53話 虎の威を借る怪物
息を潜める。
飛行機からパラシュートで着陸し手頃な物資を漁った後、俺はいつものように部屋の一室で芋っていた。
「ふぅーっ……」
大きく息を吐く。
試合開始からの3分は走り続けてきたせいで乱れた呼吸を整えるために使った。
現在地はマップ上ではかなり北のほうに位置する、掘っ建て小屋が2軒ほど集まった粗末な場所だ。
予期せぬトラブルで、ベル子、奈月、ジルがいない今、四人組が原則のこの大会で今回のラウンドだけは単独で戦わなければならない。
はじめから数的不利というハンデを背負っている状態で敵と撃ち合うわけにはいかない。
立ち回りによって射線管理できる屋内戦ならまだしも、今回は遮蔽物の少ない砂漠マップ。嫌でも中距離戦や遠距離戦が多くなるだろう。
俺が生き残るためには『戦わないこと』が最も重要な戦術になる。
極論、1キルだけだとしても1位になれば何の問題もないのだ。
「はぁ……」
大きな溜息を吐く。
これから俺がする立ち回りは俺がタロイモと呼ばれる所以になったムーブ。2Nさんと二人組を組まない場合によくやる、生き残るということだけに終始した戦術だ。
その生汚いムーブが、日本、いや、世界に同時配信されているとなると、ひどく胃が痛いのだけれど、仕方がない。
今回ばかりは、死んでも勝つ。
ベル子も、ジルも、奈月も、みんな待ってる。
負ければ終わり、勝てば望みは繋がる。
「………」
少しの間、目を閉じて瞑想する。
体のあちこちは痛いけれど、頭は冴えているし腕も動く。
最初の安地が決まると同時に俺は動きだした。
* * *
「it's impossible ……(ありえない……)」
私の隣で観戦していたgrimeは、そう声を漏らした。
かくいう私も真っ白な髪の毛を耳にかけてまばたきすらもなるべくしないようにして、しんたろのムーブを見ていた。
私たちは別に、しんたろのキルやそういった派手なプレイングに驚いているわけじゃない。
もっと地味で、そしてこのゲームで最も重要な要素。
しんたろの周りだけ、敵が全くいないのだ。
おそらくこれは偶然じゃない。
意図的に彼が作り出した状況だろう。
敵が近くに寄ってくれば、チームの位置が事細かに記されたマップを見ているかのようにフラリとかわす。
彼の一挙一動は、すべて理詰めのように感じられる。
どんなゲーマーだろうと、油断もするし、些細なリスクなら無視するだろう。
けれど彼はそれをしない。
物資を漁る時も、ドアは開けたらすべて閉め、敵がいなさそうな場所でも、決して索敵を怠らない。
勝つ為に最善を尽くす。
しんたろは、それを病的なまでに徹底している。
「何故、彼のまわりだけ敵が近づかないんだ……? 安地の中でも、シンタローのいる場所はかなり有利なポジションだろう」
「……私にもわからないわ……ただ言えるのは、この状況は、彼が意図して作り出したということだけよ」
そんなことをgrimeと話していると、画面内のしんたろは不思議な行動に出る。
屋内の一室にこもり、得意武器であるサブマシンガンからショットガン、アサルトライフルから、スナイパーライフルに持ち替えたのだ。
「砂漠マップだから、スナイパーにプレイスタイルを切り替えたのかしら?」
遮蔽物の少ない砂漠マップにおいて、スナイパーライフルや、マークスマンライフルはかなりの威力を発揮する。
……けれど、ショットガンに関しては私にも理解できない。
砂漠マップの最終安地に屋内がカブるのは稀だ。
ショットガンは超近距離武器。使う機会すらない可能性が高い。
「何をする気……?」
そう呟いた瞬間、彼は、驚きの行動にでる。
「頭おかしいのか……ッ!?」
grimeがそう言うのも無理はない。
しんたろは、ショットガンや、スナイパーライフルを乱射し始めたのだ。
あたりに銃声が響きわたる。
さらに彼は、すぐさまサブマシンガンとアサルトライフルに持ち替え、同じ様に乱射する。
独特な間隔をあけて、またさらに銃声が響きわたる。
FPS後進国とはいえ、公式大会に出場するようなチームだ。この銃声を聞き逃すなんてヌーブはしないだろう。
案の定、彼のまわりにいた4チームは、銃声に気づき、彼の方向をスコープで索敵する。
「……このタイミングで位置をバラすなんて、殺しに来てくれっていってる様なものよ……」
誤射かどうかを疑うレベルのムーブ。
おそらく、すぐさま漁夫の利を狙ったプレイヤー達がしんたろを取り囲むだろう。
いくら世界最強とはいえ、ソロで4チームを相手にするのは厳しい。
……しんたろはワザと敵を集めてポイントを稼ぐ様なプレイヤーじゃない。
なら……なぜ?
答えはすぐに、観客席に吊るされたモニターに表示された。
「敵が離れていく……?」
予想とは全くの逆。
しんたろを中心に円が広がる様に、4チームは銃声から距離をとった。
絶好のチャンスであるにもかかわらず、だ。
隣から、grimeが息を呑む音が聞こえた。
何か気付いたのだろう。
「……本当、恐ろしいオーダーだよ、彼は」
「何が起きたの? 説明して」
私は砲台、もしくは前衛。司令塔の考えや気持ちはわからない。
grimeのオーダーはトップレベル。北米では彼の右にでるものはいない。司令塔同士、何かしんたろの考えを汲み取れたのかもしれない。
「演出したんだよ」
「……演出……?」
「今大会、最もキルを取り、すでに他チームから最大級警戒されているチーム。そいつらが一対一を張っている状況を、演出したんだ」
「……っ!」
今大会、単身で敵チームに潜り込みショットガンやサブマシンガンで無茶苦茶に荒らし、キルをとっているcross flare。
遠距離からダウンした敵だろうがなんだろうがヘッドを抜いてキルを重ねる2N。
すでに撃ち合い動画がSNSに出回り、名前がどんどん売れているZirknik。
そして、現世界最強のプレイヤー、Sintaro。
彼は、それらのプレイヤーを演じたのだ。
普段なら、ただの銃声で、どのプレイヤーが撃ち合いをしているなんかなんてわからないし、予想もできないだろう。
けれど、今大会は違う。
強ポジで、芋ることを考えず、ショットガンやスナイパーを連発するようなプレイヤーは限られてくる。
そんな無茶をするのは、プレイヤースキルに度がすぎるほど自信のある、世界ランカーしかいない。
「FPS後進国の高校生が、決勝を決める予選ラウンドで、その世界ランカーに真っ向から撃ち合いに行けると思うか……?」
grimeの一言が、私の推測を肯定する。
しんたろは、慎重な日本人がさらに慎重になるであろう最終ラウンドで、自分以外の他プレイヤーにとんでもない大嘘をついたのだ。
「……しんたろ、単独の方が厄介ね」
「奇遇だな、俺も同じことを考えていた」
撃ち合いに勝つ力は単純計算で4分の1。けれどその分無駄が無くなる。
団体行動をすれば、必ず綻びが生まれる。
けれどソロになれば、彼にそれはない。
生き残るという彼の能力の真価が発揮されるのは、BellKやZirknik、2Nを倒し、彼を追い詰めた時。
「……ほんと、怪物」
決勝に残るであろう私だけの雄に、そう呟いた。
* * *
「……やべぇ……心臓破裂しそうなんだけど……」
高鳴る心臓を左手で抑えて、砂漠に窪地にたつ廃屋、強ポジで芋る。
虎の威を借る狐作戦は、周りから車両の音や銃声が遠ざかったのを見るに、どうやら成功したらしい。
今までは運良く接敵を避けられたが、もう二度ほど安地収縮を終えれば、戦闘は避けられない。
「はぁ……」
キルログを眺めて、ため息をはく。
今数えたので18回目。
自称俺の弟で、性別不詳(笑)の邪気眼電波女。
cross flare。
どうせ最後は、アイツと一対一になる。
ヘルメットや防具の耐久を温存すべく、俺は息を潜めた。
おまたせしてすみませんでした。
時間ができたので投稿再開します。
毎日投稿は厳しいかもしれませんが、3日に1回投稿くらいはできると思います。
どうぞよろしくお願いします…!
生存報告、エタりが不安な方のため、ツイッターを再開しました。
@stylish_tanaka0