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52話 走るタロイモと、獰猛な白銀の美少女








 流れる汗もそのままにして、全力疾走で会場を目指す。通行人達の視線が痛いけれどこの際仕方ない。あと5分以内に着席しなければ、俺たちは不戦敗してしまう。

 あの大男に対応しているジルと奈月、そしてベル子は、もう試合開始には間に合わないだろう。


 予選突破は絶望的、だけどそれでも諦めるわけにはいかない。

 俺だけでも、席に座れば望みは繋がる。

 0じゃなくなる。


「ハァ……ハァ……ッ!」


 さっき殴られたダメージがまだ残っているのか、足がおぼつかない。

 体をあちこちにぶつけながら、俺は会場目指して駆ける。

 ベル子を助けるという王子様チックな仕事は、ジルと奈月に任せて、俺は俺が出来ることをしよう。


 そう、モヤシゲーマーらしくゲームで全部解決する。


 一人だろうがコンディションが最悪だろうが関係ない。


 これで負ければ、ベル子は責任を感じてさらにイップスを悪化させてしまうだろう。チームから抜けるなんて馬鹿なことを言いだすかもしれない。

 FPSゲーマーの悩みは、八割方ゲームで勝てば解決する。


 仕事がない。ゲームで勝て。

 お金がない。ゲームで勝て。


 友達を助けたい。ゲームで勝て。


 ただ、シンプルに、勝てばいいのだ。


「あと……少し……ッ」


 喉の奥から、血の味がにじむ。

 階段を駆け上がり、通行人をなんとか避けながら廊下を全力で駆け抜ける。


 時計を流し目で見る。


 あと3分30秒。

 このままじゃ、確実に間に合わない。

 クソ、こんな事なら何かスポーツでもしときゃよかったな。


 足を止めないまでも、心の奥底からどんよりとした何かが首をもたげる。

 あきらめという感情なのかもしれない。

 その感情は、どんどん俺の足を重くしていく。


「クソ……ッ! マジで時間止まれ……ッ!」


 止まれ止まれと念じてみても、時間という変えようも無い概念が言うことを聞いてくれるはずもなく無情にも秒針はゆっくりと進んでいく。


 それでも念じて、足を無理矢理動かす。


 俺は、あいつらと一緒に世界大会に行く。

 こんなところで躓くわけにはいかないんだ。


「っ!?」


 そんな決意も虚しく、俺は足をもつれさせて硬い床に顔面から倒れこむ。

 鼻から生暖かい液体が溢れた。

 液体の色を確かめることもせず、右手で乱暴に拭ってすぐさま立ち上がる。


「……あきらめて……たまるか……ッ!」


 目の前にあったガラスに、自分の顔がうつった。

 目尻には涙が溜まっていて、顔は腫れ上がってボロボロ、鼻からは血を垂らして、汗や土で全身汚れている。せっかくのユニフォームも台無しだ。


 ……どれだけ無様でもいい。


 お願いだ神様。戦わせてくれ。

 信じて待ってくれている仲間がいるんだ。


 どれだけ強く願っても、だんだんと足が言うことをきかなくなってきた。

 当たり前だ。二日酔いであんな大男に殴られて体をあちこちぶつけて顔面からコケたのだ。

 手も動く、頭も冴えてる。席にさえ座れれば勝てる自信はある。

 それなのに、足だけがまともに動かない。


「動け……動けよッ!」


 血痰をはきながら前に進もうとする。


 けれどそれは、予想外の運動エネルギーによって制止された。

 ユニフォームの裾を、背後から引っ張られたのだ。

 服を引っ張った輩の顔は見えないけれど察しはついた。どうせ俺のアンチが面白半分でちょっかいかけてきたのだろう。


「誰だよ! 今急いでんだよッ!」


 それどころじゃない俺は、そう叫んで振り向く。

 そこにはにやけ顔を浮かべた男……ではなく。


 純白の髪に真っ赤な瞳の美少女が、心配そうに俺の服の裾を掴んでいた。


「ruler……!?」


 奈月の最大のライバルであり、VoVのエース、diamond rulerこと、ルナ。

 彼女は、左側の通路を指差して、たどたどしく言葉を紡ぐ。


「しんたろ、あっち、よっつめの、どあ」


 カタコトの日本語でも、意味は容易に察することができた。

 

 一瞬で言葉を理解して、すぐさま方向転換する。


「すまんルナ! お礼は今度必ずするから!」

「……ん、まってる」


 可愛らしく笑みを浮かべるrulerを尻目に、俺はまた駆け出す。

 不思議と、足は言うことをきくようになっていた。

 降って湧いた希望に、体が反応したのかもしれない。


 体から色々な液体を垂れ流したまま、俺はルナに指示された扉を開く。


 色とりどりのライトに、思わずまぶたを狭める。


 驚いたような顔をしている大会スタッフ、セットアップに集中している選手達、上の方にある螺旋状の観客席からは、ヒソヒソと声が聞こえた。


 どうやら間に合ったらしい。


「君! その格好はどうしたんだい!?」

「すみません、訳は後で説明します」


 俺は駆け寄る大会スタッフを押しのけて、自分の席に座った。







* * *








 血だらけで満身創痍の彼を見送った後、私は震える体を抑えるため、自分で自分を抱きしめた。

 私の真っ白な肌が、見たこともないくらい上気して、薄いピンク色になっている。


 この興奮、昂りは、しんたろの血液に興奮しただけじゃない。


 彼の目に、濡れたのだ。


 Sintaroは、他の(オス)とは全く違う。


 彼の目は、本気の目。うまく言葉にできないけれど、執念や殺意、自分の大切なものを守るためになら他のものをぐちゃぐちゃに壊したって構わない、そういった意思を感じるのだ。


 だから彼は強い。

 驕らず、最善の手を延々と打ち続ける。

 血の通わない冷徹なキルマシーン。


 彼の恐ろしさと、これから魅せてくれるムーブを想像してじわりじわりと下着がむれていくのを感じた。


「しんたろ……やっぱりほしい」


 その殺意を向けられたい。私を本気で殺そうとしてほしい。

 彼になら、私も本気を出せる。


 ……今の状態は、本当にもったいない。彼はあんなお遊び集団でRLRをするべきじゃない。

 強くならなければいけないという、半ば強迫観念に似たような何かに背中を焼かれながらもっとストイックに、本当に命を賭ける勢いでRLRに臨むべきなのだ。

 たかがゲームなのに何を言っているのかと思われるかもしれない。

 けれど、そのたかがゲームに日本円にして15兆円ほどのお金が動いているのだ。

 決して馬鹿にできる規模ではない。


 しんたろなら本当に、世界の頂点のその先へいける。私と一緒ならもっと強くなれる。


 …………それなのに、あのヌーブスナイパーが邪魔をする。


「Be sure to kill …… 2N 」


 あんなクソみたいなスナイパーと、一緒にいてはいけないのだ。エイムもリコイルも立ち回りも、全て鈍る。

 しんたろが、あいつらと一緒にいるだけでどんどん鈍っていくのが私にはわかるのだ。

 それが、私にはどうしても耐えられない。


 だから、完膚なきまでに叩き潰す。


 しんたろの周りに集るコバエどもを、二度とマウスが持てないくらい、粉微塵にしてやる。



「 ruler、Calm down( ruler、落ち着け)」


「……I'm calm. Not much more than this.(落ち着いているわ、これ以上ないくらいね)」



 いつのまにか私の後ろに立っているgrime。私を諌めるためか、優しく肩に手をのせている。


 私は、その手を乱暴に払いのけて、Sintaroの後を追う。


 見逃すわけにはいかない。


 足枷が無くなった、Sintaroの戦いを。




「しんたろ、わたしのもの」



 

 私は、昂ぶる自分の体を抱きしめながら、観客席へと向かった。






大切なお知らせ。


小説とは別のお仕事が決まり、更新がなかなか難しい状況になりました。賞の結果次第では、また更新頻度を上げるかもしれません。

お金が無くて、いろいろとかつかつで、このような処置をとらせていただきます。時間やお金、小説のお仕事がまた決まれば、更新を再開しようと思います。


よろしくお願いします。

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[一言] 「 ruler、Calm down( 定規、落ち着け)」
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