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57話 ヘッドハンティング







「ジル! ベル子! 起きなさい!」


 シンタローが突然部屋にやってきた中年の男性とどこかに消えた後、私はすぐにジルとベル子を叩き起こした。


「……く、くいーんは?」

「んぇ……もう朝ですか……?」


 呑気にまぶたをこするジルとベル子。

 私はそんな彼らに、事の顛末を端的に伝える。


「シンタローがイカツイおじさんに連れていかれたわ! おそらく……大会関係者だと思う。後をつけるわよ!」


 ベル子のファンがシンタローに暴行を加えた。


 文字にすれば一行で収まるような情報量だけれど、大会側からすれば警察沙汰になってしまうような重大な事件だ。

 私たちが警察に通報しないからと言って、何もなしにすごすごと引き下がるわけがない。


 大会関係者にシンタローが連れていかれたという事実を知ったジルとベル子の目つきが変わる。


「すぐに追いかけましょう」

「……俺たちのチームの存続に関わる出来事かもしれないしな」


 縁起でもないことを言うジルを尻目に、上着を引っ掛けてすぐに部屋をでる。

 声が向かった方向からして、おそらくホテルのロビーで話をしているのだろう。


 私たちチーム全員ではなく、シンタロー個人への呼び出し……。

 嫌な予感がする。


 冷たい階段を降りて、柔らかい絨毯の廊下をゆっくりと足音を立てずに進む。


 一階にあるロビーに近づくにつれて、中年男性の低くて渋い声が聞こえてきた。

 私たちはロビー手前の自動販売機の隅に芋りながら、会話を盗み聞きする。



「……えっ!? しッ、SEEDじゃないですか……!?」


 ベル子が中年男性を見つめて小さな悲鳴をあげる。


「知り合いなの?」

「知り合いも何も! FPS界隈では知らない人がいない超有名人ですよ!」

「私知らないわ」

「俺もだ」

「これだから脳筋は……っ!」


 ベル子はそういった界隈に対して無知な私たちに大きなため息を吐きながら、小声でそのSEEDという男について語り始めた。


「いいですか? あそこにいるタロイモくんと話しているおじさんは、日本最初のプロゲーマーであり、今大会の最高責任者であり、そして現日本最強のプロゲーミングチーム『Recipro(レシプロ) Gaming(ゲーミング) Gray(グレイ)』のコーチです。……そういえば、タロイモくんが更新しようとした世界記録、ワンラウンド43キルもSEEDの記録です。……とにかく。今は現役を退いていますが、とんでもなく強くてとんでもなく権力を持っているおじさんなんです……!」


 熱く語るベル子に軽く相槌をうつ。


 そんな私の態度に不満なのか、またベル子はSEEDの凄さを力説していた。


 『Recipro Gaming Gray』私でも聞いた事のある超有名プロゲーミングチームだ。世界大会にだって何度も出場している。


 そんなチームの監督が……一体シンタローに何の用なの?


 私は耳をたてて、彼らの会話に集中した。







* * *






「突然呼び出して悪いね。雨川くん」

「い……いえ、全然大丈夫です……!」


 突如俺の目の前に現れた生きる伝説。

 俺はその圧倒的なオーラの前に、今までの人生で最大級に緊張していた。


 生きる伝説こと真田さんは、ロビーに置いてあるソファーから立ち上がり、大きな体躯をくの字まげて頭をさげた。

 予想外の出来事に目を丸くする。


「まずは今回の件に関して謝らせてもらう。本当にすまなかった。君たちが被害を被ってしまったのはすべて、選手のケアを怠った私の責任だ」


 俺もソファーからあわてて立ち上がり、すぐさま弁明する。


「そ、そんな! 大丈夫ですから! 頭をあげてください……! 第一、今回事件が起きた場所は会場からかなり離れた場所ですし……大会開催中にも関わらず、そんな場所まで不用意に飛び出してしまった僕たちの責任でもあります……!」


 真田さんはゆっくりと頭をあげて、喉仏をすこし揺らした後、申し訳なさそうに口を開いた。


「……本来であればすぐさま警察に通報して対処するべきなのだが……e sportsはまだまだ認知されていない競技、そういったことは、すべて悪い方向に捻じ曲がって各方面に伝わってしまう。示談で済ませてくれるという君の好意に甘えてしまう結果になってしまって、一大人として、e sportsの発展を担う責任者として本当に情けない……」


 真田さんは、威厳のある彫りの深い顔をしわくちゃにして、申し訳なさそうな表情をしていた。

 日本のFPS界隈において、e sports界隈において絶大な権利を持つ彼が、俺みたいな一選手に対してこれほどまでに気を使ってくれる。

 プレイヤースキルだけじゃない。生きる伝説と呼ばれる理由の一端を、俺は垣間見た気がした。


「もう終わったことですし……本当に大丈夫ですから。それに、こんな問題を起こしても失格にならなかった……むしろ謝るのはこちらの方です」


 本音の部分を吐露すると、真田さんはゆっくりと口を綻ばせる。


「……すまない。そして本当にありがとう……この借りは必ず返す」


 真田さんは右手を差し出す。

 俺はその右手を、迷いなく掴んで握手を交わす。

 ゴツゴツした大人の手だった。


「まぁ……その、なんだ。今回の話はそれだけじゃなくてな……謝り倒した手前、すごく言いづらいんだが……」


 握手が離れた後、真田さんはまっすぐ俺の方を見つめて、言葉を選びながら伝える。


「雨川くん……君、RLR世界大会に興味ない?」

「…………へ?」


 空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。

 降って湧いた夢の舞台に、俺は矢継ぎ早に言葉を繋げる。


「きょ! 興味あります! あるに決まってます!」


 俺がノータイムでそう答えると、先ほどまで心底申し訳なさそうな顔をしていた真田さんは子供のような笑みを浮かべた。


「そうか! それは良かった! 実は来年度の夏に開催される世界大会への枠がまだ一つ残っていてね、是非君に出場してもらいたいと思っていたんだよ!」


 確信をつくセリフ。

 勘違いじゃない。


「お……俺たちが世界大会に……ッ!」


 歓喜のあまり心の声が内から漏れる。

 夢にまで見た世界大会。

 全てのゲーマーの憧れの舞台。

 今大会を優勝したとしても届くかどうかわからないほどの高み。


 そんな高みへ、俺たち『Unbreaka(アンブレイカブル)ble』は一足飛びに到達してしまったのだ。


「その……非常に言いにくいんだが……」


 惚けた表情を浮かべていると、子供のような無邪気な笑顔から一転、苦しそうな顔をした真田さんが重たく口を開く。


「世界大会に出場してほしいのは、君たちのチームではなく……雨川くん、君個人なんだよ……」


「…………え?」



 興奮が一気に冷める。


 俺は口を開けたまま、二の句が継げないでいた。












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