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58話 厳しい条件

※奈月のセリフを敬語に変更しています。









「世界大会に出場してほしいのは、君たちのチームではなく……雨川くん、君個人なんだよ……」


「…………え?」



 高まっていた興奮が一気に冷める。


 俺は口を開けたまま、二の句が継げないでいた。


「君含め、今度の世界大会は日本のプロゲーマーの選抜で出場することになっている。RJS、選りすぐりの精鋭たち。e sports後進国という汚名を返上する為、ようやく日本も本気というわけだ」

「…………」


 RLR Japan Series、通称RJS。

 RLRをプレイする48のプロゲーミングチームがしのぎを削り、日本最強を決めるリーグ戦。

 grade1からgrade2、そしてgrade3までランクがあり、grade1の頂点に立ったチームのみが世界大会への出場権を手にすることができる。


 今回の高校生大会とは比べものにならないくらいレベルの高いリーグ。

 そのリーグの中でも選りすぐりの選手の中に、プロでもない自分が加えられている。

 嬉しい気持ちと同時に、困惑していた。


「なんで俺なんかが……」


 そんな俺のつぶやきに対して、真田さんはやれやれと言った具合で返答する。


「……おいおい嫌味かい? 世界ランク1位の実力であれば当然の結果だろう。むしろスカウトされるのが遅かったくらいだ。今日の最終ラウンドでの君の立ち回りを見て確信したんだ。……君なら世界を食い荒らせるとね」


 憧れの人に認められた。

 けれど、その切符を手にするということは、大事なものをひとつ手放さなければいけないということ。


「……でも……それでも俺には、チームが……」


 世界で戦いたいという気持ちももちろんある。

 しかしそれと同時に、奈月やジルやベル子達と一緒に居たいという気持ちもあるのだ。


「……君が悩む気持ちもわかる。君の作ったあのチームは非常にバラエティに富んでいる。世界ランク2位の砲台(タレット)に、読者モデルの前衛(アタッカー)に、そして美少女YouTuberである斥候(スカウト)

「なら……! みんなも一緒に!」


 奈月のエイム力。ジルの反動制御。ベル子の索敵。凄まじい潜在能力が彼らにはあるということを伝えようとするけれど、真田さんはそんな俺の言葉を押し切って告げる。


「だがしかし、あのチームに君がいなければ、すぐに瓦解してしまう」


 ……核心を突かれた俺は、ぐぅの音もでなかった。


「厳しいことを言うけれど、あのチームは君が無理矢理機能させているにすぎない」


 RLRは……FPSは……e sportsは……ゲームであって遊びではない。

 国民の期待を背負って国同士のプライドをかけて戦う立派な競技へと成長しつつある。

 日の丸を背負って戦うからには、仲間さえも切り捨てる覚悟が必要。


 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。


 真田さんの目は、まさしくそう言っていた。


「……奈月も、ジルも、ベル子も……あともう少しなんです。あともう少し変われば俺たちチームは化けるんです。世界大会にまで間に合わせます。だから俺だけじゃなくて、どうか俺たちを……俺たちを世界に……っ!」


 無理難題をふっかけているのは分かっている。実績も結果もまだ残せていない俺たちが世界大会出場チームに選ばれるわけがない。

 そんなことは分かっている。

 分かりきっているけれど、それでも俺は。


 アイツらと離れたくなかったんだ。


「……日本のプロゲーマーの現状を君は知っているかい? RJSに出場するようなとびきりゲームが上手い選手でさえ、月給は大学新卒程度。日本ではプロというのは名ばかり、まだまだプロゲーマーの地位が確立されていないのが現実だ」


 真田さんは苦しそうに、けれど表情は硬くして、言葉を続ける。


「この現状を変えるには勝つしかないんだ。アメリカにも最強の韓国にも、勝って勝って勝ちまくって、日本にはこれほどまでに強い侍がいるということを民衆に伝えなければならない。e sportsはとてつもなく熱いコンテンツなんだと広めなければならない。……では、勝つ為には何が必要だ? 尊い友情というやつか……? いいや違う。勝つ為に必要なものはたった一つ、ゲームの能力。RLRにおいて明確に数字で示される結果でしかないんだ」


 ……俺は何も言い返せなかった。


「君にはスキルがある。世界ランク1位という結果も数字もある。だから日本を背負って戦う資格があるんだ。…………本当に残念だけれど、それは君のチームにはない」


 真田さんの言うことは何一つ間違っていない。

 俺がもし真田さんの立場なら同じことを言うだろう。

 ……けれど、真田さんだって、俺の立場になれば考えが変わるはずだ。

 奈月やジル、ベル子というとんでもない原石に触れれば理解できるはずなのだ。


 世界で戦うためには、他の誰でもない。


 あの3人とでなければダメなんだ。




「あの」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 真田さんも俺も目を丸くする。


 後ろを振り返ると、そこには。


「SEEDだかなんだか知りませんけど、結果も見てないでよくそんな偉そうなことが言えますね」


 俺と仲が悪すぎる幼馴染。奈月がいた。


 後ろには、慌てふためくベル子と、少し怒っているであろう無表情のジルもいた。


「お前ら盗み聞きしてたのか……!」

「シンタローは黙ってて、私はこの人に話があるの」


 生きる伝説に対してここまで強気に出れるのはこのゲーム業界広しといえど奈月くらいのものだろう……。


「……そうか、君が2Nか……噂に違わない美少女というやつだね」


 触れるものすべてを切り裂くジャックナイフウーマンに対して、真田さんは表情ひとつ崩さずお世辞を返して見せた。


「さっきからうだうだうだうだ……話が長すぎます。要するに、私たちにアナタを納得させるほどの数字や結果が残せればいいんですよね?」


 尊大に吐き捨てる奈月。

 生きる伝説はニヤリと笑う。


「まぁ、平たく言えばそうなるな」


「ジル、VoVのgrimeとか言うやつ、確か今度の世界大会にも出場の可能性がある期待の新人とか呼ばれてたわよね? あいつに勝てる?」


 そのセリフに、待ってましたと言わんばかりにジルは答える。


「愚問だな。10回戦って10回すべて、奴を蜂の巣にできる自信がある」


 まるで王様のように振る舞うジルに対して、真田さんはどことなく嬉しそうに苦笑いを浮かべていた。


「ベル子、VoVの4人全員の居場所をミリ単位で把握することはできる?」


 少しどもりながらも、こくりと喉を鳴らして、ベル子は答える。


「よっ……よゆーです! なんなら撃ち勝つ自信だって……なきにしもあらずです!」


 見栄をきるベル子を確認すると、奈月は真田さんをにらみつける。


「私は、いや私たちは、diamond rulerだろうがVoVだろうが、Recipro Gaming Grayだろうが……すべて倒します」

「ぐぇっ!」


 奈月は俺の襟を掴んで引っ張る。

 大仰な態度をしている割に緊張しているのか奈月の手はかなり汗ばんでいた。


「SEEDとやら、明日は俺の反動制御に刮目することだな」

「……タロイモくんを……渡す気はありませんっ!」

「そういうことなんで。今度来るときは世界大会への切符を4人分用意してきてください。話はそれからです」


 最初から最後まで失礼を貫き通す奈月。

 けれど、不思議と悪い気はしなかった。

 とんでもなく甘いことを抜かしている自覚はあるけれど、それでも俺は信じている。

 このチームで、世界大会に出場するという夢を。


「ぷっ……くくっ……!」


 真田さんからなぜか笑みがこぼれる。


「……何がおかしいんですか?」

「いや、おかしくはないんだ。……ただ、君達のような新人がまだいると思えると、少し嬉しくなっちゃってね」


 まだすこし笑みをたたえながら、彼は俺たちに告げる。


「前言撤回だ。雨川くんのスカウトを一旦取り下げて、君達『Unbreakable』のスカウトに変更しよう」


 先ほどまでしかめっ面をしていた奈月だけれど、そのセリフを聞いた瞬間泣きそうな顔になる。


「……っ! それじゃあっ!」


「但し、条件がある」


「っ……」


「今大会、VoVを下し優勝。そして今冬に開催されるRJSで、私が監督を務めるRecipro Gaming Grayを抑えて優勝して見せろ。そうすれば問答無用で世界大会に連れて行こう」


 4人で同時に息を呑む。

 真田さんが提示してきた条件は、正に王道。

 プロゲーミングチームと同等の条件だ。


 アマチュアであるお前らが、プロにどれだけ噛み付けるか試してみろ。

 そう言われている様なものだ。



「わかりました。その条件、呑ませてもらいます」



 奈月に首根っこを掴まれながらという情けない格好ではあるけれど、俺は高らかにそう宣言した。














次回!


奈月ちゃん大泣き!


デュエルスタンバイ!

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