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56話 竜虎相摶つ









「ちょっ! ルナ……! いやrulerさん! 落ち着いてくださいッ!」


 北米最強スナイパーことdiamond rulerさんは、じわりじわりと俺の絆創膏だらけの顔に、真っ白でそれでいて妖精のような美しい顔を近づけてくる。

 右半身をジルに、左半身を奈月に、下半身をベル子に押さえつけられている俺は逃げることもできず、さながらまな板の上の鯉のような状態であった。


「くぷ……っ」


  rulerに踏まれて、ベル子がうめき声なのかよくわからない可愛らしい声をあげる。だかしかし、それでも起きない。


「しんたろ、もうがまん、できない」

「我慢できないからってナニをする気ですか……!?」

「ナニって……きす? ふかいやつ」

「お前戦闘狂って設定どこ行ったんだよ……! ただの痴女になってんぞ……!」

「これはべつばら」


  rulerはどんどん顔を近づけてくる。

 あとほんの数センチのあたりで、俺はキュっと目をつむる。

 ファーストキスは北米の美少女(重度の戦闘狂+ヤンデレ)に奪われてしまうとは……。

 まぁこれで良かったのかもな……俺みたいなタロイモ、どうせ好きになってくれるのはrulerくらいだし、この辺りが捨て時なのかもしれない。


 ものすごく良い匂いのするrulerに、若干ほだされながら俺は来るべきその瞬間を待つ。


「……?」


 10秒くらいだろうか、目をつむって待っていたのだけれど一向にその時は訪れない。


 不思議に思って、かたくつむっていたまぶたを恐る恐るひらく。


「……何してんのよ…… ruler……ッ」

「……2N……じゃま」


 我らが最強砲台(タレット)、2Nさんがお目覚めだった。


「奈月ぃ……!」


 俺は情けない声をあげながら奈月の方へ若干体をよせる。rulerのキス射線を見事に左手で遮る奈月は、ピンチの時に颯爽と現れるヒーローのように見えた。


「邪魔なのはアンタのほうよ。せっかく人が良い夢を見てたってのに」


 額に青筋を立てながら、奈月は聞いたことも無いような低い声でボソボソと喋る。どうやらかなりお怒りらしい……。


「2Nは、ゆめでがまんすればいい、わたしはほんものをもらう」

「はぁ!? 別にシンタローの夢なんか見てないんですけど!? シンタローとラブラブ新婚生活な夢なんて見てないんですけど!?」

「じゃあ、どんなゆめみてた?」

「……そりゃアレよ! その……そう! 決勝でアンタの頭をブチ抜く夢よ!」

「……あわれ、2N。すなおになれないうえに、かなわないゆめばかり、みてる」

「ッ……哀れなのはアンタの方よruler。今この状況を冷静に見てみなさい。このベッドは私のベッドなの、それなのにシンタローは私の隣に寝ている。私はシンタローのことなんてこれっぽっちも意識していないけれど、意識していないけれど、シンタローはそうじゃないみたいね。夜な夜な私の魅惑の肢体に釣られて、添い寝という名の犯罪を犯してしまっているのよ?」


 得意げに虚言を吐き捨てるウチの最強スナイパー。


「えっ、このベッド俺のベッドじゃ……」

「黙りなさいシンタロー。アンタrulerに迫られてた時、まんざらでもなさそうな雰囲気だったわよね? 今ここで刑を執行しても良いのよ?」

「ここは2Nさんのベッドです……すみませんでした……ッ!」


 最高裁をすっ飛ばして死刑台で会いましょうと言わんばかりに俺をにらみつける奈月。

 俺はそれにひよって虚言を肯定するルートを選択してしまった。冤罪ってこうして生まれるんですね……。


「みわくのしたい? まないたにしか、みえない。ぷぷっ」

「はぁ!? アンタだってまな板じゃない!」

「2N、まないた、つるつる」

「ぐぬぬっ!!!」


 ブチギレモードの奈月にさらに油を注ぐruler。

 何故か慌てふためく奈月は俺の左腕をガッシリと掴んでいることを忘れて上体を起こす。


「ちょっ!? 折れる折れるッ!!」


 俺の決死のタップに対しても、奈月は無反応。どうやら怒りで我を忘れているらしい。

 ヤバイ……マジで左腕もってかれる……!


「ぬぅおおおっ……!」


 俺は左腕を守る為に無我夢中で上半身を起こす。


 必然的に奈月の極め技は外れ、左腕の関節が曲がらない方向に曲がるという恐ろしい結末は回避した。


 ……けれど。


「んっ!」


 唇に、柔らかい何かがあたる。

 無我夢中で上半身を起こしたせいで勢いを殺しきれず、顔ごとぶつかってしまったのだ。


 奈月の頬に。


「ちょっ……シンタロー……っ!!」


 瞬間湯沸かし器のように湯気を出し、顔を赤くする奈月。あわあわと、鯉のように口をパクパクさせている。


「す、すまんッ! わざとじゃないんだッ!」


 ジルの拘束をふりほどきベル子のマウントから抜け、俺は床におりて土下座をかました。

 

 ブチギレにブチギレを重ねている奈月に粗相をしてしまったのだ。仲が悪すぎる幼馴染にほっぺとはいえキスをしてしまったのだ。


 鉄拳制裁は免れないだろう。


 覚悟を決めて歯をくいしばる。

 俺にできることは、なるべく早く気絶できるよう神様に祈ることだけだった。


 奈月が唇に手をあてて、ボソリと呟く。


「……き、きし……きしゅくらいで別に、そんなに謝らなくてもいいわよ……っ」


 ……あれ? 若干機嫌が良くなってる?


 仲が悪いとはいえ、10年以上も付き合いのある幼馴染だ。奈月の機嫌くらい声を聞いただけでわかる。


「……しんたろ、うわき?」

「ひぇっ!」


 いつのまにか背後にいたruler。

 底冷えするような声が背筋を撫でる。

 ……やはり同じFPSゲーマーだからか、声を聞いただけで分かる。


 今 rulerはすこぶる機嫌が悪い……ッ!


「あらあら見苦しいわね。この負け犬」


 そのすこぶる機嫌の悪いrulerをこれでもかというくらい侮蔑の表情で煽り散らかす奈月。

 みるみるうちに凍りつくような表情をつくる ruler。

 室内の温度が2℃ほど下がったような気がした。

 もう帰りたい。


「…………」

「フフン! ぐぅの音もでないようね! まぁ私はシンタローとの……その、き…きしゅくらいで! 動じたりしないけれどね! 嬉しくなんてないけれどね!」


 チラチラとこちらをみながらドヤ顔かます幼馴染。奈月、今のお前の小物感すげぇぞ。


 キャッキャとはしゃいでいる奈月を尻目に、 rulerはドアの方へとゆっくり歩いていく。


「……2N、けっしょうで、ころす。そしたらしんたろ、わたしのもの」


 本気の声音だった。

 北米最強のスナイパーは、声にたっぷりと威圧感を込めて、そう吐き捨てる。


「……負けないわ。アンタにだけは、絶対に」


 上気した頬もすぐに収まり、アジア最強スナイパー(2N)になる奈月。


 決勝で決まるのだ。


 どちらが世界最強のスナイパーかが。


 そして、俺の今後の進路が……。胃が痛い。



 ドアを静かにしめて、rulerは俺たちの部屋を後にした。

 彼女にしてはかなり潔い幕引きだ。

 それもこれも、決勝ですべてを決めようという彼女なりの合図なのかもしれない。


「シンタロー。私負けないわ。絶対に」


  rulerが去ったドアの方を見つめて、2Nさんはそう呟く。


「あぁ、お前なら勝てるさ。なんたって世界ランク2位の最強スナイパー、2Nなんだからな」


 本心でそう思う。

 ウチの砲台(タレット)は誰にも負けない。

 明日の決勝、何がなんでも勝つ。


 ジルやベル子、そして2Nと一緒に、俺は世界に行くんだ。






 そつ決意したのもつかの間。


 コンコンコン。


 先程rulerが出て行ったドアが、小気味好くノックされる。


「なんだアイツ、忘れ物でもしたのか?」


 重たい腰を上げてドアの方へ行く。


「もう夜も遅いんだから忘れ物とったら早く帰るんだぞー」


 扉を開ける。


「……夜遅くにすまないね。Sintaroく……いや、雨川さんと呼んだ方がいいかな」


 そこには恥ずかしそうに立っている ruler……ではなく、高級そうなスーツに身を包み、無精髭をたくわえた男が立っていた。


「あ……あなたは……っ」


 俺はその男を知っている。


 日本最初のプロゲーマーであり今大会の最高責任者。


 生きる伝説。



「私の名前は真田鉄信。雨川くん、君個人に話があってね。少し時間いいかな?」


「は……はい……っ!」



 俺の憧れの人だった。








次話は、シンタローにとっても、チームにとっても大きな話になりそうです。

更新がんばります!

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