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59話 誰よりも強くなる。彼女にとってのその意味。








 真田さんとの問答を終え、俺と奈月はホテルの屋上で風にあたっていた。

 ベル子とジルはなぜか急によそよそしくなってどこかにいってしまった。……おそらく、あいつらなりに気を使ってくれたのかもしれない。


 はっきり言って、奈月の真田さんに対する態度はおかしかった。

 いくらジャックナイフウーマンである彼女とは言え、目上の人に対して普通ならあんな言動はとらない。


 それはつまり、奈月の心の中で何か普通ではないものが渦巻いていることの証明だった。


 ほんの少し冷たい風が頬をなでる。

 チームのリーダーとして本当に情けないんだけれど、俺は奈月にどう声をかけようか迷っていた。

 ベル子の件もあり、チームとしての形が少しぶれ始めてきた矢先に真田さんの提案だ。

 俺がチームを抜けるという最悪の結末は回避したけれど、今大会を絶対に優勝しなければいけない理由がまた増えてしまった。プレッシャーがかかればその分ミスも増える。

 こんな時にVoVのリーダーであるgrimeであれば気の利いた一言でも言えるのだろうけど、根っからの陰キャゲーマーである俺には土台無理な話だった。


「シンタロー、ごめん」


 悲しそうな声。

 最初に口を開いたのは奈月だった。


「何謝ってんだよ。心配しなくても俺はお前から離れたりしねーよ」


 本心からの言葉だった。

 俺たちは確かに今はまだ発展途上かもしれない。けれど逆を言えば俺たち『Unbreakable』は俺含めまだまだ成長の余地があるということなのだ。

 ただ世界大会に行くだけじゃ意味がない。真田さんの言うように勝たなければ意味がない。


 だからこそ、この4人でなければいけない。


「世界大会は……プロゲーマーは……シンタローの夢だったのに、私がそれを潰しちゃった」


 夏の夜風に髪をくゆらせながら、心底悲しげにそうつぶやいた。

 屋上に設置されているいくつもの間接照明が彼女を照らす。

 儚げな表情を浮かべながらどこか遠くを見つめる奈月。

 俺はそんな彼女を見て『まるでお姫様みたいだ』なんてガラにもないようなことを考えていた。


「俺の夢は世界大会に出場することじゃない。世界大会で優勝することだ」

「それならなおさら、真田さんのチームに行ったほうがいいじゃない」

「……何度も言うように、俺はお前たちとじゃないと」


 俺が言葉を続けるより先に、奈月が静かに反論する。


「シンタローにはわかんないよ、おいていかれるほうの気持ちなんて」


 俺を、自分とは違う生き物を見るような目で彼女は見つめる。


 普段ではとらないような行動をとってしまう根本的な原因。ストレス。

 その一言と視線にさらされれば、奈月の気持ちが痛いほどに伝わってきた。


「rulerのこと、考えてるんだろ」

「……」


 返事はない。

 けれど視線は動いた。 

 申し訳なさそうに、それでいて少し恥ずかしそうに。

 目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。


「心配しなくても、明日になればすべてわかるさ。真田さんも言っていただろ? 結果や数字がすべてだって」


 奈月が抱えるストレス、その根本的な原因は『劣等感』

 撃ち合い最強のジル。索敵チートのベル子。そして自分の完全上位互換であるruler。

 ……まぁ、rulerに劣っているというのは奈月の思い込みでしかないのだけれど、事実本人がそう認識してしまっていればそれは真実になってしまうので仕方がない。


 その劣等感がなぜ真田さんへの無礼な対応になるのかはわからないけれど、奈月が平常心を失ってしまう原因であることは間違いない。


「もっと自分を信じろ。お前は世界ランク2位の2Nなんだぜ?」


 すこしおどけてそう言って見せると、奈月は自信なさげにつぶやく。


「だってそれは……あんたと一緒にいたから……」


 人前では強気にでたり尊大にふるまう奈月だが、本質的には彼女はそんな性格ではない。


 幼少期は俺のシャツの裾を握っていないと一人で出歩くのも怖がるくらいの臆病な性格だったのだ。


 そんな彼女が自らを大きく見せようと立ち振る舞うようになった理由は、おそらく俺の最低な発言のせい。


『俺はお前と遊ぶより、画面の向こうにいる強いやつと殺しあう方が100倍楽しいんだよ。弱いやつと遊んでも楽しくない』


 今はもう嫌われきってしまっているけれど、昔は奈月は俺にべったりだった。

 幼い子供の世界観。その当時の奈月にとって、多少なり好いているであろう俺の発言は、親の発言よりも重たいものだったろう。


 奈月はそのころの幻影に、囚われ続けているのだ。


 強くならなければ捨てられると、そう思い込んでいるのだ。


 だから俺はありのままの事実を伝える。飾り気のない、ただの事実を。



「安心しろ、お前はrulerよりも強い」



 彼女は目を見開く。


「そ、そんな気休め言われたって……」

「俺がゲームで嘘ついたことあったか?」

「……あった。たくさんあった」

「そ! それはアレだろ! ゲーム内での立ち回りの時だけだろ!」


 ジト目で俺をにらむ奈月。

 けれど少しだけリラックスしたようにも思えた。

 今の奈月に必要なのは『強くなくてもそばにいてほしい』なんて甘言ではない。

 数字と結果。一緒に強くなろうという意思表示だ。


「そ、そんなに私って強い……?」


 恐る恐るといった具合で彼女は質問してくる。


「あぁ、強い」

「……どれくらい?」

「世界で2番目くらい」

「……いじわる」

「冗談だって、お前と一対一で戦ったら負け越すのは俺のほうだよ」


 事実。生き残れば勝ちというゲームでなく、たくさん倒せば勝ち。もしくは撃ち勝てば良いという勝負になれば軍配があがるのは2Nのほうだろう。


 奈月はちょっぴり鼻をふくらませて。


「……ふん」


 と、鼻を鳴らした。


「とにかく、rulerとの優劣は結果が教えてくれる。お前はなにも気にせず本気でぶつかればいい。前はジルが守るし、後ろは俺とベル子が守る」


 ようやく吹っ切れたのか、奈月は大きくため息をはいてこちらに向き直る。

 照明の光が、目元で反射する。

 少し涙目な彼女は目線をあちらこちらにとばして、うつむきがちにぼそぼそとしゃべる。


「じゃあ……そのさ……もし、私がrulerに勝ったらさ」


 まるで告白でもしているかのように頬を染める奈月。

 彼女が纏ういつもと違う空気に少したじろいでしまう。

 告白なんてそんなのありえないと内心否定しつつも、すこし期待してしまっている自分がいた。

 くそ! なんでこういう時だけこんなにかわいい顔すんだよ!

 俺が陰キャゲーマーでなければ勘違いしてしまうところである。


 奈月は緊張した面持ちで、ぽしょりとつぶやく。



「私と……私と一対一で勝負してほしいの」



 ……こいつ本当にFPS好きだよな。


 告白なんてそんなのあるはずもなく普通にタイマンを挑んでくる奈月さん。

 もじもじしながら言うセリフじゃないだろ……まったく……。


「おう。いいぜ」


「……ありがと」





 この時の俺は知る由もなかった。



 この一戦は、奈月にとっては告白と同じ意味を持つということを。







次話からようやく決勝編です。

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