ豚箱行きが決定するのだ。


 ……えっ、俺だけ十字架背負いすぎじゃない?


 と、とにかく勝たなければどえらいことになるのだ。


「ジル、待たせたな」

「うむ、奈月もベル子も廊下で待ってる。早く行くぞ」


 扉を開けると、ウチのエースが眉間にしわをよせて立っていた。


「おそい!」

「お前らが早すぎるんだよ……」

「決勝なんですから、早めに行ったほうがいいですよ」


 奈月についでベル子も眉間にしわをよせる。

 


「ベル子……その、調子はどうだ?」


 実のところを言うと、ベル子のイップスはいまだ改善されていないのだ。

 正確には改善されているかどうか確認できていないというのが正しいのだけれど。

 ストーカーの件もあったし、ベル子の心労は以前より増したはずだ。

 索敵だけならまだしも、通常のムーブでさえ滞るようなら、また新たな作戦を考えなければならない。


「……デスクに座ってみないことには……わかりませんね」

「そうか……とりあえず、音が聞ける前提でポジションを決めたからな」

「……わかりました」


 ホテルのロビーを抜け、試合会場に向かう。天候は決勝にはおあつらえ向きな快晴。

 大きく息を吸い込むと、少しだけ秋の味がした。


 スタッフの警備が大幅に増えている中、その合間をぬって選手控室にたどり着く。


「泣いても笑ってもこのラウンドが最後になる。悔いのないように全力を尽くすぞ」


 緊張しているであろう仲間たちにそう告げる。

 彼らは少し笑みをたたえてうなずいた。


「ポジションはどうするの?」


 奈月の質問に対して俺はいつも通りポジションを発表する。


「奈月は砲台(タレット)、俺はオーダーと後衛(バックアップ)、ジルは前衛(アタッカー)、ベル子が斥候(スカウト)だ。一応最初はこのポジションで行くけど、戦況によって変えていくから心の準備だけしておいてくれ」

「わかった」

「了解です」

「OK」


 射程オールレンジ対応の極振り特化チーム。

 相も変わらず色物集団だけれど、今日はその真価を魅せなければならない。

 世界で戦えると証明しなければならない。


 ……すべては俺のオーダーにかかっている。



 コンコン。

 控室の扉が小さく小気味よくたたかれる。


 こんなタイミングで来客? いったい誰だ?


 ベル子が扉を開けること、そこには。


「みくる……!」


 以前俺が引き起こした幼女パンイチ事件の被害者であり、ベル子の妹。みくるちゃんが恥ずかしそうに立っていた。


「おねぇちゃん……ごめん。昨日の試合見て、いてもたってもいられなくなって……」

「ど……どうやってここまで……」

「……電車。ぶたさん貯金箱割っちゃった……おこってる……?」


 それを聞いた瞬間、ベル子はすぐさまみくるちゃんを抱きしめる。


「ううん、いいの。心配ばかりかけるダメなおねぇちゃんでごめんね……」


 ベル子が守りたいと願うもの。

 一番幸せにしたい人。

 みくるちゃんを大事そうに抱きしめる姿を見て、俺はそう感じた。


「ダメなんかじゃないよ……私のおねぇちゃんは日本で一番FPSが強いYoutuberだもん! 決勝、頑張ってね!」


 その言葉に、ベル子の大きな瞳から涙がこぼれる。


「うん! 日本一になってくるね!」


 彼女のその屈託のない表情は、公式大会が始まってから間違いなく一番の笑顔だった。




「ところでお兄ちゃん。約束覚えてるよね?」


 ベル子との熱い抱擁を終え、さっきまでのほのぼのタイムはどこに行ったのやら、みくるちゃんは底冷えするような声で俺に問いかける。


「も。もちろん覚えていますとも……」

「くさい飯、いやだよね?」

「……いやです」

「ならおねぇちゃんを日本一……いや世界一にしてね?」

「もちろんでございます……!」


 何の話? といった具合で奈月がジト目でにらんでくる。俺はそんな幼馴染を無視して控室に扉を開けた。


「さ、さぁ! そろそろ試合開始だ! 頑張ろうぜ!」


 胃が何やらひりひりするのは気のせいだと信じたい。







* * *








「すごい人ね……」


 決勝ということもあり予選とは比べ物にならないほどの人が観客席を埋め尽くしていた。様々な色をした照明がきらびやかに選手席をライトアップする。

 入場の音楽とともに、俺たちは指定されたデスクへと向かう。はずだったんだけれど……。


「っ……! ruler……!」


 入場の順番を無視して北米の最強スナイパー、Diamond rulerが奈月の前に躍り出る。


「まがいもの、きょうでおわらせてあげる」


 冷え切った視線。


 真っ赤な瞳は濁色が混ざったように暗くなっている。正真正銘rulerも本気なのだろう。

 本気で、2Nを潰す覚悟をしているのだ。


「終わるのはあんたのほうよ、どちらが頂点の次席にふさわしいか白黒つけてあげる」

「……ころす」

「……やってみなさいよ」


 子供には見せられないくらいの形相で睨みあう二人。

 そんな二人を見かねてか、背後からVoVのリーダー、grimeがrulerの首根っこを摑まえた


「すまないね」

「いや、今更気にしてねぇよ」


 通訳を介してそんなやり取りをしていると、今度はジルがgrimeをにらみつける。


「皇帝とやら……戦場で相まみえる瞬間を楽しみにしている」

「……これはこれは、ARの王様から直々にご指名とは光栄だな。……君が僕と戦う前に死なないこと祈っているよ」


 奈月やrulerと違って優雅な宣戦布告。

 ジルとgrimeのやりとりを見て黄色い歓声があがるのを若干うらやましいと思いつつ、指定されたデスクに向かう。


 その道中、ふと視線を感じて特別席に目をやると、昨晩であった生きる伝説『SEED』と目が合った。


 彼は柔らかな笑みを浮かべていた。


 ……あの人に認めさせてやる。


 俺たちが日本で一番つよいチームだということを……!





「獲るぞ、日本一」




 決勝ラウンドが始まる。










 

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