54話 天才vs怪物
安地収縮を繰り返し、あれだけ広大だった砂漠マップは、俺が芋っていた二階建ての廃屋を中心に半径30メートルほどの範囲にまで狭まっていた。
そして、残り人数は俺を含めて二人。
「やっぱお前が残るよな……」
cross flare。
奈月に次ぐキル数を記録している今大会のダークホース。
バトルロワイヤル系FPSで、無類の強さを誇る韓国からの参戦。噂だけれど、韓国のトッププロゲーミングチーム、SZからもうすでにスカウトされているらしい。
そんな飛ぶ鳥を落とす勢いのプレイヤー。
もちろん勢いだけじゃなく、勝つべくして勝てるスキルもあり、搦め手も使いこなすかなり厄介な相手だ。
DAY1のラウンド1では投げ物奇襲戦法で勝利することができたけれど、手の内を明かしてしまった今ではそれも難しい。
火炎瓶や手榴弾、閃光弾や発煙弾。彼女はそれら全てを警戒しているだろう。
ポジション的には優位に立っている。けれど一対一になった今、安地内にいる廃屋に芋るのは自分はここにいますよとアピールしているようなものだ。
廃屋外のどこかにいるcross flareも理解しているだろう。
俺なら廃屋のどこかに芋っていると、そんな強ポジを逃すわけがないとそう確信しているはずだ。
廃屋外、おそらく転々と転がっている大岩のどれかに彼女は隠れている。その場所さえわかればこの廃屋からでて裏をとりにいけるのだけれど、彼女の居場所もわからないままそれをするのは自殺行為だ。
ここで俺ができる選択は射線をなるべく切って投げ物を警戒することしかできない。
選択肢が少ない状況ほど敵に自分の行動を読まれ、強ポジにいようと逆転のチャンスを与えてしまう。
「……撃ち合いに自信あるんだろ……? スモーク使ってここまで詰めてこいよ……」
それが定石。
若干脳筋プレイが好きな彼女であれば、建物まで詰めてきて俺と真っ向からの屋内戦を挑んでくるはずだ。
上等。
屋内戦は最も俺が得意とする分野。そこから逃げるようじゃ世界大会なんて夢のまた夢だ。
最後の安地収縮が始まるまであと1分。
呼吸を整える。
予選最終ラウンド、最初の接敵に備えて耳をすませた。
* * *
とてつもないプレッシャー。
マウスを握る右手に汗が滲む。
「兄さん、やっぱりすごいですね。何もしていないのに僕をこんなにも濡らすんだから」
前世では兄弟だった私達。けれど何の因果か、今世では敵同士に生まれてしまった。
けど、それが良い。
兄さんを倒して、兄さんを屈服させる。
今はまだ僕との想い出を忘れているけれど、力の差を見せつければ、彼はきっと思い出してくれるはず。
それに……兄さんを殺せば、敗北という名の苦痛とともに、僕の名前を兄さんの心の奥底に深く刻みつけることができる。
「……昨日は油断したけど、今回はそうはいかないよ」
先日は兄さんの得意技である投げ物戦法に面食らったけれど、もう見切った。
自分で言うのも何だけれど僕はかなり才能のある方だと思う。
兄さんのプレイ動画を数回見ただけで彼の理論や考え方、立ち回りの強さを理解できたし、実践することもできた。
投げ物戦法を直に喰らって、その立ち回りの恐ろしさとともに、対策も考えた。
「対策といっても……かなり脳筋なんですけどね」
スモークをたきながら兄さんが芋っているであろう廃屋に接近する。
投げ物が得意であれば、それが使えない距離まで詰めればいいのだ。
至極単純だけれど効果的。
屋内戦でもみくちゃになれば投げ物なんて投げる余裕なんてないし、単純な力比べになる。
僕が兄さんに求めるのは、純粋な撃ち合い。
投げ物や搦め手で押されれば間違いなく勝ち目は無い。
だからこその脳筋ムーブ。
撃ち合いであれば、6・4くらいで僕の方が優勢なはずだ。
バトロワ系FPSというゲームジャンルが確立されてから10年。その10年の中で、兄さんは間違いなく最強のプレイヤーだろう。
その怪物に、6・4で得意を押し付けた勝負ができる。
このチャンスを逃す手は無い。
「……ふぅ……」
短く息を吐いて、呼吸を整える。
廃屋の壁まで接近した。足音は聞こえない。
「階段で待ってるんだろうけど、そう簡単には突っ込んであげないよ?」
手榴弾を抜いて窓めがけて投擲する。
パリンと音を立ててガラスを割り、手榴弾は勢いよく爆ぜた。
すぐさまキルログを見るも、兄さんの名前は表示されない。
「じゃ、行きますか」
これから始まるのは泥沼のもみくちゃの撃ち合い。
決め撃ちも投げ物も使わせない。
かなり不恰好な戦いになるけれど、その土俵に引きずり込まなければ怪物を殺すことなんてできない。
勢いよくドアを開けて屋内に飛び込もうとする。
けれど。
「ッ!?」
突然、背後から銃声がする。
その銃声だけで僕はすぐさま今の状況を理解した。
どうやったかはわからないけれど、兄さんにいつのまにか背後をとられたのだ。
2発ほど肩にくらいながらも、そのまま屋内に飛び込む。
「なんで!? 屋内にいたはずじゃ!?」
呼吸整えながら二階まですぐさま駆け上がる。
廃屋の外は完璧にクリアリングしていたはず。
頭をフル回転させて、なぜ背後をとられたのか考察する。
「っ……本当に……怪物だね、兄さん……!」
……おそらくだけど、彼は私の手榴弾がガラスを割るタイミングとほぼ同時に、反対側の窓からガラスを割って飛び降りたのだろう。
僕が足音やガラスの割れる音を聞き逃すなんて絶対にありえない。
よってそれしか考えられない。
……まさしく最強。
そんな芸当、僕が手榴弾を投げるタイミングを完璧に把握していないとできない。
手榴弾のタイミングを完璧に把握した上で、ガラスを割るタイミングと同時に反対の窓から飛び降り、かつ、手榴弾の爆音に乗じて僕の背後に回る。
文字にすれば簡単そうに見えるかもしれない。
けれど、実際にやってのけるには相当な経験、センスが必要。
センスの塊である僕でさえ、兄さんがなんでそんな芸当をやってのけるのか全く理解できない。
……けれど、これはチャンス。
兄さんはきっと、さっきの奇襲で決め切りたかったはず。
人外級の戦術で裏をとられはしたけど、結果的に僕は兄さんの奇襲をかいくぐり、廃屋の二階という強ポジを確保した。
兄さんは十中八九、僕と同じで廃屋の二階に手榴弾を投げ込む。
耳をすませて、手榴弾のピンの音を聞けば躱すことは容易。
強ポジをとれたのはかなり大きい。
あとは足音を聞きながら高さと遮蔽物を利用してじわじわと詰めるだけ。
「ここでエイム力の差がでたね……!」
さっきの奇襲で決め切れなかったのは本当に悪手だった。
あの奇襲が兄さんのとっておきだったのだろう。
強ポジもとられ、安地収縮が始まり投げ物のピンさえも聞こえてしまう泥沼の距離まで接近してしまった。
ここまでくれば撃ち合いの強い僕が8・2で有利。
勝ちを確信しないまでも、かなり勝利に近づいたことに安堵する。
けれど油断はしない。
有利とはいえ、兄さんも撃ち合いが弱いわけじゃない。
最速の決め撃ちという、地味だけどとてつもなく厄介な武器が彼にはあるのだ。
決め撃ちもできないような間合いにまで詰める。
それさえできれば勝機はある。
「……っ」
足音は全く聞こえない。
それは即ち、兄さんは先程奇襲を仕掛けてきた場所から動いていないということを意味する。
意図は全く読めないけれど、好機であることには変わりない。
ゆっくりと、近づこうとした、
その瞬間。
視界の右端が爆ぜた。
「なッッッ!?!?」
手榴弾!? 音は聞こえなかった!!
ならなぜッ!?
ピンを抜く音も、手榴弾が転がる音さえも聞こえなかった。一瞬チートじゃないかと疑うほど、気が動転する。
HPバーは真っ赤になり、ミリ単位で残っている状態。
とにかく態勢を立て直さなきゃ殺される……!
そう思ったのもつかの間、無数の弾丸が体を襲う。
この状況は、動画で何度も見た。
手榴弾の爆ぜる音に乗じて接近し、最速の決め撃ちで敵を狩る。
Sintaroの十八番。
「そんな……バカな……!!」
画面が暗転する。
それは、僕が兄さんに敗北したことを意味していた。
* * *
「なんとか勝ったな……」
画面に映るlast winnerの文字に、胸をなでおろす。
ヘッドセットを外すと、鼓膜が破れそうなほどの歓声が聞こえてきた。
これで予選突破はできるはず。
最低条件をクリアした安堵からか、急に体が重くなった。
そりゃそうか……二日酔いで大男に殴られて、肺が破れそうな勢いで全力疾走したもんな。
席から重たい体を起こそうとすると、隣から聞き覚えのある声が聞こえる。
「どうやったんですか……さっきの手榴弾……っ!」
俺が先ほど下した相手、cross flareが、目に涙を浮かべて立っていた。
後々リプレイ動画を見れば、種は簡単に解る。
だから俺は、起きた出来事をそのまま説明した。
「……お前が投げた手榴弾から逃げたすぐ後、俺も二階に手榴弾を投げ込んでいたんだよ。ただそれだけだ」
「……そんなのありえないっ! その瞬間まだ私は二階にいなかった! それに手榴弾の音だって聞こえなかった!!」
目に涙を溜めながら彼女は勢いよく反論する。
……相当テンパっているのか一人称が私になっているのは突っ込まないでおこう。
「お前は必ず俺が奇襲に失敗すれば二階に逃げる。そう確信していた」
「だからなんでそれがわかるの!?」
「俺も、お前と同じ立場ならそうするからだ」
「……っ!」
息を呑むcross flare。
そりゃそうだろう。
俺のプレイスタイルを真似した結果、それを利用され動きを読まれたのだから。
「でも……手榴弾の音が聞こえなかったのは……」
「それも至極簡単な道理だ。お前は俺に接近するあまり、自分の手榴弾の爆音によって俺の手榴弾の音を聞けなかったんだよ」
「……そ……んな」
そんな簡単なことにさえ気づけないほど、彼女は緊張し慌てていた。
奇襲で決め切りたかったのは事実だけど、それが失敗したとしても、置き土産である手榴弾が突破口を開いてくれる。
「泥沼の接近戦じゃなきゃ勝てないと踏んだんだろうけど、それ自体が俺にとっては願っても無い状況だったんだ」
大粒の涙を、ついに頬に垂らして、彼女はうつむいていた。
「これに懲りたら俺みたいな芋プレイヤーのプレイスタイルを真似するのはやめるんだな。お前には俺なんかには無い、無理矢理撃ち合っても勝てるズバ抜けたセンスがあるんだから」
それだけ伝えて、俺は会場を後にする。
背後から、歓声をぬって、涙ぐんだ声が聞こえる。
「決勝は……勝ちますから……っ!」
……彼女はまだまだ強くなるだろう。
敵に塩を送ってしまったと後悔しながら、痛む頬を押さえて控え室に向かった。