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51話 ベル子がYouTuberになったわけ 5









 聞き取れないような奇声をあげながら腕を振り上げる大男。

 意思疎通はまったくできないけれど、血走った目を見れば大男が何をしようとしているかは簡単に理解できた。


「ベル子下がれッ!」


 大男の右腕が俺の顔面に勢いよくぶつかる。

 威勢良くベル子の前に躍り出たはいいものの、FPSしか取り柄のないモヤシゲーマーの俺が脂肪のかたまりである大男に勝てるはずもなく、簡単に吹き飛ばされてしまう。


「ッ!」

「タロイモくん!」


 何故か俺より痛そうな声をあげるベル子。そりゃ怖いよな。こんなやつに自称彼氏を名乗られるんだから。


 親のことも……大切な家族のことも……俺たちのことだって……。彼女には背負うものがたくさんあるのに、これ以上、彼女のメンタルに負荷をかけるわけにはいかない。


「邪魔すんなよ、大事な試合があるんだ」


 大男をにらみつけて、立ち上がる。

 たった一発殴られただけなのに、俺はすでに満身創痍だった。

 我ながらモヤシすぎるな。


「……もういいです……もういいですから、逃げてください……っ! 私は大丈夫ですから……!」


 ベル子はそういいながら、俺のパーカーの裾を握る。

 警察には通報しようとしない。

 優しい彼女のことだ。警察を呼んで大事になれば、公式大会が継続されるかどうかも怪しくなる。そんなしょうもないことを考えて、通報を渋っているのだろう。


「何が大丈夫なんだよ……ふざけんな……」

「っ……」

「まともにマウスも動かせないくらい、泣いて息ができないくらい、お前は苦しんでるだろ……!」


 血の滲む口元を拭って、思いの丈をベル子にぶつける。



「……ベル子は俺のチームだ。お前がいないチームで、たとえ世界一になっても、俺は嬉しくない」



 後ろで、息を呑むような音が聞こえた。


 足音が聴けなくなって、自分の存在意義を見失っているベル子に対して、俺が一番伝えたいことだった。


 確かに、初めは実力ありきでチームに誘った。

 けれど今は、実力だけじゃなく、ベル子と一緒に、奈月やジルと一緒に、世界一になりたいと思っている。


 とんでもなく甘いことを言っていると自覚はしているけれど、撤回する気は毛頭ない。


 世界一(VoV)に喧嘩売ってるんだ。こんなところで躓くわけにはいかない。


「本当に……タロイモくんは、タロイモくんです……」


 涙の落ちる音が聞こえた。

 最悪だ。

 その音のせいで、これから何度殴られようと俺は立ち上がり続けるだろう。


 興奮して、目を血走らせているファン過激派。

 自分よりも一回り以上大きい相手に、勝てる保証なんてどこにもない。


 けれど、何故か不思議と負ける気はしなかった。


 何度も言うけれど、()()()じゃ、勝てる保証は無い。


 けれど、()()()であれば、負ける気はしない。



「ベル子ちゃんは俺のものだぁぁああっっ!」


 右腕を大きく振り上げる大男。

 先ほどとは打って変わって今度は思い切り体重を乗せている。

 この勢いで何度も殴られれば俺の細い体は見るも無残な姿になるだろう。

 それでも、目を見開いて、大男を睨みつける。


 どんなピンチに陥ってもベル子は俺たちを救ってくれた。

 ベル子がいなきゃ、予選だって突破できなかったしチームだってバラバラになっていたかもしれない。

 ピンチの時は、お互いにカバーする。

 四人組で戦う時の常識だ。


 ベル子がピンチであれば、後衛である俺がカバーに入る。ただシンプルに、それだけに終始すれば良い。





 パシン、と、乾いた音があたりに響く。





 音で察しがつくように、俺が殴られた音ではない。


 大男が振り上げた拳を、誰かが背後から掴んだ音だ。



「おい愚物、(キング)の仲間に、何をしている?」


 ウチの前衛(アタッカー)と、砲台(タレット)が、大男の後ろに立っていた。


 ジルは、見たこともないくらい怖い形相で大男の右腕を締め上げている。

 大男は醜い声を上げて、その場にうずくまろうとするけれど、ジルの右腕がそれを許さない。


「……っ」


 無言で大男とジルの隣をすり抜けて、ベル子に駆け寄る奈月。


「……何で、奈月さんとジルが……こんなところに……」


 心底驚いた表情で、ベル子は奈月に問う。

 奈月は表情を変えることなくさも当然のように答えた。


「別に、カバーに入っただけよ」


 その言葉に、ベル子はさらに大粒の涙を流した。

 ベル子がピンチならまずは俺がカバーに入り、それでも足りないなら、ジルや奈月がカバーに入る。

 今まで何度も、何度も、繰り返してきた当たり前なのだ。


 驚くことなんて、何もない。


 ……まぁ、種明かしすれば、ポケットの中でジルに俺が電話をかけていただけなんだけれど……。この変態は、俺の体のどこかしらにいつも発信機をくっつけているので、異変を感じて駆けつけて来てくれたというわけだ。今回ばかりは、ジルの悪癖に感謝しなければならないだろう。


 ベル子は、震える唇を開く。



「……すみません……ちょっとつらいです、助けてください……っ!」



「まかせろ」

「しょうがないわね」

「OK」


 息を合わせるべくもなく。声を重ねて返事をする。


 ベル子は少しだけ笑って、そして泣いていた。

 


「……奈月とジルがいれば安心だろ。ベル子のこと、あとこのファン過激派のことも頼んだぞ」


 俺は重たい腰をあげて、ジルの隣を素通りする。大男はすでに戦意を喪失しているようで微動だにしなかった。

 


「一人で大丈夫?」


 奈月の心配そうな声に、血の滲んだ唇を拭って答える。




「安心しろ、ちょうど酔いがさめてきた頃だ」




 俺は駆け出した。


 あと10分で、予選最終ラウンドが始まってしまう。

 






 


 

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